◆偽装請負とは、働く人が、企業の「指揮命令下」で働いている(実態は労働法で保護される労働者)にもかかわらず、請負契約や業務委託契約を利用してアウトソースを装うことで、労働者雇用上の各種義務を回避する行為である。社会保険や労働保険の使用者負担等の不当回避の咎で、故意・過失を問わず労働法上の違反行為に該当し重い罰則(付加金等が加算や悪質な場合の懲役刑)が適用されるリスクがある。
◆実態としては「外部人材」を労働者派遣に見えないよう業務委託契約や請負契約を利用しながら紹介会社から偽装請負人材の紹介を受けたり、元々は「内部人材」(正社員、契約社員や派遣社員等)であった労働者との契約を請負契約や業務委託契約に切り替えながらも、実態としては企業の「指揮命令下」で使用するケースもある。
◆特に「外部人材」偽装請負は、IT業界(開発要員やSES人材)や建設業界(作業員や管理要員)など、多重下請け構造が発展していて、一次請け業者が予定外に大量人員を調達する必要がある業界で生じやすく、また、問題が大きくなるリスクも高いと言える。
◆経営者が偽装請負を行う目的としては以下を挙げることができる。
コスト削減:偽装請負により、企業は労働者に対する社会保険料、労働保険料や福利厚生費の支払いを回避できるため、人数次第で大きな人件費費削減が可能である。
人材の柔軟な活用:契約形態が労働者派遣ではなく請負や業務委託であるため、労働者の雇用期間や勤務形態に関して柔軟に調整しやすく、特に繁忙期に一時的に人材を増員する際に有用である。
労働法規制の回避:労働者派遣契約や雇用契約等と異なり、労働法の適用がなく、時間外労働の規制や解雇に関する制約を緩和した形での人的資源の調達がしやすい。
◆偽装請負関連リスクは、労働者が企業に対し請求できる期間(時効)が終了すれば消滅する。もしくは労働者との間での協議の結果、請求しないと約してもらえば実質的に消滅する。
未払賃金等(賃金、割増賃金、各種手当、付加金):5年(2020年4月以降分、ただし当面3年)
未納付社会保険料:2年
未納付労働保険料:2年
◆M&A売主への偽装請負に関連するダメージとしては以下を挙げることができる。
事前リスク回避による破談や価格調整:買主は過去の偽装請負に伴うリスクを避けるため、取引検討を中止したり(破談)、リスク分だけ保守的に値下げ(価格調整)する可能性がある。
事後的な補償:最終契約における補償の期間内に偽装請負を原因とした損害が発生すれば、契約内容に従い補償条項が発動する。未払分以外にも付加金等の加算部分も含まれる可能性もある。
【Plus】M&Aでは、弁明の余地なく偽装請負であって買主のリスク回避のため正式な労働契約に切替えたり、関係省庁からの決定が下されたりしてから、時効期間分だけ過去に遡った、企業が負担すべき金額については、売主に責任があるので売主が負担すべき、という形で最終契約で定められることが多い。逆に言えば(不確定な状況が続くので気持ち悪いが)売主としては結論を急がず、M&A契約上の補償期間が終結するまでイベント発生しないなら逃れられるため、戦略的に価格調整ではなく補償を利用することも検討すべきである。ただし、多額の補償リスクの懸念がある場合、最終契約の内容は厳格に検討すべきであって、できるだけ有能なセルサイドLAを味方に入れておくべきである。決してバイサイド弁護士に売主の保護(=買主への攻撃)を期待すべきではない。
【Plus】売主と買主の間でのリスク分担方法としては以下を挙げることができる。できるだけ多くの現実的な選択肢を列挙し、その中から売主に最も満足できるものを選び、買主と丁寧に交渉すべきである。
価格調整の受入れ:売主が、偽装請負のリスクを認め、買主による価格調整の要望に応じる場合、そのディスカウント金額が合理的なものであれば、売主としては、クロージング時点でこのリスクから解放されるため、不確実性を嫌う売主としてはありうる選択肢である。問題は、買主からの要望内容が「将来的な訴訟や罰金リスクを合理的に見越したものを遥かに超えたディスカウント」になる場合である。
補償条項の交渉:補償条項を最終契約に組み込み、定められた条件が発動した場合にのみ、買主と対象企業の損害(訴訟費用や労働者への支払義務)を売主が補償する形で買主のリスクを軽減する(それによってM&A最終契約の締結に到達できる)。発動条件、対象債務、補償期間や補償金額の上限などについて買主との交渉余地がある上、発動しなければ何もないため、売主にとって使い道がある仕組みである。
【Plus】売主は偽装請負に依存することがあるが、M&Aでは買主にとってリスクが高く取引価格や条件に多大な影響を及ぼすケースもあるため、適切な売却準備活動によってリスクを軽減してから本格的なM&A交渉に入るべきである。特に、買主から警戒されやすい業種である場合、必要に応じ、セルサイドDDと欠陥治癒を実施し、外部第三者による調査レポートとして全買主候補にリスクが限定的な状況にあることを説明することも選択肢である。