◆人事デューデリジェンス(人事DD)とは、M&A取引において対象企業の人事・労務に関するリスクと価値を評価するDDプロセスである。買主は、従業員の雇用契約、賃金体系、退職給付、安全衛生、社内規定、コンプライアンス遵守状況などを確認し、統合後のリスクを最小化し、適正な企業価値を見極める。
◆ 買主が人事DDを実施する判断基準
判断基準 | 実施の必要性 |
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対象企業の規模 | 従業員数が一定以上(例えば数百名以上)であれば人事DDの必要性が高まる |
重要な労務リスクの存在 | IM開示での不透明な記述・公表情報等において未払賃金訴訟・労働争議、労基署の是正勧告が確認される場合は必要性が高まる |
業界特性 | 労働集約型産業は人事・労務リスクが高く、人事DDの必要性が高い |
属人性の高い事業 | キーパーソン従業員のリテンションリスクが重要な場合、人事DDの必要性が高い |
経営者の引退・交代 | オーナー経営者がM&A成約後速やかに退任するが後継者候補が社内にいない場合、後継者の人選やリテンション策を検討するため、人事DDの必要性が高まる |
◆ どのような専門家が人事DDプロバイダーを担当するのか?
専門家の種類 | 主な担当分野 |
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人事労務コンサルタント | 組織体制、採用・休職・退職・解雇、教育・研修、人事評価制度、労働契約、就業規則、労働時間管理、未払賃金、後継者計画 |
社会保険労務士 | 社会保険・労働保険の適正性 |
弁護士(労働法専門) | 未払賃金、労働関連訴訟リスク、解雇制限、労使協定の確認 |
会計士・税理士 | 退職給付引当金の適正性、未払賃金等の税務リスク |
◆ 重要項目の調査ポイント、価格評価への影響度
調査項目 | 主な調査ポイント | 企業価値への影響 |
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企業文化 | 経営理念、社風、経営目標の透明度 | PMIでの企業文化統合のリスクが高い場合、ディスカウント要素にされやすい |
組織体制 | 組織構造、役職と権限・責任、部門間の連携 | 属人性の高い重要業務がある場合、ディスカウント要素にされやすい |
経営者の人物・報酬・リテンション・オンボーディング | 経営陣の経歴・人柄・カリスマ性、役員報酬、退任後の関与、後継者計画 | 買収後の経営安定性が不透明な場合、ディスカウント要素にされやすい |
従業員の採用・教育 | 採用基準、採用プロセス、教育・研修体制 | 優秀人材の採用・教育の仕組みが良好であれば加点されうる。 |
従業員賃金・福利厚生 | 賃金(給与・賞与等)体系、福利厚生制度の確認 | 離職リスクを改善しにくい場合はディスカウント要素にされやすい |
雇用契約・就業規則・労働協約 | 雇用形態ごとの契約内容、就業規則や労働協約の内容 | 法令遵守や労使トラブルで問題が見つかればディスカウント要素にされやすい |
労使トラブル | 過去の訴訟や労働争議の内容 | 労使トラブルを抑制できないと評価されればディスカウント要素にされやすい |
労基署 | 過去の労基署からの指導内容 | 労基署からの指導に対する対策が不十分であればディスカウント要素にされやすい |
人事部機能・人事制度 | 人事評価、配置転換、昇格・昇給モデルの内容 | 低生産性人材が多ければディスカウント要素にされやすい |
退職給付 | 退職金制度、積立状況、退職給付会計の適正性 | 簿外債務が大きい場合、ディスカウント要素にされやすい |
【Plus】M&A会社売却における人事DDの重要性と注意点
中堅中小M&A取引に関するバイサイドDDにおいて、人事DDが独立して実施されることが多くない。しかし、従業員が企業価値を決定づけるような対象企業の場合、人事DDを実施する必要性は高くなる。このような場合、買主は人事DDというカテゴリーでは実施しなくとも、基本DD4点セット(事業DD・財務DD・税務DD・法務DD)の中で重要ポイントを調査することが多い。
【Plus】 売却準備しておくべきポイント
▽ 人事DDで問題が出ないよう事前対策:
・賃金や社会保険等の支払状況を確認し、過誤等があれば対策を実施
・労働時間の管理体制を検証し、過誤等が起きにくい仕組みになっているか確認
・労働契約、就業規則や労使協定等の書面の管理状況を確認
・退職給付制度が適正に管理されているか、財務会計上も適正か確認
・労使トラブルの発生状況を確認し、適切な再発防止策を講じておく
▽ 高評価を得るための準備:
・経営陣が引退予定の場合、経営の安定性を示すため、後継者育成状況を説明できるようにしておく
・労働生産性向上に貢献する報酬制度を構築し、見える化しておく
・重要な人事労務情報(定着率や生産性等)を定量的に示せるデータを整備しておく
・従業員のスキル現況、スキルアップ余地やスキルアップ手法を整理し、成長余地をアピール
▽ 売却前にリスクを減らしておく:
・未払賃金について、時効などを踏まえ、適切な対策を講じておく
・過去の労務問題を整理し、発生した問題がある場合は適切な解決策を講じる
・労働基準監督署や税務署からの指摘事項がないかチェックし、問題がある場合は是正
・退職金に関する問題がある場合は、適切な対策をしておく