◆従業員退職金とは、労働者が退職する際に雇用主から支給される金銭的給付のこと。法律上の支給義務はないが、就業規則や労働協約などで明文化されている場合には、支給が義務化される。退職年金制度と退職一時金制度の2種類が存在する。
◆退職金制度を設ける目的は以下のとおり。
▽長期勤続の促進:企業への定着率を向上させ、経験豊富な人材を確保するため
▽優秀人材の採用促進:優秀な人材の採用競争力を高め、雇用市場での魅力を向上させる
◆中堅中小企業向けの主な積立方法とその特徴比較
制度名 | 積立方式 | 企業の負担 | 従業員のメリット | 柔軟性 |
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社内積立制度 | 企業内部で積立 | 企業負担 | 倒産リスクあり | 柔軟に変更可能だが、資金繰り悪化時にリスク |
中小企業退職金共済(中退共) | 企業外部で積立 | 企業負担(全額損金算入可) | 倒産リスクなし | 掛金の増減は可能だが、手続きが必要 |
確定給付企業年金(DB) | 企業外部で積立 | 企業負担 | 将来の受取額が確定 | 運用リスクは企業側負担のため企業の柔軟性低い |
確定拠出企業年金(DC) | 企業外部で積立 | 企業負担に加え従業員拠出も可能 | 将来の受取額が運用次第で増加 | 運用リスクは従業員側のため企業の柔軟性あり |
◆退職金制度を変更する方法は以下のとおり。
▽就業規則の改定:労働者代表等との協議を経て、合理的な範囲で変更可能
▽対象範囲の変更:役職者のみ適用、勤続年数による調整など
▽新制度への移行:既存の退職金制度を廃止し、新しい制度(確定拠出年金など)に移行する
◆退職給付会計の概要は以下のとおり。
▽退職給付引当金:企業の財務諸表上、将来支払う退職金のための退職給付引当金( = 退職給付債務 – 年金資産(時価) – 未認識債務)を計上する。確定給付(DB)では差額が発生するため引当金計上が必要であるが、確定拠出(DC)では拠出時に運用リスクを従業員に移転しているため差額は発生せず、引当金の計上も不要となる。
▽退職給付債務(PBO):将来支払う予定の退職金を割引率で現在価値に換算し、会計上の負債として簿外で認識する。
▽退職給付費用:計算期間中の退職給付債務の増加額(勤務費用、利息費用、期待運用収益、過去勤務債務の費用処理額、数理計算上の差異の費用処理額、会計基準変更時差異の費用処理額)を退職給付費用として費用計上する。
・勤務費用:1期間の労働の対価として発生したと認められる退職給付
・利息費用:割引計算により算定された期首時点における退職給付債務について、期末までの時の経過により発生する計算上の利息
・期待運用収益:前期末の年金資産額に期待される収益率を乗じて計算される計算上の運用収益
◆退職所得課税の税務メリットは以下のとおり。
▽所得控除:勤続年数に応じた一定額を退職所得控除として課税所得を削減できる。
▽分離課税の適用:退職所得は分離課税かつ二分の一課税であり高額所得者ほど減税効果が大きい。
▽受取方法による税額の違い:退職金の受け取り方法によって税負担が異なる。
【Plus】M&A売主が退職金制度について気を付けるべき事
▽未積立の退職給付債務:積立不足または簿外の退職給付引当金がある場合、M&Aバリュエーションにおいて重大なディスカウント要素となりうる。売却準備の中で、優良なM&Aアドバイザーと早めに対策を相談すべきである。
▽退職金制度の見直し:過去の慣習で高額な退職金制度が残っている場合は、買主との交渉に入る前に制度変更を検討すべきである。
▽M&A後の制度改悪リスク:多くのケースでは対象企業に退職金制度が存在せず、買主企業に存在し、制度統一のために対象企業にも制度が導入される。しかし、対象企業の退職金制度が改悪される可能性もある。従業員の不満が高まるリスクがあるため、特に売主が経営者を継続する場合は、M&A交渉期間中に議論しておくべきである。
▽DBの不確定リスク:退職金制度がDBの場合、将来の不確定要素が大きいため、バリュエーション上不利になりやすい。可能であればDC等の不確定リスクがない制度に移行することが望ましい。