◆刑事罰とは、特に、他人の自由、財産を奪った、その他社会的に重要な規律を乱した個人や法人に対する罰で、罰金刑、懲役刑や禁錮刑などが含まれる(法人は罰金刑のみ)。つまり、重要な社会規律を乱した者に「自由に使える時間」「自由に使えるお金」という人間2大資源の自由消費に制限を加えるということある。
◆個人と法人双方に罰が課される両罰規定の法律(金融商品取引法、独占禁止法や不正競争防止法等)もあれば、通常は行政処分であるものの重大な違反の場合には刑事罰が科される法律(租税法や、独占禁止法、労働基準法、廃棄物処理法などの重要法令に加え、金融商品取引法、建築基準法などの業法を含む)がある。
◆代表的な企業経営者に対する重い刑事罰としては、以下のものが挙げられる。
・オリンパスの粉飾決算事件: 2011年に発覚したオリンパスの粉飾決算事件では、同社の経営陣が不正会計を行い、企業の財務状況を偽ったため、経営者が刑事罰(森副社長に執行猶予付き2年半、山田監査役に執行猶予付き3年の懲役刑)を受けた。
・ライブドア事件: 2006年に発覚したライブドア事件では、株価操作や粉飾決算の容疑で経営者の堀江貴文他が逮捕され、最終的に懲役刑(堀江社長に2年半の懲役刑)が科された。
・宝飾販売業社長:輸出免税還付制度により約17億円を脱税した社長に、懲役7年超、罰金6,000万円の実刑判決。
【Plus】M&A会社売却前に、経営者等に対する刑事罰リスクを回避するため法令遵守状況を丁寧に確認しておくべきである。万が一、問題が発見された場合、M&A戦略の見直しも含め、冷静に対策を練ることが重要である。工夫すれば、M&Aを成功に導く道は見つかるものである。例えば、役員や従業員に対する教育を充実させたり、違反行為を起こしやすい業務従事者に誓約書を書かせる、就業規則を見直す等の社内でできる当然の事前対策をした上で、多段階M&Aスキームによって、グッドとバッドを分割してグッドを売ってバッドは自分で清算というM&A取引方法の工夫が基本となる。
【Plus】中堅中小企業の場合、刑事罰が下りやすいのは「脱税」である。厳密ではないが脱税額が「億の単位(に近い)」だと懲役刑になるリスクが高まる。税務調査は最長7年間である。意外と簡単に超えてしまう。「節税」を長年やっているM&A売主は、念のため、外部専門家に「節税」なのか「脱税」なのか保守的に検証してもらうと安心である。顧問弁護士では判断できないし、顧問税理士だと自己弁護するためである。
【Plus】売却交渉中には、過去や現在の刑事罰リスクに関する情報を正確に開示することが極めて重要である。M&A買主による法務DDの実施によって、M&A売主が隠していた法的問題が明るみに出た場合、ディールブレイクや大幅なマイナスの価格調整のリスクがある。
【Plus】欠くべからざる経営陣が刑事罰のリスクを抱えている場合、ディールブレイクとなる可能性が高い。万が一刑事罰が下された場合、企業価値が急激に低下し、最悪の場合、倒産まで織り込まなければならないからである。日本社会では特に、刑事罰は信用力やブランドエクイティに大きなダメージを与える。M&A売主は、個人としても刑事罰を回避するよう細心の注意を払うべきである。