◆機密保持義務とは、M&A取引の関係者間での機密情報管理義務について定めたものである。独立した機密保持契約書として各関係者(売主・対象企業・買主・財務アドバイザー(FA)・法務アドバイザー(LA)・DDプロバイダー等)の間で義務を課すこともあれば、売主とセルサイドFA間のFA契約、売主・買主間の各種契約(基本合意契約、最終契約等)で義務を課すこともある。ここでは、売主とセルサイドFA間での機密保持義務に限定して解説する。
◆まず、売主とセルサイドFA候補の間でNDAが締結され、その後、売主とセルサイドFAとの間でFA契約が締結される流れが一般的である。FA契約における機密保持義務において、NDAの内容を必要に応じ補完することもある。
▽NDAの主な役割:セルサイドFA候補が、FA業務を具体的に検討する際の機密保持義務を定める。
▽FA契約での機密保持義務:主に、セルサイドFAによる業務遂行の中での情報管理について定める。また、M&A取引の成功のため支障が生じないよう、また、セルサイドFAの業務成果物を無断で流用することのないよう、売主に対して機密保持義務を課す場合もある。
【Plus】セルサイドFAが負う機密保持義務
▽セルサイドFAの機密保持義務:M&A目的外利用の禁止、ネームクリアランス義務化、M&A取引不成立時の返還・破棄、FA契約終了後の一定期間の機密保持義務継続などを定める。
▽買主候補への情報開示:NDAを締結した買主候補にのみ、必要最小限の範囲での機密情報開示(関心度の高さを確認できた買主候補にのみ詳細情報を開示、特にリスクの高い重要な機密情報については、売主の承諾を得てから機密情報を加工して開示、売主は常に重要な機密情報の扱いについて変更の指示を出せる旨など)の義務を定める。
【Plus】売主が負う機密保持義務
▽売主の機密保持義務の主なポイント:M&Aプロセスが進行していること自体を外部に漏らさない。
FAや買主候補に提供する情報は、適切に管理し、機密性を保持する。FAと連携し、買主候補への情報開示の範囲とタイミングを慎重に決定する。従業員、取引先、金融機関への情報開示は、慎重に行い、不必要な不安を与えないよう配慮する。M&Aプロセス中に知り得た買主候補の機密情報を、他の取引や競争戦略に利用しない。M&Aが不成立となった場合でも、買主候補の企業情報や提案内容を外部に漏洩しない。
▽従業員・取引先への情報開示の注意点:M&Aの進捗を早期に従業員や取引先に知らせると、従業員の流出や取引先の取引停止リスクが発生する可能性がある。買主候補が確定し、最終契約に近づくまでは、必要最低限の関係者のみに情報を開示する。必要な場合、従業員向けの機密保持契約(NDA)を締結し、情報流出を防ぐ。
【Plus】機密情報を保護できないセルサイドFA
▽職業倫理:セルサイドFAの職業倫理の意識が低い場合(ビジネスブローカーと呼ぶべき)、売主の不利益を無視して、案件成約のためだけに必要のない機密情報を、最も流用リスクの高い同業等に流してしまうリスクがある。
▽事業知識:セルサイドFAに事業知識がない場合、いちいち売主は、どのような機密情報の重要性が高いかを説明しなければならない。膨大な情報の流れが生ずるM&Aプロセスにおいて、セルサイドFAが自ら主体的に判断し、売主に確認することができれば、売主の負担は軽減するはずである。
▽ITスキル:重要な機密情報は、買主から見ても重要性が高く、その存在を確認できないまま高額買収に踏み切ることはできない。そこで重要機密の存在を証明しつつ、流用リスクを消滅させるため、データにマスクをかける等のデータ加工の必要が生じる。ここでセルサイドFAにITスキルがないと、そのような加工ができない。必要なプログラムを組んで分単位で処理するスキルが望ましい。