◆法令遵守とは、企業がその業務活動において、法令(法律・省令・規則)や条例、これらを守るための社内規定などを適切に守り、違法行為等を防ぐための仕組みを整備することを指す。類似概念にコンプライアンス(Compliance)があるが、これには法令等に限定せず、社会的な倫理や規範についても遵守すべき対象に含める広範な概念である。
◆法令遵守体制を強化するには、業務に関係する法令等を正確に把握し、社内規程・業務マニュアルを整備し、従業員等への周知・研修、内部統制体制の構築・強化(違法行為等の報告促進のための内部通報制度や公益通報者保護を含む)などの対策が挙げられる。もっとも重要なのは経営トップの姿勢である。
◆法令遵守を徹底することにより、会社や経営者等は罰則(刑事罰・民事罰・行政処分)や訴訟リスクを回避でき、ブランドエクイティの毀損等のリスクを低減できる。一方、社歴が長い大組織に見られるのが「迅速な意思決定やチャレンジ精神を損なわせるほどに過剰な法令遵守・内部統制」が自己増殖してしまう事態である。この手の「反対しにくい非生産性業務」は、経営者によるバランス感覚ある舵取りが求められる。ダメージコントロール(最大損害額と発生可能性の掛け算)の観点から、メリハリのある体制が望ましい。致命的損害となりうる要素や、想定ダメージ(掛け算結果)が大きい要素について、合理的な対策をしておくということである。
◆代表的な法令遵守に関する事例としては以下を挙げられる。
・トヨタ自動車: 人命や環境に関わる商品を扱い多数の従業員を抱えながら事業を運営しているため、国内外で様々な規制が存在する。法令等を厳守すべく、徹底したコンプライアンス教育と内部監査体制を整備している。多くのグループ企業や協力企業が存在しており、サプライチェーン全体で安全・環境・労働等に関する法令遵守を推進している。
・アクセンチュア: コンサルティング業界では、機密情報を扱うため、厳格な情報管理が不可欠である。IT関連もまた機密情報を扱う。そのため、アクセンチュアでは、厳格な法務リスク管理体制を導入している。
・オリンパスの粉飾決算事件: オリンパスは長年にわたって粉飾決算による違法配当を繰り返した。法令遵守意識の欠如が大きな問題となった。内部統制の不備や経営陣による不正行為が企業の信頼を大きく損ね、株価の急落を招き、経営陣は巨額の損害賠償(総額約600億円)を請求された。
【Plus】M&Aを視野に入れる売主は、売却準備期間中に法令遵守体制を改めて自己評価し、必要な改善を図ることで、突然のディールブレイクを回避し、本来あるべき条件での成約可能性を高めることができる。マイナスの価格調整を避けるために重要である。
【Plus】M&A買主にとって、対象企業が法令遵守に優れている場合、買収後の法令遵守リスクが低減されるため、安心感をもって経営権を譲受けることができる。特に、規制強化が進行する業界や、法令等違反によって重大な信用劣化が生じた業界においては、法令遵守を徹底する企業をグループに迎え入れるだけでも競争優位性を強化することにつながる可能性がある。
【Plus】一方で、法令遵守体制が不十分な場合、仮に法務DDでの発覚を免れたとしても、買収後に過去の違法行為等が表面化する危険は残る。保有株式全てを売却し経営者を引退したM&A売主にも、補償による金銭的ダメージや訴訟の可能性は消滅しない。それだけではなく、ブランドエクイティが棄損すれば、企業価値も棄損する。M&A売主が、多段階株式譲渡によって「売却後の成長の果実」を狙う場合、もしくは、M&A売主の経営継続と一部株式継続保有(数年後の株式買い取り条項付き)を買収条件とする場合にも、重大な法令等違反が発覚すれば、得られたはずの多額のキャッシュを失うことになる。