◆固定成功報酬とは、主にバイサイド財務アドバイザー(バイサイドFA)に適用するM&A取引の成約時に買主が支払う成功報酬であり、取引金額の多寡にかかわらず報酬額が一定のものを言う。
◆通常のレーマン成功報酬は、料率が逓減してくとしても、高くなるほど報酬が増える構造である。買主にとって、買収対価が高くなるほど、成功報酬が高くなってしまうと、バイサイドFAと利益相反関係となってしまう。「取引当事者間の利益相反」は絶対に排除できないが、「それ以外の利益相反」の完全排除は、M&A取引の関係者(セルサイドFA、バイサイドFA、弁護士、会計士、税理士等)の全員が絶対に守るべき最低限の規律である。そのため、バイサイドFAには、問題の多いレーマン成功報酬ではなく、固定成功報酬とするケースが多い。主に業務負荷、業務専門性、成功難易度等を考慮して固定報酬額が定められることが多い。
【Plus】バイサイドFAにインセンティブを付与することも考えられる
買主は、シナジー効果の見込める優良健全企業を、できるだけ確実に、できるだけ低額で買収したいはずである。そのための努力を促す目的で、バイサイドFAにインセンティブを付与することが考えられる。つまり、買主が希望する金額を下回って買収できた場合には、下回った金額の一部(例えば5%~20%等)をインセンティブボーナスとして追加払いする報酬体系である。
【Plus】売主は、インセンティブの存在可能性に配慮すべき
できるだけ確実に、できるだけ低額で買収したい買主やそれに貢献したいバイサイドFAは、具体的にどのような手段を用いるか、売主は事前に想定しておくべきである。最も邪魔になるのがM&A競争環境である。他の有力買主候補と同列で競争していては確実買収も低額買収も夢のまた夢である。まずM&A競争環境を破壊しようとするだろう。すなわち、早い段階で長期間の独占交渉権を獲得し、長期間のデュー・ディリジェンス(DD)を実施して、他の有力買主候補が脱落し、売主が疲弊してから、価格ディスカウント交渉をするという、まさしく仁義なき戦いである。売主の対抗策も考えておく必要がある。有力な買主候補の買収意欲をできるだけ高めておく、買主候補の買収目的やシナジー効果を想定しておく、独占交渉権を付与するとしても短期間にしておく、価格ディスカウントは合理的な理由がない限り許容しない、などが考えられる。つまり以下のような対策が不可欠である。
▽高品質な情報開示(初期的情報開示の不足・誤りをDDで指摘されたら、交渉上非常に不利になる)
▽意向表明書の記載ルール設計(LOIに記載すべき内容、記載しても受け付けられない内容など)
▽有利な交渉方法の選択(競争入札、参加数限定競争入札、期間限定相対交渉、相対交渉から総合的に売主に有利なもの)
▽基本合意契約の締結(MOUで合理的理由なく破談、価格ディスカウントした場合のペナルティ)
▽スムーズなDD対応(情報管理体制を整備し、資料リクエスト、Q&A、インタビューに迅速的確対応)
ただし、信頼関係が重要なM&A取引において、売主は有力な買主候補を「敵認定」するような行動はできるだけ慎むべきである。優良なM&Aアドバイザーとよく相談して、信頼関係を維持しながら、可能な限りの防御をすべきである。ここでもバランス感覚が求められる。トレードオフまみれのM&A売却交渉では、バランス感覚やタイミングの妙が命と言える。
【Plus】インセンティブ付きバイサイドFAを「親切な無料仲介業者」と勘違いすると痛い目に遭う
上記のバイサイドFAの固定報酬問題は、数百億円以上の大型M&Aや50億円以上の中堅M&A案件での話である。問題が深刻になり、かつ、遭遇可能性が高いのは、20~30億円以下の中小M&A案件において、悪質・無能BB業者と無料のM&A仲介契約を締結してしまうケースである。無料M&A仲介業者は、完全に「買主の味方」であるため、表向きがどうあれ、腹の底では売主の利益は一切考えない。真の顧客である特定の買主としか交渉させなかったり、売主の根気を折るためDD支援も一切せず疲労させたうえで、売却価格を当初想定額の半額にしてくるかもしれない。表面的にバイサイドFAを名乗っていても、セルサイドの味方のセルサイドFAではないし、公平中立なM&A仲介業者でもない。買主からインセンティブを付与されていたら、それこそ売主から奪う目的の「完全なる売主の敵」である。