◆DCF法とは、対象企業が将来生み出すフリー・キャッシュフロー(FCF)を予測し、それを現在価値に割り戻して事業価値を評価し、一定の調整をして企業価値や株式価値を算定する手法である。割引率(WACCなど)を用いて、事業リスクや時間価値を考慮した計算が行われる。M&Aにおいては、一定以上の規模を誇る企業、成長企業や安定企業の評価に広く用いられる。

◆DCF法にもいくつかの手法が存在する。M&Aバリュエーションで最も一般的なDCF法はWACC法であるが、借入金等の有利子負債の急な増減が予定される場合にはAPV法が採用されることが多い。


◆なお、事業価値の算定のため将来の事業フリーキャッシュフローを永久期間分策定するのは実務上困難であるため、通常、5年程度の事業計画期間の事業フリーキャッシュフローを策定し、その後の期間については継続価値(ターミナルバリュー)として一括算定する。
手法名 | 定義・概要 |
WACC法 (Weighted Average Cost of Capital) | 企業の加重平均資本コスト(WACC)を割引率とし、将来キャッシュフローを現在価値に割り戻す基本的なDCF手法。借入金と自己資本の構成を固定して評価できる場合に利用できる。 |
APV法 (Adjusted Present Value) | 事業の無借金価値(ベース事業価値)に、借入による節税価値(タックスシールド)を加算して企業価値を評価する。レバレッジの影響を個別に評価できる。 |
FCFF法 (Free Cash Flow to Firm) | 企業全体が生み出すフリー・キャッシュフロー(FCFF)を基に、企業価値を計算する手法。WACC法やAPV法はFCFF法の一種である。 |
FCFE法 (Free Cash Flow to Equity) | 株主が受け取ることが可能なフリー・キャッシュフロー(FCFE)を用いて、株式価値を直接評価する手法。将来にわたり無借金又は借入比率が一定である場合に利用できる。 |
Gordon成長モデル (Gordon Growth Model) | 将来キャッシュフローが一定割合で成長し続けると仮定し、その成長率を反映して企業価値を計算するシンプルな手法。将来期間の事業計画を策定する手間を省ける利点があるが、個別事情を反映することは不可能となる。 |
多段階成長モデル (Multi-Stage Growth Model) | 初期の成長率と成熟後の成長率を異なる段階で設定し、成長フェーズごとに企業価値を算出するモデル。成長が不均一な企業に適用される。このモデルも事業計画は不要だが個別事情の反映は困難な面がある。 |
◆DCF法を適切に運用する際に重要な要素は以下である。それぞれ主観が入りやすく、合理的な説得力をどうやって備えるかが重要となる。
▽将来期間のフリー・キャッシュフロー(計画期間のNOPLAT、実効税率、運転資本増減、CAPEX)
▽割引率(リスク・フリー・レート、β値、エクイティ・リスク・プレミアム)
▽継続価値(ターミナル・バリュー)(計画期間後の価値の計算方法、CAPEXと投資リターン)
▽永久成長率(ターミナル・バリューの評価で利用する)
◆同じく代表的なEBITDA倍率法は、単年度のEBITDAに倍率を掛けるため計算は簡単だが、将来の成長等を反映することが難しい(あらゆる将来の変動要素を込めて倍率を置く必要がある)。それぞれ一長一短であるため、複数の手法を採用し比較して最終決定する評価プロセスが一般的である。
◆DCF法による評価が適している対象企業として以下を挙げることができる。
▽成長が見込まれる企業:新規事業や市場拡大が進んでいる企業は、将来の収益が大きく見込まれるため、DCF法での評価が適している。
▽技術力やブランド力がある企業:将来的に収益を生むことが見込まれる独自技術やブランド力を保有している企業は、DCF法で成長性を加味した評価しないと過小評価につながりやすい。
▽事業価値が重要な企業:不動産などの非事業用資産の価値(容易に資産の売買想定額を入手できる)の割合が小さく、変動性の高い事業として利益を生み出し続ける企業は、DCF法のメリットを享受しやすい。
◆DCF法の課題としては以下を挙げることができる。これらの課題をいかにクリアするかがM&Aアドバイザーの腕の見せ所でもある。
▽将来予測の不確実性:DCF法は将来のキャッシュフロー予測に大きく依存するため、事業計画の精度や外部環境の変化が大きく影響する。キャッシュフローはボトムラインであり、わずかな売上等のトップラインの変動だけでも大きく変動する。市場変動や競争環境の変化により、結果が大きくぶれる可能性がある。
▽割引率の設定が難しい:割引率(WACC等)は、資本コストや事業リスクを反映するが、その設定が主観的になりやすく、評価額が買主・売主間で大きく乖離する要因となりやすい。僅かな割引率の水準の違いでも、事業価値は大きく変動する。
▽計算が複雑で専門性が求められる:DCF法は、事業計画の精緻化や複雑な財務モデルを構築する必要があり、専門知識・スキルが求められる。対象企業に特殊な個別事情があれば、DCF法でなければ適正評価が難しいが、特殊な個別事情を適正に事業計画や評価モデルに反映するには高い専門性が要求される。
◆日本の中堅中小企業のM&Aでは、DCF法が使われないケースも多い。その理由は、対象企業の情報管理体制が上場企業等と比較して不十分であるためである。事業のバックグラウンド情報、事業活動情報や財務情報の管理体制のカバー範囲と精度が十分でないと、高品質な事業計画として外部に説明できない。そのため、中堅中小企業を対象企業とする案件では、DCF法の簡便法とも言えるマルチプル法(EBITDA倍率など)が主流となる。さらに、ビジネスブローカレッジ案件(中小零細企業案件でビジネスブローカーが担当する案件)では、さらに簡略化した純資産法や年買法によって評価されてしまい、大幅な過小評価で売却してしまうケースも多い。
【Plus】日本の中堅中小M&A市場でDCF法による高い評価額を実現する方法
▽事業計画の精度向上:事業計画を詳細に策定し、その根拠データも整備した上で、具体的な成長戦略や改善施策を数値化する。財務モデルを構築し、複数シナリオを反映することも有益である。
▽コスト削減や利益率改善を実現:将来的にキャッシュフローが増加させられることを具体的にアピールするため、改善の実績を具体的に示す。
▽シナジー効果を強調:買主が得られるシナジー効果の実現可能性が高いこと示す。シナジー効果の不確実性を低くするための材料を徹底的に探し、その根拠となる事実を具体的に作る。
▽リスクを透明化し、解消策を提示する:買主が懸念する事業リスクを事前に整理し、軽減・解消策を実行するか、プランとして具体的に提示する。
▽第三者評価:売主が、独立した公認会計士等に株式価値評価を依頼し、公正なバリュエーションを提示することで買主サイドの公認会計士による過小評価をけん制する。できれば、事業経営経験や金融機関での勤務経験のあるM&Aに精通した公認会計士に依頼すると、説得力のある事業計画やDCF法評価が可能となる。
【Plus】優良M&Aアドバイザーを起用する必要性
▽精度の高いバリュエーション:優良M&Aアドバイザーは、事業計画策定、財務モデル構築、DCF法の専門知識やスキルを持ち、高評価に懐疑的になりがちな買主に「対象企業の真の価値」を説明する能力がある。
▽買主に対する説得力の向上:優良M&Aアドバイザーが作成する高品質なインフォメーション・メモランダム等の初期的開示資料は、買主に対して説得力があり、価格交渉を有利に進めることができる。
▽交渉の仲介役として機能:優良M&Aアドバイザーは、売主と買主の間に立ち、価格目線のギャップを埋める役割を果たす。感情的な対立を避け、冷静な交渉が可能となる。特に売主が委託するセルサイドFAは、売主の利益最大化のため力を尽くす。
▽買主候補の探索・提案・交渉能力:優良M&Aアドバイザーは広範な買主ネットワークを持っており、複数の買主候補を募ることで、競争環境を作り出し、評価額を引き上げることができる。DCF法の高評価が絵にかいた餅に終わらないようにするには、競争環境とともに具体的なシナジー効果等の投資妙味も不可欠である。買主が変わればシナジー効果も変わるため、買主候補の探索能力次第で高い評価を得られる。また、魅力的な投資案件であることをストーリー仕立てで提案したり、評価ギャップを埋めるための交渉を担う。
▽デューデリジェンス対応の強化:買主によるデューデリジェンスに対し、適切な資料や説明を準備し、リスクを最小限に抑える対応が容易となる。DCF法の前提となる事業計画数値に問題があれば、DCF法の高い評価の前提が崩れてしまうが、優良M&Aアドバイザーは、買主がデュー・ディリジェンスで発見する前に、問題を発見し、治癒するための助言をしてくれることも多い。
【Plus】まとめ
DCF法は、将来の成長が期待される企業にとって最も魅力的な評価手法である。しかし、日本の中堅中小企業ではDCF法の活用が難しいケースも多い。事業計画の精緻化や専門家の協力を得ることで、DCF法を用いた高いバリュエーションを実現することが可能となる。優良M&Aアドバイザーの起用は、交渉を有利に進める鍵となり、売主にとって不可欠な存在である。