◆公認会計士とは、企業の財務状況を評価し、適正な会計処理が行われているか等を監査する専門家である。財務諸表監査とともに内部統制監査も公認会計士の専管業務である。
◆公認会計士は、M&A取引では、財務デューデリジェンスや企業価値価値評価(バリュエーション)を担うことが多く、売主・買主双方にとって重要な役割を果たす。公認会計士として積み上げた知識や経験を活かし、M&A助言会社、プライベート・エクイティ・ファンドや財務コンサルタント等のM&A取引に深く関係する職種に転じるケースも多い。
◆公認会計士は登録すれば税理士にもなることが可能である。
◆一般に、公認会計士は次のような能力を有する。
正確な財務分析:企業の貸借対照表や損益計算書などの財務諸表を分析し、収益性やリスクを評価。
不正やリスクの発見:簿外債務や偶発債務など、隠れたリスクを見抜く。
税務・法務の知識:税務リスクや法的問題を把握し、M&Aのストラクチャリングに助言。
デュー・ディリジェンスの遂行力:M&Aで重要な財務調査を実施し、適正な買収価格やリスクを提示。
◆一般に、M&A取引における公認会計士の役割には以下のようなものが挙げられる。
財務デューデリジェンス:企業の財務状況について、会計基準の差異を把握し、買主が採用する会計基準に準拠した場合に生ずる会計上の差異、対象企業による誤謬(ミス)、不正やリスクを発見する。発見した事実を基礎に、買主の連結対象となる対象企業の修正財務諸表を試算することもある。他のデュー・デリジェンス・プロバイダーと情報共有することで、より穴のない企業精査を実行することもある。発見事項等を整理したDDレポートは、バリュエーション担当者と共有され、買主サイドの価値評価に影響を与える。
企業価値評価(バリュエーション):DCF法やEBITDA倍率法などを用い、対象企業の事業価値、企業価値、株式価値を算定評価し、バリュエーションレポートを提供。通常、複数の評価手法に一定の前提条件を設定して試算した結果をまとめ、価格レンジとして、公正妥当な価値の幅を示す形が多い。
ストラクチャリング:合法かつ実行可能な条件の下で、M&A取引の参加者のニーズを満たしつつ、発生する税金を最小化するストラクチャーを提案。
会計処理の助言:M&A後の統合(PMI)で必要な会計処理や資産評価を支援。
◆公認会計士の資格を取得するには、以下の試験科目で合格する必要がある。公認会計士として登録するには、試験合格に加え、実務経験(2年→3年に延長、監査証明の業務補助又は公共機関や金融機関等での実務従事)と実務補修を修了することが必要である。
短答式(マークシート方式):財務会計論、管理会計論、監査論、企業法の4科目
論文式(読解計算による数値回答と長文回答):会計学、監査論、租税法、企業法の4科目(必須)、経営学、経済学、民法、統計学(選択1科目)の合計5科目
◆また、公認会計士の資格を維持するには、以下のような継続的専門能力開発制度(CPD)を毎年履修する必要がある。「職業倫理」と「税務」が必修となっている。
倫理等、会計監査、税務、コンサル、組織環境、スキル
【Plus】M&A売主が公認会計士を活用するメリットは以下である。
▽公認会計士の習慣である「職業的懐疑心」によって事前にリスク(売主にとってのリスクも当然含む)を把握できるため、買主にマイナス評価されないような対策(売却準備)の効果が上昇する。
▽財務を中心とした情報開示の透明性を高め、外部第三者から見て信頼に足りる企業であることを証明できる。
▽M&A価格の適正化のための情報開示の品質向上に貢献し、過小評価を防ぐ。
【Plus】M&A売主が公認会計士を活用する上で注意すべきポイント
▽事業経験がない公認会計士の場合、事業の将来性やシナジー効果は売主本人がアピールする必要がある。
▽交渉は専門外の公認会計士が多く、交渉のプロであるM&Aアドバイザーや弁護士と連携し、公認会計士の意見だけに依存しないようにする。
▽M&Aでは、公認会計士の専門性を活かしつつ、他の専門家との連携が成功の鍵となる。
【Plus】M&A取引と最も密接に関わるのが公認会計士であるが、日本の公認会計士の地位は、先進諸国と比較し相対的に低い状況が続いている。その理由としては、以下を挙げられる。売主としては、日本の風潮に従順に従うことが自己の利益につながるのかを冷静に判断すべきである。公認会計士の中には、このような問題を克服している者も少なくないからである。
税理士との競合
日本では、税理士が中小企業の財務や税務に関する主要な顧問(アドバイザー)となることが多い。税理士は税務に強みを持ち、また、顧問契約を結ぶことで長期的な信頼関係を築く傾向にある。一方、公認会計士は監査業務や財務報告に強みを持っているが、中小企業では日常的な税務相談や税務代理が求められるため、税理士との競合が生じやすい。一般的な公認会計士(大企業向けの監査業務を中心とする公認会計士)では中小企業向けの税務会計や税務領域で同じ役割を果たせるわけではなく、税理士がより身近で重要な存在となっている。
監査証明の必要性の低さ
日本の中小企業において、監査証明が必須とされるケースは限定的である。企業規模が小さい場合、外部監査を受ける必要性が低く、監査証明を求められることが少ないため、そもそも公認会計士の必要性がない。特に、税理士が提供する税務申告や経営支援に依存する傾向が強い中小企業では、監査証明や財務諸表監査に対する需要は著しく低い。
文化的背景からの専門家報酬への抵抗感
日本には、高度な知的サービスへの報酬支払に対する文化的な抵抗が存在している。特に経営者や企業のオーナー層は、直接売上アップに貢献しないような専門サービスに高額報酬を支払うことに対して慎重である。この文化的な背景が、公認会計士の地位向上を妨げる一因となっている。
実務経験の不足
公認会計士になるための道のりは、大学卒業後に監査法人で数年間の実務経験を経て試験を受けるという過程であり、一般企業での就業や起業によるビジネス現場での経験が不足しがちである。一方、いわゆる「先生稼業」であり大手監査法人に入所し昇進しただけで、自尊心を過大に膨張させるケースも散見される。結果として、公認会計士は、創業者へのリスペクト、現場感覚やビジネスマナーに乏しい場合が散見される。このため、企業経営者とのコミュニケーションにおいて、より近くから経営を見てくれる税理士等と比較し、実務的なアドバイスを提供する能力が劣ると見なされがちである。
単一民族的な視点と専門家の活用
日本では、長い間「自己完結型(自社内完結型)」の文化が根付いており、外部専門家を積極的に活用するという意識が薄い傾向がある。公認会計士のような高度な専門知識を持つ専門家が企業経営に関わることで窮地を逃れる等の経験が少ないため、企業経営者が公認会計士の必要性を感じづらい、という悪循環となっている。また、経営者があえて依頼するのは、税務や法律などの具体的で痛みの伴う問題を解決してくれる弁護士や税理士である。
M&AはIPOの弟分であって、その成否がもたらす影響や成功のために要求される作業は非常に似通っている。実は、M&A会社売却のタイミングは、税理士依存を卒業するタイミングなのである。おそらく中堅中小企業の売主オーナーにとって、人生で唯一、公認会計士を活用するメリットが生じるタイミングがM&Aであり、活用しないことで大きな痛手を被る人生唯一のタイミングがM&Aなのである。