◆感情経済学は、従来の経済学が合理的な意思決定を前提としていたのに対し、「人間の感情」が経済的意思決定に大きな影響を与えることを重視する理論である。感情が購買行動や投資選択に及ぼす影響を考慮し、非合理的な判断や行動が市場の動きに与える影響を分析する。代表的な理論の一つとしてプロスペクト理論がある。
◆感情に訴えることでビジネス上で成功した事例としては、以下を挙げられる。
Appleのマーケティング: Appleは、単に製品の性能や機能だけでなく、ユーザーの感情に訴えるマーケティングを展開している。「Think Different」や「Your Verse」などのキャンペーンを通じて、Appleは技術的な革新を超えて、クリエイティビティや個性の表現に重点を置き、顧客に自分が特別であると感じさせた。この感情的なつながりが、Apple製品に対する強いブランドロイヤリティを生み、競争の激しい市場でもシェアを維持している。
Nikeの「Just Do It」キャンペーン: Nikeのキャッチコピー「Just Do It」は、消費者の内なる挑戦心や自己成長への欲求を刺激するものであり、スポーツの枠を超えて多くの人々の心を動かした。特に、選手たちのストーリーや挑戦を描くことで共感を呼び、顧客の忠誠度を高めた。
P&Gの「Thank You, Mom」キャンペーン: Procter & Gamble(P&G)は、オリンピックに合わせて「Thank You, Mom」キャンペーンを展開し、母親たちの献身的なサポートに感謝する内容の広告を作成した。スポーツの舞台裏での母親の支えを描くことで、消費者に感動を与え、母親たちに共感を呼び起こした。
Doveの「Real Beauty」キャンペーン: Doveは、「Real Beauty」キャンペーンを通じて、伝統的な美の基準にとらわれず、自然体の美しさを賞賛するメッセージを打ち出した。このキャンペーンでは、一般の女性を広告モデルとして起用し、あらゆる形やサイズの美を強調することで、多くの女性の自己肯定感を高め、感情的なつながりを築いた。
サントリーの「BOSS」コーヒーの広告: サントリーのBOSS缶コーヒーの広告シリーズでは、タレントのトミー・リー・ジョーンズを宇宙人役に起用し、日本の社会や日常に対するユーモアや温かさを描いた。この「宇宙人ジョーンズ」シリーズは、日本人の勤勉さや日常生活の一コマに対する共感を呼び起こし、視聴者の感情に訴えかけた。
ソフトバンクの「お父さん犬」シリーズ: ソフトバンクは、お父さん犬(カイくん)を中心にしたCMシリーズで、家族の絆や日本独特の家族観をテーマにした感情的なストーリーを展開した。このユーモラスでありながら、温かい感情に訴える広告は広い層に共感を呼び、長年にわたり高い人気を維持している。
大和ハウスの「家族の絆」シリーズ: 大和ハウスの広告キャンペーンでは、家族の成長や絆をテーマにした感動的なストーリーを通じて、家を建てることが単なる物理的な空間の取得ではなく、家族の未来や幸福を築くものであるというメッセージを伝えた。このように家族愛や幸福という感情的な要素を取り入れることで、消費者に「家族のための家」を提供するという企業の価値を効果的に伝え、住宅市場での競争力を高めた。
【Plus】経営者としては、以下のリスクとチャンスに注意する必要がある。
短期のチャンス:感情に訴える広告やマーケティングキャンペーン、感動的なストーリーテリングを活用することで、ブランドロイヤリティを強化し、商品やサービスの売れ行きを一気に拡大するチャンスがある。
短期のリスク:ネガティブな感情を引き起こす事件やそれに伴うネガティブな情報拡散が起きると、短期間で消費者の信頼が崩れ、売上が急減するリスクがある。
長期的チャンス:感動的な体験や強い感情的な共感を与えるブランドは、顧客の忠誠心を高め、競争が激しい市場においても持続的な成長が期待できる。
長期的リスク:感情的なマーケティングに過度に依存しすぎると、一度信頼を失った際の回復が難しくなる可能性がある。
【Plus】オーナーとして、自社の株式価値に与える影響は以下のように考えられる。
M&A買主が大企業の意思決定集団や投資ファンドであったとしても、あくまで人間による意思決定である。「わくわくさせる」「安心させる」といった効果を見込んだ情報開示をすることが成功のために重要である。まず「ぜひ欲しい」「大丈夫だ」と思ってもらえなければ、バリュエーションも何もないのである。