◆買主とは、M&Aにおいて、対象企業の経営権(株式の過半数)もしくは全部又は一部の事業を取得しようとする事業会社や投資ファンド等のことを指す。
◆買主は、事業拡大、競争力強化や新市場参入など様々な目的で買収を行い、経営権取得後、企業価値向上やレバレッジによる株式価値向上を経て、インカム・ゲインやキャピタル・ゲインを得ることで投資を回収し、リターンを享受する。
◆特定の買主候補とのM&A取引が成立するかどうかは、その買主の経営戦略にとっての対象企業の役割、シナジー効果の実現可能性・インパクト、レバレッジの実現可能性が重要な「ポジティブ判断材料」となるケースが多い。但し、ポジティブ判断材料をクリアできたとしても、一定の破談要因や大幅ディスカウント要因といったネガティブ判断材料について、対象企業や対象企業の経営者がクリアできない場合、成立できない場合もある。
◆買主には、以下の種類に分類できる。
ストラテジック・バイヤー:自社の事業戦略に基づき、事業の強化や拡大を目的として対象企業を買収する事業会社。買収後の事業統合(PMI)を通じて、シナジー効果を追求するケースが多い。
フィナンシャル・バイヤー:スポンサーから投資資金を預かり、または自己資金をもって、投資ファンドを組成し、必要に応じ買収ファイナンス等の借入資金を加えた上で、未公開企業の経営権を取得し、一定期間保有後に売却することで投資リターンを得るプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)やプリンシパル・インベストメント等の投資ファンド。投資ファンドが直接投資する通常の投資形態もあれば、投資先事業会社によって間接的に投資するロールアップという投資形態も存在する。
コーポレート・ベンチャーキャピタル:新規市場への参入や技術獲得を目的として対象企業を買収する事業会社。さまざまな投資主体の形態が存在し、投資先企業への経営コミットは千差万別である。既存事業の強化や新たな収益源の確保を目的とするため、長期的な視点で買収が行われることが多い。
◆買主には、以下の目的で買収するケースが多い。
既存事業の水平的拡大:国内又は海外の未進出地域への事業展開や、今までリーチできなかった顧客層にアクセスする。
既存事業の垂直的拡大:既存事業のバリューチェーンを伸ばすことで競争力を強化する。
類似商品サービスのクロスセル:顧客層やニーズが近いが異なる商品・サービスを扱う企業を加えクロスセルする。
新市場への参入:異業種の企業を買収することで、新市場に参入し、事業の多角化を進める。
経営資源の獲得:対象企業が持つブランド、独自技術、経営人材、労働人材、ノウハウ、取引先との関係、知的財産権等の経営資源を取得し、自社の技術力や競争力を強化する。
競合企業の競争力剥奪:競合企業にとって重要な役割を担う企業を自グループに取り入れた上で、競合企業の競争力を奪うことで間接的に自社の競争力を高める。
投資リターンの獲得:投資額のうちインカムゲインで未回収の金額を上回る金額で売却することでキャピタルゲインを獲得する。
【Plus】売主が買主の買収目的を理解する重要性
売主にとって「買主が何を目的に対象企業を(大金を失い苦労をしょい込む)買収しようとしているか」「買主は本当にその目的を実行できそうなのか」を理解することは非常に重要である。実現可能性の高い合理的な目的を明確に持つ買主とは、買収後の経営統合がスムーズに進みやすく、経営者の引継ぎも予定通りでスムーズに済むし、従業員の雇用維持や事業の継続性や成長性も期待できる。一方、投機的な買主や短期利益のみを追求する「楽に金儲けしたいだけの買主(昨今、悪質・無能ビジネスブローカーを供給源に増加中)」の場合、事業の方向性が想定外かつ成功不能な方向に曲がり、従業員の解雇や資産売却などが行われるリスクがある。最悪の場合、詐欺目的でM&A市場にアクセスする悪質な買主に大事な会社を売却してしまうと、重大なトラブルに巻き込まれ、オーナー、役員や従業員の人生が狂ってしまうリスクもある。売主は、買主の目的が合理的かつ実現可能かを確認しながら、徒に急がず慎重に交渉を進める必要がある。時には売主から交渉を中断する勇気も必要である。
【Plus】売主が買主の買収能力(資金力)を確認する重要性
買主が自己資金では買収できず、不足資金の調達に失敗した場合、契約後に取引が破談する可能性がある。資金調達能力が低い買主と交渉を進めると、交渉が長期化し、最終的に買収が不成立に終わることがある。売主は、買主の財務状況や資金調達計画をできるだけ早い段階で確認し、確実に取引を完了できそうか見極めることが重要である。
【Plus】同業中心×経営資源確保で強引に進めることの是非
買主には、上記のとおり、同業以外にもさまざまな種類が存在しうるが、なによりも簡単に交渉が進むのは、詳細な説明を省ける同業である。もちろん、同業買主に対し、非常に好条件での売却も可能な場合もあるが、厳しい条件をクリアできる一握りの対象企業に限られる。特に「経営資源の確保」を買収目的とする同業買主は要注意である。売主オーナー社長も経営者であるから想像に難くないだろうが、例えば「人材採用教育が大変だから、まとめて会社ごと買ってくるアクハイヤー」の場合、買主目線で出してもよい金額は「所属する人材のうち、買収後も残って戦力となってくれそうな人材を、自前で採用教育するためのコスト」が上限となる。つまり、「同業」で「経営資源確保」目的の場合は「事業としての価格ではなく経営資源の調達コスト」=「事業の価値としては激安の売却価格(今までのみんなの努力の積み上げは無価値)」となってしまう。「成約させてしまえば成功報酬が入ってくる」、「頑張って金額を乗せても最低成功報酬のままだから頑張る意味を感じない」状況にいるM&Aアドバイザーやビジネスブローカーは、通常、同業を強く勧める。なぜなら、売主の希望価格を買主の予算未満に引き下げる「売主の期待を引き下げる提案活動」さえ頑張れば、数千万円の最低成功報酬を貰えるのである。「同業×経営資源獲得目的」以外にも売主が注意すべきパターンはあるが、とどのつまり、買主の目的等を正確に理解し、違和感があれば納得できる理由を得られない限り、拙速に事を進めないことである。「この人たちは信用できない」と思ったら、速やかにM&A会社売却を中止し、準備を整えてから再チャレンジすべきである。仮に厳格なテール条項があり数年間は再チャレンジしにくいと思えば、逆にラッキーと考え、M&A会社売却で成功するための売却準備の時間に使えばよい。
【Plus】優良なM&Aアドバイザーの有効活用
M&Aアドバイザー等は、売主が買主を見極め、売却交渉を有利に進めるための重要なパートナーである。しかし、M&Aアドバイザー等の職業倫理、専門能力や買主の探索・提案・交渉に関する能力は千差万別であり、優良なM&Aアドバイザーもいれば、悪質・無能なビジネスブローカーも多い。優良なM&Aアドバイザーで、売主個人として本当に信頼でき相性もよい人(会社ではなく個人単位)に巡り合い、腕を振るってもらえれば、不測の事態を回避し、売主の希望を実現できる可能性が高まる。
重要なのは、「売主の利益とできるだけ合致するインセンティブ」を付与することである。異業種や投資ファンドに好条件で売却するには、M&Aアドバイザーは高品質な開示資料を用意し、丁寧かつ効果的に提案しなければならない。売主を裏切るインセンティブ(売主は無料で買主からだけ報酬を貰う等)を与えるのは自殺行為としか言いようがない。取り返しのつかない損害を被っても「無料」の誘惑に負けたのは売主であり、自業自得として救済への道も険しいであろう。
ところで、通常、M&A業務委託契約では成約後のトラブルの責任を負わない(売主が被った損害の原因が、M&Aアドバイザーによる故意・重過失の行為にある場合、誠実なM&Aアドバイザーであれば「報酬の返金条項」を設ける場合もある。しかし、どうしてもブラックボックスになるのが必然のM&A助言では、売主が故意・重過失を立証することは困難なのが通常である)。つまり、インセンティブ付与だけでは足りない。
「成約さえすれば返金不可の成功報酬が入ってくる」という誘惑に負けるM&Aアドバイザー等に「ビジネス人生の集大成」を任せるわけにはいかない。結論的に「成約できる(成功報酬は目の前の)状況だとしても、売主に不利益と思えば”破談にすべき”と進言できる覚悟」を持つM&Aアドバイザーを探すしかないということになる。