◆FA契約とは、財務アドバイザー(FA)と売主又は買主との間で、M&A取引の成功に向けた助言や支援の範囲や報酬等について定める業務委託契約(委任契約)である。
◆M&A取引においてFAが登場する主なパターンは以下の4パターンである。
▽売主が売却したい:会社オーナー(売主)が、自分の会社(M&A対象企業)を第三者(買主)に売却したい場合、最高の買主に最高の条件で売却しつつ、不合理な損失や負担を避けるために、M&A専門家としてセルサイドFAを起用するパターン。セルサイドFAは、M&A戦略の立案、財務モデルの構築、合理的なバリュエーションの実施、買主候補の探索、初期的開示資料の作成、M&Aスキームの考案、M&Aプロセスの管理、売却条件の交渉、LOI・MOUへの対応、バイサイドDDへの対応、資料リクエストやインタビューへの対応、最終契約の交渉やクロージング等のM&A取引に関する総合的な支援をする役割を担う。
▽売主がアウトソースしたい:売主が最高の条件で自分の会社を売却するためには、①会社の現況を良好にする、②ポテンシャルを具体化・現実化する、③リスクを明確化・軽減する、④セルサイド専門家に情報提供する、⑤バイサイド専門家に情報提供する、⑥売却後の仕事(引継ぎ・シナジー実現・バックオフィス整備等)が必要となる。これらについて、売主の負担を軽減するため、事業・財務・税務・法務・人事・IT等、経営やM&A取引前後に精通したプロとしてFAに売却準備(書類・情報の整備、事業計画書の策定、リスク発見と対処等)や売却後対応(PMI、引継ぎ・引退準備、補償対応等)といった一部業務をアウトソースするパターン。
▽買主が買収したい:市場シェア拡大、未開拓領域への進出、経営資源(顧客網、商品/サービス、人材、知的財産等)の獲得、事業ポートフォリオ戦略(強化事業の強化、多角化リスク分散)の一環として、特定又は一定条件を満たす会社(対象企業)を、魅力的な条件で買収したい会社(買主)が、バイサイドFAを起用するパターン。バイサイドFAは、プロファイルから提案先企業を選定、協議資料の作成、提案、条件交渉、DD専門家の選定・DD業務支援など、買主が最高の対象企業を最高の条件で買収するための総合的な支援をする。
▽買主がアウトソースしたい:買主は、セルサイドFAから提案を受けたM&A案件について、自社で詳細に調査・分析・検討して合理的な決断を下さなければ、不要な事業を買収してしまったり、高値掴みをしたり、PMIコストが多額になるリスクを負う。セルサイドFAから提供された初期的情報開示資料や、バイサイドDDの成果物としてDDプロバイダーから提供された各種DDレポート、インタビュー等で得た口頭情報などの膨大な情報を整理し、合理的な意思決定を下すための一部業務をアウトソースするパターン。
◆FA契約で合意する一般的な項目は以下のとおりである。
▽業務範囲(スコープ):買主候補の探索、M&Aプロセス管理、M&Aスキームの検討、バリュエーションの実施、情報開示資料の作成、買主に対する提案・交渉の支援、DD対応支援、最終契約ドラフト作成・マークアップ支援などクライアントがFAに求める業務範囲を定める
▽買主候補リストの事前承諾義務:打診する買主候補につき売主に事前承諾を得るか
▽利益相反の回避:クライアントとの利益相反を禁止するか(買主側のFAを兼務しない(=M&A仲介業者にならない)旨、成約のみ重視し売主を不利にしない旨など)※この条項がなければFA契約ではない
▽報酬体系:着手金、月額支援報酬、中間報酬、成功報酬、その他業務に対する報酬
▽契約期間:自動更新の有無
▽専属条項:専属委託にするか、他のFAやM&A仲介業者を同時に起用できるか
▽解約条件:解約の条件、テール条項、解約違約金の有無
▽機密保持義務:M&A取引に関する機密情報管理(既にNDAを締結していても内容を強化するか)
【Plus】M&A売主がFA契約締結前にしっかり確認すべき重要ポイントは以下のとおり。最も重要なことは優良なFAを見つけ、信頼関係を構築し、高い目標を実現するために切磋琢磨することである。
▽業務範囲(スコープ):FAが実際にどこまでサポートしてくれるのか、十分な品質を伴っているか、十分な範囲をカバーしているか、担当者はその業務を遂行するにふさわしい能力を持っているか、について徹底的に事前チェックすべきである。特に案件責任者(名目上の責任者ではなく、常に電話や打ち合わせで直接相談する相手)が優良M&Aアドバイザー5要件を充足しているかを確認すべきである。
▽利益相反の回避: 売主と買主の共通の利益の最大化を目指すのは当然として、売主の損失が買主の利益になる(利益相反)ような場合、セルサイドFAはクライアントとの利益相反を徹底的に回避しなければならない。弁護士、公認会計士などの士業は「利益相反の禁止」が法律や業界規則で厳しく要求されている。「同一M&A案件で買主からも報酬を貰ってよい」と売主が承諾してしまえば、民法が禁止する「双方代理」を認めたことになり、「双方代理に伴う不利益(仲介業者に騙されて得るべき利益を失い損失を負う等)」について自分で責任を取ると言っているようなものである。
▽報酬体系:FAの提供サービスの専門性、業務負荷、難易度を踏まえ、適切な報酬レベルとなっているか評価する。高すぎる場合は業務内容とセットで値引き交渉すべきだが、無料とか安すぎる場合は(そもそも止めておいた方が良いが、それでも契約したいなら、売主を騙す目的が隠されているリスクを想定し)厳格な成約条件を設定するなどの対策が必須である。報酬は様々な名目でそれぞれ対応する業務・負荷・リスクが異なる。ぼったくられたり、安かろう悪かろうにならないよう、適切な内容・水準に設計すべきである。自前大好き日本人は外部専門家を使うのが上手くないのが通常で、そこが悪質業者の入口になっていることを忘れてはいけない。
▽専属条項:FAを起用すべき場合とは、広範囲かつ高度な業務を依頼する必要がある場合であるため、FAを雇うなら専属契約にすべきである。複数FAと同時契約すべきなのは、巨大M&A案件の場合等、1社だけでは高度専門家が人数不足となる場合やM&Aプロセスの大半について売主本人で対処でき、マッチング確率・M&A競争環境を向上させるために複数FAに買主候補を探索させる場合のみである。専属契約は、優良なFAに案件に集中させるための必要措置であり、それを怠ればFAの怠慢を責める資格もなくなる。FAの意欲や力量が不足していることが事後的に判明した場合の扱いは、解約条項で処理すべきである。ちなみに、BB案件(零細案件を年買法で売却)の場合にはM&Aアドバイザー(≒FA)ではなくBB業者(≒M&A仲介業者)を起用するが、こちらは専属にする理由があまりない。主にマッチングのみであり、業者を増やすほどマッチング確率が向上するためである。しかし、この場合にも事故を防ぐため、売主は必ずネームクリアランスは実施すべきである。
▽解約条件:売主側からの一方的な理由による途中解約違約金が妥当な金額(解約時までの業務負荷に対する社会通念上妥当な報酬等)であれば問題ないが、合理的な理由(FAが怠慢・無能であった等)があって途中解約する場合の責任をどうするか、合理的な理由があるのに事実上解約できない内容になっていないか(過剰なテール条項等)、FAが一方的に途中離脱した場合の責任をどうするか、など様々なケースを想定し、契約書に落としておくと安心である。
【Plus】まずM&A売主自身で「だいたいのM&Aストーリー」を想定しておく意義
FAに丸ごと依存するのではなく、売主自身が「M&Aのシナリオ」をある程度想定しておくことで、FAに言われるがまま契約してしまった結果の業務の品質不足・範囲不足を避けられるし、払うべき報酬の水準感もイメージが湧き、双方が納得できる形に落ち着くはずである。最も重要な事は、売主が、売主に必要な能力を備えたセルサイドFAと、全力集中して二人三脚できるようにすることである。以下の8項目について頭の整理をしてからFAとの初回相談に臨むとよい。見当違いでも全然問題ない。優良FAは納得できる回答をその場でしてくれるし、ダメなFAやBB業者は、売主に都合の良い話やパターン対応しかしないので、真偽を見抜けるはずである。
▽ 売却目標額を概算:売却価格を概算し、FAと目標をすり合わせる準備をしておく。M&Aバリュエーションの基本的な手法(DCF法、EBITDA倍率法など)の仕組みを理解し、概算でよいので数字を自分で作っておく。単なる金額を算出するのは誰にでもできる。大事なことは重要な数字(EBITDAやFCFや倍率や割引率など)の持つ「本質的な意味」を理解することである。そうすれば、相手(買主)の立場ならどうか、高すぎないか、安すぎないかを検証できるようになるし、役員・従業員の努力の成果と将来への期待やリスクが適切に反映されているかについても、冷静に検証することができるようになる。
▽ キャッシュ以外の目標を整理:単に「高値で売る」だけが売却目的ではない場合が大半である。他の目標もできるだけ明確にしておくとよい。複数条件間でトレードオフ関係になる(こちらを立てるとあちらが倒れる)ケースも少なくない。必ず優先順位を付け、この条件の最低ラインを満たせるならあの条件をこうしたい、などの希望をFAに明確に伝えられるようにしておくとよい。
▽ 買主候補を想定:どのような買主(同業、周辺業種、異業種、PEファンド、海外企業など)に売りたいか、どのような先に売りたくないか、を事前に考えておく。買主タイプが変われば、買収目的も違えばシナジーも変わる。価格目線や交渉のハードさが変わってくる。
▽ M&Aスキームを想定:
・取引範囲:会社丸ごと売却スキームか一部売却か(基本M&Aスキームの選択と組合せ)
・時間軸:一括売却か段階的な売却か(多段階M&Aスキーム・多段階株式譲渡)
・キャッシュの行方:対価がキャッシュか非キャッシュか、キャッシュの行方が売主か対象企業か
▽ 必要な期待材料を想定(※全部揃っている会社はない):
・希少資源:企業価値に貢献する希少資源を保有していることの具体的な根拠
・成長ポテンシャル:今後も成長できると買主に示せる具体的な根拠
・改善ポテンシャル:リソース補完等によって可能となる改善余地とその効果
・シナジー効果:主な想定買主との間でどのようなシナジー効果を実現できそうか
▽ 必要な安心材料を想定(※リスクのない会社もいない):
・事業リスク:一般に想定されるであろう事業リスク(売上減少・コスト増大・CAPEX増大・資金回収サイト長期化・レピュテーション・その他)とその対処方法
・財務リスク:簿外債務や偶発債務等の内容と対処方法
・税務リスク:追徴リスクの内容と対処方法
・法務リスク:法令・契約リスク等の内容と対処方法
・労務リスク:労務リスク(採用・教育・退職・賃金・休暇等)の内容と対処方法
・ITリスク:ITシステムに関する課題の内容と対処方法
▽ 売却準備すべき内容を想定(※時間予算や費用予算を考慮):
・データ整理:財務諸表、税務申告書、契約書、社内規則、許認可、業務データなどを整備
・売上/CF最大化:可能な範囲で売上・キャッシュフローを最大化
・リスク対応:可能な範囲で各種リスクを軽減・消滅
・PMIの考慮:スムーズなPMIを妨げる要素(後継キーパーソン不在、業務データ不備、下級会計基準準拠、ITシステム老朽化等)を軽減・排除
▽ 自分でできること、プロに任せることを分ける
・セルサイドFAに依頼すべき業務と、自分で実施すべき業務を区別してみる
・セルサイドFAとは別にセルサイドLAを起用するか検討する
・M&Aアドバイザー(FA+LA)以外の専門家を起用するかも検討