◆ インフォメーション・メモランダム(IM)とは、M&Aプロセスにおいて守秘義務に応じた買主候補に提供する対象企業に関する詳細な情報開示資料である。インフォメーション・パッケージ(IP)と呼ぶこともある。主に対象企業の事業内容、経営戦略、財務状況、リスク情報等を記載し、買主候補が初期的な意思決定(意向表明(LOI)や基本合意(MOU))を行うための重要な情報源となる。
インフォメーション・メモランダム(IM)に記載する内容(案件毎・買主毎に調整):
▽M&Aプロジェクトに参加するルール
▽売主のM&A目的やニーズ
▽売主に関する免責事項
▽対象企業が属する業界の市場の状況
▽対象企業が属する業界での競争状況
▽対象企業の企業風土や経営理念
▽対象企業の事業内容
▽対象企業の経営戦略
▽対象企業の競争力の源泉
▽対象企業の経営資源(ヒト・モノ・カネ・IT)
▽対象企業の財務リスク情報
▽対象企業の税務リスク情報
▽対象企業の法務リスク情報
▽対象企業の人事労務リスク情報
▽対象企業のITリスク情報
▽対象企業のESGリスク情報
▽対象企業の中長期事業計画
▽対象企業のバリュエーション情報(スタンドアローンベース)
◆ インフォメーション・メモランダム(IM)を買主候補に提出するタイミングは、
IMを開示するタイミング:
▽機密保持契約(NDA)締結(差入)の後
▽意向表明書(LOI)提示前・デュー・ディリジェンス(DD)開始前
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である。匿名(ブラインド)を解除して、対象企業の詳細情報を伝達するタイミングである。
中堅中小サイズの対象企業の場合、極めて交渉パワーの強い対象企業(グローバル・ニッチトップ企業等)でない限り、後から売却金額を吊り上げるのは容易ではない(むしろDDで課題や欠陥を指摘されれば引下げ提案が襲ってくる)。安易に競争入札案件にすると、本命の買主候補が逃げてしまうリスクもある。そのため、しっかり事前に準備し、情報を精製・伝達し、後でDDで覆されない固い買収意向表明(仮条件)を獲得する方が、売主メリットが大きくなるケースが多い。
【Plus】インフォメーション・メモランダム(IM)の重要性
意向表明書(LOI)のM&A取引全体での重要性(条件がほぼ決まり、これを基本ラインにDDで条件引下げ理由を専門家等が探す)を鑑みれば、IMが一番重要と言っても過言ではない。IMの品質が低いということは、M&Aアドバイザーが買主候補の選定で失敗している可能性が高いし、買主候補への提案もピントが外れている可能性が高い。IMに記載する情報の精製過程こそが、M&Aアドバイザーがアイデアを練る工程そのものだからである。
高品質なインフォメーション・メモランダム(IM)の効果:
▽情報精製過程で買主候補リストが洗練される。
▽M&A競争環境(複数の買主候補)の質が高まる。
▽情報精製過程で提案骨子が練り上げられる。
▽情報精製過程で守るべき機密情報と積極開示すべき情報に整理される。
▽売主の希望条件とその根拠が買主候補にしっかり伝わる。
▽優れた買主候補(資金力や経営能力)が本気で取り組む。
▽買主候補がシナジー効果を具体的に検討できるようになる。
▽買主候補が飲める売却条件(価格、処遇、時期、その他)がほぼ決まる。
▽DDがスムーズに行われ想定外の条件引下げを避けられる。
▽ポジティブな後発事象等を用いて条件引上げ交渉が成功しやすくなる。
▽合理的なバリュエーション手法(DCF法やEBITDA倍率法)で買主が最終評価する。
▽M&A契約がスムーズにまとまり、交渉長期化を避けやすくなる。
▽買収ファイナンス(銀行等から買主が資金調達)が成功しやすくなる。
▽買主候補の最終意思決定がスムーズにまとまりやすくなる。
▽高額売却等の売主のニーズが実現する。
【Plus】インフォメーション・メモランダム(IM)の理想的な品質水準
インフォメーション・メモランダム(IM)に記載する情報の理想的な品質レベルは、以下のオフェンスとディフェンスの面で、買主の心証(期待と安心)をはっきり動かすレベルである。

理想的なIMが持つべき機能:
▽オフェンス1:LOIの内容を買主が検討する基本情報として、対象企業のアピールポイントが魅力的に表現されている。
▽オフェンス2:買主候補がシナジー効果を含めた独自の事業計画を策定する際、十分に高い精度で将来キャッシュフローの予測できる(詳細事業情報が対象会社内で管理されている)ことがわかる。
▽オフェンス3:IM開示後の後発事象として、業績の上振れやポジティブニュースが生じたら、即座に追加情報として開示できる。
▽ディフェンス:DD開示資料(原本レベル)をIMの裏付けとして開示しても、LOI条件を下方修正する必要がない。つまり、各種リスク情報についても過不足なく、買主が過度に保守的な評価をしないよう絶妙に表現されている。
【Plus】投資家から資金を出してもらうための情報開示に関する大原則
上場企業等が投資家から資金調達する際の大原則は以下である。未上場M&Aにこのまま適用されるわけではないが、事実上、この大原則の精神に近づけるため、 M&A契約やDD等が調整弁の働きをしている。
投資家から資金を出してもらう際の大原則:
▽投資リスクと情報開示の必要性:資金提供者(投資家)は投資リスクを負うため、対象企業に関する正確で十分な情報開示を求める。特に重要な財務情報について財務諸表監査を受ける必要がある。開示不足や誤情報が、投資家による損害賠償請求の原因となるリスクを資金需要者(株式発行企業の役員)は認識する必要がある。
▽自己責任の原則:資金提供者(投資家)は、提供された情報を元に意思決定を行い、投資リターンを得ることもあれば、投資ロスを被ることもある。投資ロスが生じた場合、「自己責任の原則」が適用される。すなわち、情報開示が適正なら投資ロスについて資金需要者に責任を問う事はできない。しかし、情報開示が不適正なら投資ロスについて資金需要者に責任を問う事ができる。粉飾決算をしていた上場会社や取締役が、損失を負った株主から損害賠償請求を起こされる事があるが、まさしく「自己責任の原則」が適用されているわけである。
▽開示不足・誤情報開示による損害賠償リスク:重大な情報漏れや誤解を招く情報が提供された場合、売主は法的責任を負う可能性がある。
【Plus】中堅中小M&A用の開示資料とIPO用の開示資料の相違点
項目 | M&A用開示資料 | IPO用開示資料 |
---|---|---|
投資家の立場 | マジョリティ取得者 | マイノリティ取得者 |
シナジー | 買収後のシナジーを考慮 | 単独収益力を重視 |
規制 | 法規制なし | 厳格な法規制あり |
規模 | 中堅中小企業が中心 | 大企業が中心 |
監査 | 必須ではない(ケースバイケース) | 監査済み財務諸表が必須 |
株主義務 | 開示義務なし(自主的に開示) | 株主には開示義務が課される |
IPO時に用意される主な開示資料:
▽目論見書(金商法):事業内容、財務情報、資金使途、株式情報、株主情報など
▽有価証券届出書(金商法):目論見書とほぼ同じ
▽監査報告書(金商法):財務諸表が適正であることを証明する監査人が作成する資料
▽ロードショーマテリアル(任意):機関投資家等の大口投資家へのプレゼン資料(目論見書のサマリ)
つまり、M&A売主のニーズを実現するために必要な高品質なIMとは、IPOにおける目論見書に、より深い事業情報、各種リスク情報を加え、上場市場や新株発行ならではの関連情報を除いたもの、と理解してもらってよい。マジョリティ投資家はマイノリティ投資家と比較できないほどの重大なリスクを負うし、シナジー効果のインパクトや実現可能性を評価できなければM&A実行可否すら決断しにくいからである。また、IMの方が楽なのは、IPOと違って財務諸表監査が不要であることである。そのため、M&Aでは財務情報の信頼性を確保するために財務DDが実施される。しかし、M&AのDDは財務DDだけではなく、税務DD、法務DD、人事DD等も加わり、各種専門家とのQ&Aに対応し、資料リクエストに応じる必要があるため、財務諸表監査(と内部統制監査)で済むIPOの方が楽な面もある。
【Plus】優良M&Aアドバイザーを起用する重要性
「文章を書かせるのが理解できているか判別するのに一番」と言われる。抽象的な概念や複雑な事象を第三者に伝達するには言語化をしなければならない。第三者を説得すべき人が理解不足だと、そもそも第三者が理解できるような文章は書けない。つまり提案して説得することはできない。
優良M&Aアドバイザー(≒セルサイドFA)は、正確な対象企業への理解を基礎として、ピントのあった買主候補に、ピントのあった提案をして、クライアントの利益を最大化することを目的としている。IM開示内容の多くについて自ら経験していたり、関連資格を保有(少なくとも、それに匹敵するレベルで実務上の経験を蓄積)しているため、IMの品質は非常に高くなる。創業オーナー経営者の気持ちを理解することもでき、大半が常時片手報酬のFAとして活動しているため、売主の利益最大化のために尽力する。職業倫理や専門能力の面で問題もない。結果として、売主は上記の「高品質なIMの効果」を享受できる。