◆財務会計とは、主に外部利害関係者(株主、銀行や取引先等)に対し、企業の財務状況や経営成績を報告するために行う会計である。つまり「外部報告を透明に行うこと」を目的としている。
◆財務会計の会計ルールとして、企業会計基準(J-GAAP)、国際会計基準(IFRS)、中小企業向け国際会計基準(IFRS for SMEs)、米国会計基準(US-GAAP)等を挙げられる。主に、上場会社や会社法大会社等の社会的影響の大きな監査対象企業に義務づけられる。
【Plus】金融商品取引法、つまり、株式等に投資する投資家を保護することを目的とする法律は「情報開示(ディスクロージャー)」が適時適切であることを前提とした「(投資の)自己責任の原則」つまり「株式投資で損を出しても、投資家の自己責任であって、株式発行会社等の責任ではない」がその根幹となっている。財務会計は、まさにこの「情報開示の骨格」に相当する。独立監査人による監査証明の取得義務が課され、不適正意見等による上場廃止等というペナルティによって、厳格な会計ルールを守る動機付けがなされている。上場会社は株価が上がるように、また自分の身を守るために、非常に面倒な財務会計に対応しているわけである。
【Plus】ところで、M&Aとは「売主による対象企業の外部報告を基礎に、買主が調査・分析・評価し、価格等を検討した上で、交渉の上で合意するプロセス」である。つまり、M&A売主が一番力を入れるべきは「外部報告」である。しかも、M&Aはマジョリティ投資であり上場企業のマイノリティ投資よりも要求される情報の密度が圧倒的に濃い。意外かもしれないが、買主選びや売却価格設定より情報開示の準備の方が大事である。情報開示体制が整っていれば、買主ユニバースもレベルアップし価格交渉もしやすくなるからである。零細ビジネスブローカレッジ案件ならいざ知らず、中堅中小M&A案件での成功を狙う売主は、オーナー会社では税務会計しかしておらず、外部報告体制は貧弱であることを自覚すべきである。価格交渉は億単位となることも多いからである。
【Plus】中堅中小M&Aの対象企業の多くは、融資金融機関や税務申告のための税務会計を実施しているのみで、M&Aを実施するまで財務会計の必要性を感じた事すらないのが通常である。そのため、簡便な会計ルール(中小会計要領等)準拠またはそれ未満が大半である。一方、中堅中小M&Aの買主は、多くが上場企業または上場企業にイグジットする可能性の高い投資ファンドである。買主は、財務会計へのレベルアップのためのPMIコストを意識する。
【Plus】財務会計と税務会計の作業負荷の差は、ケースバイケースである。しかし、会計ルールの分量が異なっていることだけでも、M&A売主は理解すべきである。なぜなら、買主がM&A実行後速やかにこのような作業負荷を吸収し、連結財務諸表を作成、外部公表できるようにしないといけないからである。そのためのコストがよくわからない状態であれば、多額になる保守的前提で臨まねばならない。当然にして、売主が受け取れる金額は相当のダメージを受ける。このグラフの意味するところは「税務会計のルールのページ数」と「財務会計のルールのページ数」の比較であり、実際の作業負荷は、このグラフよりも広がる。税務会計ルールは「簡便処理の許容(小さいし重要性ないから簡単でOK)」が多くを占めるが、財務会計ルールは「複雑分岐する状況別の命令(aの場合はA、bの場合はBのように処理しなさい)」が多くを占める。
【Plus】特に、インバウンドM&Aの場合、海外企業が日本の対象企業に投資する。この場合、日本企業同士のシナジー効果の数倍の効果が見込める場合も多いが、対象企業が国際会計基準と比較して圧倒的に簡便な中小会計要領になんとか対応、かつ、会計基礎データは整備されておらず、会計基準を移行するコストや手間が膨大になるケースがある。この場合、大幅な価格調整や破談もありうる。巨額シナジーとそれを見越した高額売却対価が、会計移行コスト(ごとき)のために消滅してしまうことも実際に存在している(それくらい日本の中堅中小会計はレベルが低くてもOK)。
【Plus】しかし、いかに複雑な会計ルールがあるとしても、所詮は、認識と評価の組合せである。データ処理であってDXとの親和性は高い。現場の負担を最小化する配慮をしながら、会計基礎データを幅広に整備しておきさえすれば、買主企業が決まってからERP等に流し込めるよう加工する仕掛けを1~2か月で作ればよいだけである。
【Plus】やればできる事務作業と言える。ただし、基礎データすら整備されていない場合、買主企業内のCFO以下経理担当者、特に成長やシナジーの恩恵を受けないサラリーマンたちは、猛烈に反対に回るインセンティブを持っている。これは意外な落とし穴になる。「(給料増えない俺たちにしわ寄せが来ないよう)対象企業にバックオフィス人材を複数名雇用しなければ業務が回らない」「わが社の連結会計や上場維持に悪影響が出る」などと主張し始めるリスクがあるのである。この手の業務は、年間通じて負担が平準化せず、一時期だけ多忙になる性質がある。多忙時必要人数で組織サイズを決めれば、1人600万円から1,500万円として、年間数千万円の無駄な固定費が発生する。これに「中堅中小企業の標準的なEBITDA倍率6から10倍前後」を掛け算してみると、「売主が受け取れたはずなのに受け取れなくなった金額」が凡そわかる。僅かな負担でDX対応しておけば、年間通じての平準化が大幅に進展する。最低限の売却準備としてデータ整備をしておくべきなのは、このような背景があるからである。