◆M&A取引のディールブレイク(破談)とは、M&A交渉の顛末の1パターンである。売主と買主が一旦は本格的な交渉テーブルに座ったものの、なんらかの理由で合意に至らず、成約に至る前に交渉を途中で中止することである。
◆「売主視点でのディールブレイク」には、売主は進めてほしいのに買主が交渉から離脱する「喪失(Loss)」と、買主は進めたいのに売主が交渉から離脱する「仕切直し(Reset)」の2パターンに整理することができる。

◆特に、「許容不可能な重大問題」により破談(ディールブレイク)に陥ったとき、その重大問題を「ディールブレイカー」と呼ぶ。通常、対象企業や経営者の問題で「喪失」になるものを指す。売主が気づいた買主の企業理念や経営方針等の問題で「仕切直し」になるものも該当する。
◆ディールブレイカーには、対象企業・売主・買主の問題(内部問題)もあれば、マクロ環境・市場環境・金融環境などの問題(外部問題)もあり、管理可能なディールブレイカーと管理不能なディールブレイカーーに分けることもできる。前者は「怠慢による破談」、後者は「不運による破談」と言える。取引価格や経営者処遇など、主要条件の乖離については、ディールブレイカーには含めない。
【Plus】「喪失」の原因と対策
ディールブレイクを防ぐためには、事前の売却準備と売却交渉の戦略が重要である。「喪失」の主な原因と、それらを解消するために売主やM&Aアドバイザーが取るべき行動を知り、事前に対策を講ずることが成功(満足できる成約)の確率を高めるために有効である。
▽外部環境要因:
市場や業界全体の景気が悪化した場合、買主がリスクを避けるために案件から撤退することがある。特に規制強化、金利上昇、金融ショックやパンデミック等が該当する。売主は、早めに検討を開始し、適切なタイミングを見極め、外部環境が安定している期間に取引を進めるべきである。必要に応じ好機到来まで辛抱強く待つことも重要である。このような外部環境下では、火事場から逃げたい売主がM&A市場・BB市場に殺到し、供給過剰になるため、さらに売却条件が悪化しやすい。どうしても理由があって好機を待てない売主は、大幅に希望条件を緩和することも検討すべきである。
▽対象企業の業績状況:
対象企業の内部事情を原因とした業績急悪化によって、売主・買主間の期待ギャップが生じ、ディールブレイクに繋がることがある。売主は、M&A交渉前後で業績が大きく悪化しないよう細心の注意を払うべきである。「右肩下がりになったから売りたくなる売主」が少なくないが、大幅妥協しても買主が見つかるか運次第である。
▽対象企業の財務問題(過大債務・キャッシュ不足):
貸借対照表に表れない財務上の健全性問題が見つかると、買主はリスクを懸念し撤退することがある。例えば、未払賃金債務、退職給付債務、保証債務、リース債務、大規模修繕債務、資産除去債務、追徴税債務や損害賠償債務などで会計上認識してない債務(簿外債務や偶発債務)である。売主は、対象企業の財務状況や重要契約の内容を精査し、必要に応じて自らリストラクチャリング等を行い、財務健全性の向上を図るべきである。経営資源の調達方法を見直すことで債務を消滅・縮小させる可能性を追求すべきである。
▽対象企業の潜在リスクの発覚:
各種デューデリジェンス(事業・財務・税務・法務・人事・IT・ESG)の過程で、重大な潜在リスクが発覚すると、買主は離脱する可能性がある。売主は、可能であればベンダーDDを実施し、潜在的なリスクを洗い出し、事前に対処すべきである。
▽イベント・インシデント:
交渉期間中に重大な災害・事故、訴訟、紛争、従業員不正や風評被害が発生したり、重要人材が退職したりすると、買主のリスク評価が悪化し、破談に繋がる場合がある。リスクを事前に把握し、対策を講じるべきである。発生してしまったら極力早期に解決するか、解決するまで延期する等の措置を検討すべきである。
▽技術的問題:
製品等の不具合やサプライチェーンの問題などが発生した場合、買主は事業リスクを懸念する。売上に大きく貢献している重要な商品・製品・サービスに関し、供給能力に支障が出る可能性のある重要技術については事前に精査し、問題を指摘されないか確認し、問題が見つかったら治癒しておくべきである。
【Plus】「仕切直し」の原因と対策
同様に「仕切直し」の主な原因は以下のとおりである。「仕切直し」の多くは、M&Aアドバイザーによる買主候補選定に根本問題があるケースがほとんどであるため、優良なM&Aアドバイザーを起用し、拙速に打診活動に走らせる前に、重要なポイントについてしっかり擦り合わせしておくことで回避・軽減可能である。
▽買主企業の企業理念や経営方針:
買主企業の企業理念、企業風土や経営方針が、実際に買主企業の経営者に会って話をしてみると、どうしても許容できないものであることがある。特に、M&A会社売却後も売主オーナー経営者が経営を継続したい場合、致命的な問題となりうる。
▽買主企業による対象企業の役員・従業員処遇方針:
売主が対象企業の役員・従業員の雇用継続を重視しているにもかかわらず、雇用継続を約束してくれない場合がある。このような買主企業は、そもそも対象企業を「独立した事業体」ではなく「欲しい経営資源と欲しくない廃棄物の塊」とみなしている可能性がある。その場合「欲しい経営資源の調達価格から廃棄物処理コストを差し引いた価格」でなら条件合意できると買主は腹の底で考えているため、売主としては、他に選択肢がない場合にのみ検討すべき買主である。このような買主にはM&Aで売らず、従業員等の転職を支援し、短期貢献コストに制限、在庫処分・資産売却した上で清算した方がましかもしれない。
▽買主企業の信頼性:
買主企業の経営者などの発言内容を吟味すると、一貫性がなかったり、矛盾が見つかることがある。このような場合、重要な約束を反故にされる危険を感じざるを得ない。最終契約を練り上げることは最低限必要だが、そもそも搾取目的でM&Aしている悪質な買主の場合、契約しても履行しないリスクもある。裁判をする時間や費用は小さくないし、損害を回復できる保証もない。最悪なケースとしては、借入金の連帯保証を外す約束を反故にし、対象企業のキャッシュを抜き取り、倒産させるハゲタカ買主である。こうなれば「仕切直し」のチャンスも消滅してしまう。
▽買主企業の支払能力:
M&A交渉の途中まで、支払能力に問題がないかのように振る舞い、独占交渉権を受け取ることで、他の買主候補を消し去り、売主との交渉力を高めてから、DDや契約交渉で時間を稼ぎ、最終局面で「実は金がない」「金ではなく株で売ってほしい」と言ってくる買主がいる。長期間のDDや交渉で疲弊した売主を妥協させ、タダ同然で買収しようとする不誠実極まりない買主もいるのである。
【Plus】売主は、上記の各論対策の他、総論的に以下の対策によって、ディールブレイクを防ぐ確率を高めることができる。
▽事前の売却準備:
必要に応じ外部専門家を起用するなどして、重大な問題を発見・治癒しておく。できればM&Aに関する知見のある外部専門家を起用すると、ズレた助言で逆効果になることを回避できる。
▽優良なM&Aアドバイザーの起用と透明な情報開示:
そもそも問題を認識できず、交渉が深まってから買主に指摘される、問題を認識しながらも成約に焦るあまり、問題を隠蔽して交渉を進めDDで指摘される、最悪なのが、なんとか妥協して成約したが補償条項が発動し多額の賠償金を支払うはめに陥る事態である。これが優良なM&Aアドバイザーを起用しなかった場合に「売主が覚悟しておくべきリスク」である。そもそも「重要欠陥を隠ぺいして成約」は悪質・無能なビジネスブローカーに塩を送るだけである。その塩も売主が妥協価格から支払う。悪質・無能なビジネスブローカーは、自らの重大な故意・過失によって補償条項が発動しようが「売主の自己責任」で逃げるだけ。すなわち「治癒できる欠陥は治癒しておき、正々堂々と情報を開示し、買主と信頼関係を築く。さらに、最適な買主選定と提案内容と交渉方法によって、最高の条件を実現する」が正解であり王道である。これをサポートしてくれるのが「優良なM&Aアドバイザー」である。