◆アセットディールとは、企業が持つ特定の資産(在庫、不動産(土地・建物)、車両、機械設備や特許権など)を売買する取引。企業全体ではなく、その一部のみを売却する取引形態である。対立概念が企業全体を取引対象とするストックディール(株式譲渡、株式交換、株式移転等)である。
◆アセットディールは、M&Aスキームとしては事業譲渡が典型である。事業譲渡の注意点は、取引法上の行為であるため、取引資産ごとに消費税等がかかる場合があること、資産の所有者が変更されるため資産の種類次第で登記手続きや税金納付が必要となる点である。例えば、商品券、有価証券や土地などの譲渡は「非課税取引」であり消費税等はかからないが、在庫、建物、車両、機械設備や特許権などは「課税取引」であり、消費税等が課されてしまう。不動産を含む事業譲渡をすれば、所有者が元の企業から事業譲受企業に移転されるため、不動産取得税や登記に伴う登録免許税がかかってしまう。
◆一方、ストックディールは、(個人売主の場合)原則として「売却対価に現金が含まれる場合」に株式譲渡課税がかかる。会社の所有者が変わるだけで、資産の所有者は変わらないので、消費税等はかからず、移転登記は不要で取得税等もかからない。
◆M&Aスキームのうち、会社分割もアセットディールに分類することがある。会社分割は組織法上の行為であるが、資産の所有者は事業譲渡と同様に変更される。消費税等はかからないが、移転登記や取得税等は原則として必要である。但し、税制適格要件を充足している場合、一部の税金は免除される。このように税金面で事業譲渡よりメリットがあるが、組織法上の行為として、債権者保護や労働者保護の手続きが必要であり、状況次第で使い分けることが重要である。
【Plus】ストックディールはシンプルであるため、特に最低成功報酬設置タイプ(対価が小さい方が早く済む)のBB業者や売主無報酬タイプ(売り案件在庫回転率重視で買主の絶対的味方)のBB業者に好まれる。ただし、売主のメリットを最大化するには、アセットディールやストックディールを組み合わせる多段階M&Aスキームが最も攻守バランスが取れるケースも少なくない。だから、法律や税制でさまざまなM&Aスキームが存在し、利用者の便宜を図っているのである。零細BB案件では手間がかかりすぎるので難しいであろうが、中堅中小M&A案件であれば、M&Aスキームは柔軟に検討すべきである。
【Plus】個々アセットのバリュエーションは、不動産であれば、収益還元法(≒DCF法)や取引事例比較法(≒EBITDA倍率法)や原価法(≒時価純資産法)などを含む不動産鑑定評価において、M&Aと不動産でそっくりの評価手法が採用される。知的財産権もDCF法を基礎とした評価が通常であるし、在庫は売却可能価額(≒DCF法)での評価が通常である。資産の評価は、古今東西確立された評価手法が存在し、DCF法→EBITDA倍率法→純資産法の順で状況に応じ妥協しながら、またはそれぞれの欠点を打ち消すために組み合わせて総合評価する。
【Plus】会社が保有する各資産をバラバラに評価して合算し、借入金を引いた結果の株式価値は、会社の価値になるのかと言えば(公益事業か資産管理会社を除けば)絶対にならない。「資産と労働を一体的に利用して生まれる内部シナジー効果(自己創設のれん)」を含まないためである。当然、資産合計額は会社全体の評価額より小さくなる。一方、時価純資産法で評価した評価額は、その個々の資産価値の合計より(売却や清算の費用を見込むため)さらに小さくなるのが通常である。そもそも時価純資産法は清算を予定する会社に利用されるものだからである。
【Plus】アセットディールの場合、売主企業は、自分にとって不要な資産のみを切り取って、事業譲渡等のスキームで「事業としての有機的一体性が欠けた状態」で売却することになる。買主にとっては、不足リソースを自ら補完しなければならない。スタンドアローンコストが双方の主張が乖離する原因となりうる。買主の心配を掻き立てれば、売主にとって結局損になるので、適切な売却準備や情報開示が不可欠である。
【Plus】税制や会社法などの手続規制を十分確認し最適スキームで実施すべきである。消費税や登録免許税など、買主に多額のコストが生じれば、売主は交渉がハードになり、手取りも連動して小さくなやりやすいからである。特にアセットディールの税制は、法制上の種類、税制上の特例などが複雑なので、事前にM&A税務専門家とよく相談しておくとよい。マイナス面があるとしても上手く準備と開示することで信頼を醸成できるし、それを上回るプラス面をわかりやすくアピールすれば、良い買主はちゃんと評価してくれるのである。