◆インプライド割引率とは、「ある株式価値が、DCF法評価モデル上でどの程度の割引率で計算されているのと同じなのか」を確認するために、所与の株式価値と将来フリーキャッシュフロー等を用いて逆算して計算した割引率のことである。
◆通常の割引率(WACCや株主資本コスト)の計算では、各要素を用意し計算式にあてはめて計算するが、インプライド割引率は「出来上がりの数字」を把握するのみで要素に分解することはできない。実務上は、エクセル等でDCF法モデルを構築し、将来フリーキャッシュフロー、有利子負債、現預金、非事業用資産の価値などを入力しておき、目的変数を株式価値、説明変数を割引率として、割引率を逆算して計算する。方程式の変数を推計できるエクセルの「ゴールシーク機能」を使えば一瞬で計算できる。

【Plus】M&A売主にとってインプライド割引率は重要
EBITDA倍率の「倍率」が3倍とか6倍とか10倍と聞いてピンとくる人はM&A市場の専門家だけである。しかし、割引率は「投資資産のリスクに応じた要求利回り」であるため、例えば、銀行預金なら何%、マンション投資なら何%などと、リスクの大きさに応じた利回りとして、大小関係や水準的な「違和感」を持つことが一般の人でも比較的容易である。上場類似会社の割引率が何パーセントなのかを、通常の方法で計算することも可能であるが、要素を正しく取得して、正しく計算しなければならない。実はM&A専門業者と名乗る人の9割は正確な計算をしたことすらない(特に経歴7年未満の修行中の人は超便利アプリ「Speeda世代」なのでボタンを押すだけ。調整前の間違った数字を妄信してしまう)。しかし、簡易的なモデルを作ってゴールシークすれば済むインプライド割引率は、短時間で簡単に計算できるため、M&A売主が「M&A相場勘」を養うために有益である。ただし、あくまで上場企業のインプライド割引率は「マイノリティ・高流動性・上場ブランドを持つ大きな企業」の割引率である。プレミアムやディスカウントを考慮する前の数値である点は留意する必要がある。
【Plus】想定売却額のインプライド割引率を計算してみる
実は、M&A売主にとってもっと重要な使い方がある。例えば、上場類似会社のインプライド割引率を計算してみると8.0%だったとする。M&A業者を複数呼んで、会社の株式価値(想定売却価格)を聞いてみたところ、全員口をそろえたかのように「5億円」と言ってきたとする。この5億円のインプライド割引率を自分で計算してみるのである。自分の会社であるから、調整した後の事業フリーキャッシュフローの今後数年程度の予測値は具体的に置くことができるし、非事業用資産の時価なども凡その金額はわかる。もし、5億円のインプライド割引率が30%とはじかれたなら、M&A業者は22%ものリスクプレミアムを割引率に加算していることになる。これは重大問題である。1年100・割引率8.0%の年金現価は1,250、1年100・割引率30%の年金現価は333であるから、約75%も価値を削られているということを意味する。非流動性ディスカウントは▲0~▲20%である。コントロールプレミアムは+20%前後である。ここで、非流動性ディスカウントを0%・コントロールプレミアムを+20%とすると、サイズプレミアムとして実に28%も置かないと5億円にならない。創業直後のスタートアップか倒産寸前の会社レベルである。例えば、預金リスク1%、不動産リスク5%の世界で、株リスク6.5%前後にさらに28%もの巨大リスクを上乗せされているということである。つまり、買主と価格交渉したくない、DDも最終契約も手っ取り早く売買成立させ、早く報酬が欲しいM&A業者の簡易計算が5億円である事が確定し、5億円と言っていたM&A業者を信じてはいけないことも確定する。何を聞いても理由や戦略が明確で「最低でも8億円、現実目標として12.5~15億円、あわよくば20億円を狙うべき」などと言ってくれるM&A業者を探すべき、という事も確定する。ユニークな強みのある中堅中小企業を売るなら、やはり優良なM&Aアドバイザーを見つけるべきである。