◆資本的支出とは、M&Aバリュエーション手法の一つであるDCF法で使用するフリー・キャッシュフローの構成要素の1つである。長期間事業に使用する資産(製造設備等)への投資額を示す。
◆CDAPEXは、貸借対照表上の固定資産への投資額と一致しない。なぜなら、CAPEXは事業価値を算出するためのフリー・キャッシュフローの構成要素であって、事業価値に含まれない非事業用資産も固定資産に含まれるからである。例えば、投資用不動産は固定資産であるが、事業価値には含まないので、CAPEXにも含まない。つまり「対象企業の事業とは何か」という定義次第で、同じ資産への投資でも事業用資産になったり、非事業用資産になるので、それへの投資額もCAPEXになったり、ならなかったりするのである。
【Plus】資本的支出のバリュエーションへの影響はかなり大きい
運転資本増減と同じロジックで、CAPEXもフリー・キャッシュフローにダイレクトに影響するため、バリュエーションへの影響は意外なほど大きい。ある意味、保守的な買主からすれば、CAPEXの大きな事業は、将来の財務リスクまで織り込まねばならため、さらに大きな影響がありうる。
【Plus】設備投資を自己所有にするかリース・レンタルにするか問題
事業運営に不可欠な設備等は、なんらかの方法で調達せねばならず、経営者はいくつかの調達方法から選ぶことになる。一番単純なのは自己資金または外部からの調達資金で購入してしまうことである。そうではなく、リースやレンタルという方法で調達する方法もある。株式価値を高めたい売主の立場からすれば、どの方法が一番良い方法かが気になるであろう。会計処理がどうであろうと、結局は「キャッシュの動きがどうなのか」なので、以下のような要素を勘案し総合的に決定すべきである。
・調達方法毎の設備投資にかかるキャッシュアウトの予定表
・調達方法毎の設備のメンテナンスのためのキャッシュアウトの予定表
・調達方法毎の設備使用期間終了時のキャッシュの動き
・事業価値算定に用いられる割引率の大きさ
【Plus】資本的支出の大きな事業が、M&A市場では嫌われる理由
身近な例で言えば、上場している外食企業が、居抜き店舗の形で出店するケースが増えているのはなぜか、である。株式価値を向上したい上場企業としては、CAPEXを小さく済ませられる居抜き出店を好むということである。CAPEXを潤沢に使い、立派な独自のデザインが施された内装、什器備品等への投資をすることが常に悪いということではない。ただし、そのCAPEXに見合う超過キャッシュフローを長期間安定的に稼げる場合だけである。CAPEXが大きいということは、事業拡大とともにキャッシュが吸われていき、目先のキャッシュフローが小さく萎んでしまう。自己資金が不足すれば借入等でキャッシュを用意しなければならない。当然、借入が増えれば株式価値は減る。割引計算するバリュエーションでは、目先のキャッシュの価値は、数年後のキャッシュよりもはるかに価値が高い。未上場会社の割引率は大きな数字なので割引効果も大きくなる。年月が経過すると、CAPEXを大きくすればするほど、比例的にメンテナンスのためのCAPEXも必要となって、株式価値向上の足を引っ張る。このような理由により、M&A市場ではキャッシュをどんどん吸い取るCAPEXの大きな事業は嫌われやすいのである。
【Plus】会社を高く売りたい売主が実行すべき売却準備
会社を高く売りたい売主は、CAPEXを抑制できることを買主に具体的に示すことが重要である。例えば、今までブランド力の強化につながると思い、潤沢にCAPEXを使ってきたが、顧客満足度を調査したところ、折角の高級な内装等から顧客が受ける価値は意外と低く、むしろ商品の品質や価格にばかり価値を見出していることが判明したとする。このようなケースでは「残念ながら経営者の思い込みで、今までのCAPEXはかなり無駄な投資だった」と勇気をもって評価すべきである。このような場合、例えば「新店舗を低CAPEXで実際に出店してみて、売上が落ちず、利益もしっかり出せること」を証明できれば、買主に対して説得力の高い右肩上がりのフリー・キャッシュフローの計画値を示せる。このような売却準備をしてみることを強く推奨する。「今までの当たり前を疑うこと」が企業価値向上のスタートである。M&A的にプラスかマイナスかを判断するのは意外と難しいことも多いので、できれば売却準備の段階から優良なM&Aアドバイザーと並走するとよいだろう。