◆リース契約とは、企業が必要な設備、機械、自動車、オフィス家具やコピー機等をリース会社等から借り受けて使用する契約である。契約期間中、リース料を支払うことで対象物件を使用でき、契約満了時に返却、再リース、または買い取りの選択肢が与えられることが多い。
◆企業は本来、固定資産等の経営資源を調達するには、手元資金または借入調達等してから「購入」し、使用期間が終われば「売却」「廃棄」することが要求される。購入・売却の事務手間や購入時の多額の支出負担を下げたい企業側のニーズに応える形で、銀行の子会社等のノンバンク(リース会社)が企業の代わりに購入し、企業は、その「使用権を定期的に支払う」形に変換したものと言える。事実上、資産を購入するための資金を銀行から借りているノンバンクから少し高めの金利で借りているのと近い。
◆上場企業に適用が義務づけられるJ-GAAPでは、リースには2つの種類(ファイナンス・リースとオペレーティング・リース)があり、多くのリース取引(オペレーティング・リース)はリース料(使用権の代金)を毎月費用計上するだけでよかったが、新リース会計基準の適用開始時期(2027/4以降に開始する事業年度)から、原則としてすべてのリース取引を売買処理(資産計上・リース債務を計上、借入して購入を擬制)をすることを要求される。契約書の題名に関わらず、対象契約を洗い出し、煩雑な計算をしなければならない。M&Aを予定する売主は、これを意識しておくべきである。
ファイナンス・リース:所有権移転(実質的に購入したのと同じ)を前提としたリース。ノンキャンセラブル(中途解約不可)とフルペイアウト(全額払い)の2要件を満たせばファイナンス・リースとして扱われる。契約期間終了後、リース資産の所有権がリース会社から企業に移転することを想定している。会計上、リース資産(想定購入価格)が資産の部に、リース債務(想定借入)が負債の部に、リース資産の減価償却費が販管費に、支払利息(想定借入と想定金利で計算)が営業外費用に計上される。
オペレーティング・リース:ファイナンスリース以外のリース取引であり、短期間で資産をリース会社に返却することを予定しているリース。リース料が販管費に計上される。
【Plus】中小企業会計との関係
一方、中小企業向けの会計(中小会計指針や中小会計要領)では、リース取引の扱いが異なる。少数の中小企業が適用する中小会計指針(財務会計と税務会計の折衷)では、ファイナンス・リースへの売買処理(資産・負債計上)を原則とするが、多数の中小企業が適用する中小会計要領(税務会計)では、簡便性を重視し、すべてのリース取引への費用処理を原則としていた。上記の新リース会計基準が適用開始した後もこの原則が継続するため、上場企業と中小企業の間で、リース取引の経理負担や財務諸表への表示内容がさらに乖離することになる。中小企業のオーナー社長としては、これを手放しに喜んではいけない。M&A買主から見れば「新リース会計基準に適用するために、あの時すごい大変だった。この対象企業を買収すると、また大変な作業をしなければならない」と考えてしまう(「このコストは売主に負担してもらいたい=混乱・負担・不安の分に保険も付けて安く買いたい」と思う)はずである。会社を高く売りたい売主が、対岸の火事と受け流すのは得策でない。できるだけ買主の負担を軽減できるよう必要最低限の売却準備をしておく方が断然オトクである。
【Plus】リース会計とM&Aバリュエーションの関係
本来のM&Aバリュエーションは、将来キャッシュフローに基づくため、リースの会計処理がどうであろうとキャッシュの動きは変わらないから、バリュエーションの結果も変わらない。しかし、この本質を理解し、それを実務上反映し、さらに買主にわかりやすく説明できる人は限られるし、厳密な計算をするための負担も考慮する必要がある。
例えば、リース費用(年間)が3,000万円、倍率が7倍、追加すべき年間事務コストが500万円であれば、最大3億円(場合によってはそれ以上)も株式価値が変わってくる。できるだけ優良なM&Aアドバイザーに「売主に有利なバリュエーション」を算定してもらい、初期的開示資料で「かなり早い段階から買主に提示」しておくことが重要である。意向表明書の受領の段階で大枠が決まってしまうからである。「世界で1つだけの会社」「これから確実に安定して伸びる」「シナジー発揮の障害も見当たない」という、買主にとっての「稀有かつ垂涎で保証付きの買収案件」でない限り、プラス材料もマイナス材料も後出しをすると、交渉力が弱い方(通常は高く売りたい売主)が損をしやすい。プラス材料を見つけられないまま、マイナス材料だけ買主から押し付けられる事態は絶対に避けるべきである。
【Plus】主要なバリュエーション手法とリース会計の関係
EBITDA倍率法の場合
ファイナンス・リースの費用(=減価償却費と支払利息)のうち、減価償却費は販管費に、支払利息は営業外費用に計上されているのが通常であり、EBITDAは減価償却費を足し戻すため、減価償却費分だけファイナンス・リースの方がオペレーティング・リースよりEBITDAを大きく見せる。また(営業利益を基礎にすれば)支払利息もEBITDAを減らさない。つまり、EBITDAをリース料分減らすオペレーティングリースよりもファイナンスリースの方が売主にとって有利になりやすい、と言える。EBITDA倍率法ではCAPEXを考慮しないため、高めの倍率が許容されれば、かなりの高額売却につながるチャンスがある。
オペレーティング・リースの費用(=利用代金と金利の合計)は、通常、一般管理費に計上されているので、EBITDAをリース料の分だけ減らしている。つまり、何も考えないと売主は大きな損をしやすい。しかも、優れた買主やバイサイド公認会計士から指摘される「上場類似会社のEBITDA倍率を未上場でリスクの高い中堅中小企業に適用するには、かなり小さめにしないといけない(売買処理を前提とした低めの倍率をさらに小さくできれば、バーゲン価格で優良企業を買収できるという思惑が当然ある)」に対し、売主は、合理的・定量的に反論し、公平な評価を勝ち取らねばならない。
上場類似会社のEBITDAを調整して調整倍率を得る方法も考えられるが、上場類似会社と同等のリース会計を適用するとこうなる、というEBITDAへの調整をする方が現実的である。この調整をいかに売主に有利にできるかは、M&Aアドバイザーの腕の見せ所の1つである。
DCF法の場合
DCF法では、フリーキャッシュフローを用いて事業価値を評価する。キャッシュの動きは会計処理とは関係がない。つまり、実際に支払った支出(リース料)が反映されるよう必要に応じ調整することが必要である。NOPLATに何が含まれ、CAPEXに何が含まれ、どう調整すべきかを判断しなければならない。通常、DCF法は、要素を細かく分解しそれぞれを合理的に算出するし、将来の成長可能性などを組み入れるため、EBITDA倍率法よりも高めの評価額を算出しやすい。そのため売主に有利に調整したEBITDA倍率法評価額の信憑性を担保する意味も含めてDCF法を併記しておくことが望ましい。パーツに分解してその根拠を表示しておけば、後から買主が無茶な価格引き下げを要求してきても、即座に言い返しやすいはずである。
正しくフリーキャッシュフローを算出できる人が評価すれば、簡便法(EBITDA倍率法など)で生じる問題は起きないはずである。しかし、そもそもキャッシュフロー計算書を自分で作った経験のない人も多いので、マニュアル通りの表面的な金額調整で間違った(売主に不利な)フリーキャッシュフローを計算してしまうと、売主が買主に提示する希望価格の段階で「明らかな過小評価」を提示してしまう(失敗確定)。リース利用の多い会社のオーナーは特別な注意を払った方がよい。
純資産法(年買法)の場合
まず、M&A案件なのに年買法を適用するのは、売主にとって自殺行為なので、絶対に回避すべきである。ビジネスブローカレッジ案件の場合だけ検討してもよい超簡便法が年買法である。
純資産は会計上の数字であり、営業利益も会計上の数字なので、採用しているリース会計の影響をダイレクトに受けることになる。ファイナンス・リース(減価償却費と支払利息)でもオペレーティング・リース(リース料)でも大きな差は生まれない。リース期間の初期の方が減価償却費や支払利息が大きくなるファイナンス・リースと、定額費用のオペレーティング・リースという構図となるため、どちらかと言えば、オペレーティング・リースの方が純資産を減らすペースが遅いと言えるだろう。
【Plus】企業価値を向上するためのリース契約の有効活用法
新リース会計基準によってリース取引のメリットのうち「オフバランス化(BSを小さく見せ、資産効率を大きく見せやすい)」がなくなってしまうが、他のメリット(資金調達、事務手間、バージョンアップ)は残る。合理的にリース取引を利用すべきである。ただし、簡単に元に戻せない性質があるため、企業価値評価に与えるインパクトを把握し、他の選択肢と比較して意思決定する必要性は増している。
資金効率の改善:設備投資を直接購入する代わりにリースを活用することで、大規模な初期投資を抑え、手元資金を温存できる。これにより、他の成長分野への資金投入が可能となる。銀行借入を増やしたくない(増やせない)企業でも、リースによって高額の経営資源を利用でき、すぐに利用できる。成長機会があって、そのために新たな高額な経営資源が必要なら、リースは「時間を買える」という意味で1つの選択肢であり続ける。
オフバランス化:新リース会計基準でも、あらゆるリース取引を売買処理しなければならないわけではない。費用処理が許容されるなら、やはり、バランスシートの圧縮効果が得られる。表面的ではあるが財務指標は改善するため、財務健全性や収益性をアピールする際に有益である。
設備の最新化:定期的なアップデートが必要な経営資源(IT機器、ITを多用した設備など)では、アップデート情報を会社の担当者がウォッチし続ける必要があるが、リース契約により最新アップデート状態を維持することが容易となる。また、リース料に想定修繕費を織り込んでいることもあり、必要な修繕を資金負担なく実施できる場合もある。
【Plus】M&Aでマイナス評価を避けるための準備
リース契約の一覧化と整理:すべてのリース契約を一覧表にまとめ、契約内容として、対象資産、設置場所、用途、契約期間、リース料の内訳、中途解約・返却・再リースの条件等を明確にしておくべきである。この際、契約書が「リース契約」という題名になっていなくとも、リース取引の定義に該当する可能性があるなら含めておくべきである。買主から見れば、オペレーティング・リースや不動産賃貸借等も売買処理の対象となる場合があるため、十二分に網羅的な一覧があれば、買主の不安を解消しやすい。逆に言えば、これさえあれば、優良なM&Aアドバイザーが短時間で新リース会計基準を適用した場合の会計インパクトを試算でき、試算値ベースの修正財務諸表を用意することもできる。バリュエーションの説得力も増すし、買主による財務デュー・ディリジェンスや法務デュー・ディリジェンスで、過剰に保守的な評価をされずに済む。買主の連結会計インパクトの把握にも有益である。
リース契約の切替え又は巻き直し:もし、契約の内容がM&A的にマイナス評価されやすい状態(重要条件の扱いが不明瞭だったり、不当に高額なリース料や中途解約違約金の場合など)であることが確認されたら、状況に応じ適切な欠陥の治癒をしておくことで、マイナス評価を避けられる。すなわち、別のリース会社に条件を改善できないか打診したり、同じリース会社との契約内容を改善しておく対策が考えられる。高く売りたいなら「買主が自分でやればよいだろう」は「稀有かつ垂涎で保証付きの買収案件」だけに許される特権である。自分でやるのが面倒なら、優良なM&Aアドバイザーに頼んで「後は連絡するだけの状態まで整理整頓」してもらえばよい。
リース資産の更新・修繕履歴:リース資産が良好な状態であることを証明するため、アップデートやメンテナンスに関する記録を残しておくと買主から見て安心感が増す。重要な実物資産については、タイミング毎に写真撮影しておき、資産の機能が適切に維持されていることを証明できる状態にしておくとさらに望ましい。