◆初期的情報開示とは、M&Aプロセスにおける初期的交渉段階(デュー・ディリジェンス(DD)開始前)において売主から買主候補に開示される情報のことを指す。主に、ノンネームシート、ティーザーやインフォメーション・メモランダム(IM)によって、買主候補の強い関心を引き出すことを最大の目的とする。
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◆初期的開示情報の品質こそが、売主の利益のサイズを決定づける。もし初期的開示情報の品質が高ければ、買主候補に対象企業の経営権取得の意欲を高め、条件交渉の大枠を決める意向表明書(LOI)に好条件を記載してもらえる可能性が高まる。それだけではなく、初期的開示情報の品質が高ければ、DDによって価格ディスカウントされるリスクを軽減できる。逆に言えば、「陳腐なIM(世の中のIMの上位5%に入らないIM)」で済ましてしまうと、LOIでは安い条件(年買法レベルなど)が記載され、DD後にさらに価格ディスカウント(年買法の下限を下回るなど)されてしまうリスクがある。
◆「機密情報の保護」という観点も一方で非常に重要である。成約を急ぎすぎるあまり、買主候補、特に競合企業である買主候補に重要な機密情報を漏洩させてしまっては元も子もなくなる。M&A会社売却が失敗するだけでなく、結局、売らなかった(売れなかった)対象企業の今後の競争が不利になるリスクもある。買主候補に機密保持契約(NDA)を締結させていたとしても、損害賠償の負担やリスクを考慮すれば、特に重要性の高い機密情報については、安易に開示してはならないのである。つまり、買主候補の関心の引き出しと機密情報の保護は相反する面があるため、情報開示の範囲や見せ方を臨機応変に工夫することが重要である。
【Plus】優良なM&Aアドバイザーは初期的情報開示の段階からフルスロットル
優良なM&Aアドバイザー(通常、売主からのみ報酬を受領する常時片手報酬の財務アドバイザー(FA))は、売主の希望、対象企業が置かれる環境や対象企業の現況・可能性について、徹底的に調査して理解する。仕訳1本単位で内容を確かめ、実際に商品を使ってみたり、現地に赴き顧客の顔色などを確認する。対象企業、業界、競合企業や周辺企業は当然のことながら、マクロ環境、金融環境なども関連性の高い分野についてアップデートするし、関連法令や各種関連制度についても理解を深める。先行している海外先進国での成功事例や進出可能性のある国での業界情報を集めることもある。初期的情報開示資料の作成プロセスにおいて、これら理解を言語化する中で、頭の中で様々な「売主利益最大化のためのアイデア」を創案できるためである。買主候補選定、M&Aスキーム、売却交渉方法、M&Aプロセス、事業計画、財務モデル、セルサイドバリュエーション、事前の欠陥治癒を含む売却準備、DD資料のチェックやシナジーストーリーなど、初期的情報開示を作成しながら考え抜くと「組合せの妙」を見つけやすく、初期的情報開示の品質もさらに向上でき、全体的なM&A売却戦略を練り上げられるためである。また、優良なM&Aアドバイザーは「LOIまでが剣が峰」という意識で初期的な提案・交渉に臨む。「後からもぐら叩き」では遅きに失する。DDに進んでから条件を改善する労力に比べれば、LOIまでに固い好条件を確保しておく方が圧倒的に売主にとって有益であると理解しているためである。
【Plus】悪質・無能なビジネスブローカーは初期的情報開示が信じられないほどに陳腐
日本は先進国の中では特殊で、M&A業者に占める割合が多いのは、両手報酬または売主無料、つまり、「買主を真の顧客とするM&A仲介業者」である。つまり「零細売り手企業と中小買い手企業の効率マッチング」を主な生業とするビジネスブローカーである。彼らは、効率重視(サービス品質はコモディティ化を徹底しつつ認知獲得競争に全力で勤しむ)なので、DD開始前に開示する情報は非常に陳腐なのが特徴である。IMという名前の資料でも、中身は「優良なM&Aアドバイザーが作成するブラインド・ティーザー以下」のケースすら多い。そうなると「口頭での提案内容」も当然のことながら陳腐となり、関心の引き出しで失敗するため、LOI条件は期待できるはずもない。その上、DDでネガティブ情報が発見されれば、後からさらに条件が悪化する。そもそも、M&A業者の会社HPには弁護士や公認会計士が専門用語を解説しているが、その業務実態は全く異なり、学生やパートを使って資料作り(価格算定含む)やテレアポやHPのSEO対策をしている悪質ビジネスブローカーも増えているようである。本来、MBA+公認会計士のダブルホルダーでも実務経験面(特にビジネス領域)で不安なのに、簿記3級の基本知識すら危うい素人に作成させるようでは、高品質なIMを作成することは不可能である。酷いのになると、対象企業の会社HPから文章をコピペして3期分の決算情報を載せて終わり、オフェンスもディフェンスもしていない無意味IMもあるようである。表面的な営業トーク(売主無料、早期成約、成約件数、買主アクセス数など)に惑わされると取り返しがつかない(契約解除するとペナルティや負担が大きい)ため、様々なタイプのM&A業者(契約担当者ではなく、案件担当者)に実際に会って、質問責めにして、完全に納得できた人と契約することを強く推奨する。