◆アーンアウトとは、M&A取引において、買主が売主に対し、対象企業の将来の業績達成状況に応じて「追加の売却対価」を支払う仕組みを指す。将来の稼ぎ(Earn)を売主に払う(Out)という意味である。
◆主に売主と買主の対象企業の株式価値の評価に「埋めがたいギャップ」がある場合に「売主がそれだけ対象企業の将来に自信があるなら、今後の業績が本当に伸びたら追加払いしよう」という形でギャップを埋めるために利用される。つまり、不確実な将来業績についての評価は先送りし、それ以外の部分で合意形成し成約する方法である。成約後も売主オーナー社長が経営者を継続する場合に企業価値向上のインセンティブとして利用することもある。
◆なお、M&A取引において、売却対価を一括で受け取るのではなく、段階的に受け取るスキームには、アーンアウトの他にもある。
▽多段階株式譲渡:売主がまず経営権に相当する過半数株式(通常は80%~90%だが交渉次第)を買主に売却し、一定期間後に継続保有した株式を売却(買主又は買主の譲渡先)する方式(多段階株式譲渡)。売主が対象企業の経営に引続き関与する又は引退しつつ、成長の果実の一部を取り込んだ形での高値売却を狙える。売主が株式を継続保有する行動が「事業リスクは限定的」とのシグナルとなり、買主が安心して経営権を取得できる効果もある。PEファンド等の必ず数年内に株式売却(イグジット)する買主に一部を売却した上で、イグジット時に一緒に売却する等が典型パターンである。業績が低迷する等の場合には、想定通りの追加売却ができなくなるリスクがある。
▽一部エスクロー:一定期間、売却対価の一部を第三者機関(弁護士預り口口座などのエスクロー口座)に預託し、特定条件を満たした場合に売主に支払うスキーム。買主は重要な表明保証違反リスクを補償(売主からの損害賠償)より確実に回避できる。売主も条件を満たせば売却代金の全額に受領できるが、条件次第では資金の受領時期が大幅に遅れるリスクがある。
▽セラーズファイナンス:売主が買主に対して売却対価の一部を貸し付け、買主が利払いとともに分割弁済するスキーム(セラーズファイナンス)。買主の資金調達を売主が支援できるため、高額売却が成立しやすくなる。税負担は売却全額に対して発生してしまう。また、対象企業及び買主が経営不振に陥った場合、売主が貸付金を回収できなくなるリスクがある。
【Plus】M&A売主は基本的にアーンアウトを求める必要はない
Cash is Kingである。売主にとって最もリスクの低い売却方法は「一括売却による即時現金化」である。アーンアウトは売却対価が確定せず、想定を下回る(ゼロになる場合も)リスクを伴うため、売主にとっては不確実性が残る。あくまでも「埋めがたいギャップ」がある場合に、アーンアウトによって低評価を回避し、「確定タイミングを先送りする」という使い方が基本となる。例えば、売主が、会社を高く売りたいからといって、楽観的な見通しをさも確実であるかのように買主に伝えてしまうと、そのカウンターとして買主から提示されてしまうリスクがある。ほどほどに、というわけである。
もちろん、対象企業の業績見通しが極めて強固であれば、売主から「抑え目売却額+魅力的なアーンアウト」を提案してもよいだろう。また、売主が経営者を継続する場合、買主からアーンアウトを「インセンティブ」として付与する代わりに売却対価を抑えめにしてほしいと提案されることもありうる。
【Plus】アーンアウトを使わざるを得ない場合、M&A後の経営方針についてできるだけ確認する
売主がアーンアウトを受け入れざるを得ない場合、「買主のM&A後の経営方針」をできる限り確認することが重要である。例えば、売主がアーンアウト期間中に経営に関与しない場合、買主が意図的に事業成長を抑制したり、会計上の操作を行うリスクがある。売主がアーンアウト条件充足を逃すことになるため、事前に「アーンアウトの詳細条件」もしっかり議論してから設定すべきである。
【Plus】最終契約でしっかり詳細を詰めることが必須
アーンアウトは、契約の細かい条項によって売主の受取額が大きく変動するため、最終契約で細部までしっかり詰めることが不可欠である。ただし、アーンアウトを売主有利にする交渉(特に、売主が早期引退する場合のアーンアウト)は、売却交渉と同程度以上のハードなものになると覚悟しておくべきである。
▽アーンアウト計算方法を明確化
・準拠する会計基準(J-GAAP、中小会計指針、中小会計要領等)を明確にする。
・具体的な財務指標(EBITDA、フリーキャッシュフロー等)を明確にする。
・判定時点と閾値及びアーンアウト額の計算式を明確にする。
・買主の財務指標が売主不利に操作されないよう、財務指標の「調整計算条項」を設ける。
▽財務指標の検証方法を要求
・売主が支払額の前提を検証できるよう公認会計士による財務諸表監査を実施するよう要求する。
・財務諸表監査が難しい場合、外部専門家によるレビューを許容するよう要求する。
▽買主責任の場合の最低金額を要求
・閾値未達が明白に買主の経営方針による場合の売主救済措置について交渉する。
▽例外的な場面での措置
・アーンアウトの契約相手方が存在しなくなる(対象企業を買主が第三者に譲渡)等の例外的な場面での措置を確認する。