◆レーマン成功報酬とは、M&A取引が成約した際に財務アドバイザー(FA)やM&A仲介業者に支払う成功報酬の計算において、「取引額」が大きくなるほど料率が逓減していくレーマン料率テーブルを使用する成功報酬のことを指す。現在、最も広く浸透している料率テーブルと言える。日本にはM&A成功報酬に関する法令は存在しないため、クライアントと合意できればどんな報酬でもよいが、合理的に水準を決めることが難しいため、定着しているレーマン方式が採用されるケースが多い。
◆「取引額」は株式価値とするのが原則である。経営者保証を外せる可能性があることなどを理由に、有利子負債を加えた企業価値を「取引額」とする場合もある。とにかく、必ず電卓を叩いて検証することを推奨する。経営者保証は必ず外せるとは限らない。あくまで銀行が決めることである。ただし、株式価値がゼロの再生案件や借入負担の消滅が主目的で銀行との交渉が難航するケースなど、企業価値ベースであるべき場合もある。


◆外資系投資銀行のM&A助言サービスに対するレーマン報酬
そもそもレーマン料率は、リーマンショックで破綻したリーマンブラザーズ(Lehman Brothers)が開発した料率テーブルである。主にセルサイドFAとして数百億円以上の大規模M&A案件で適用することを想定したものである。株式価値が数百億円以上となると、大企業(中堅上場企業クラス)が対象企業の大型M&A案件である。「対象企業が出来上がっている大企業」なので、事前の磨き上げ、欠陥治癒、情報整備などの売却準備をサポートする必要がない。国内外のネットワークを駆使して一流大企業買主を探索し、競争入札などの高く売るための交渉手法を駆使しながら、DDでの減点を回避し、バリュエーションを高め、あらゆる手段でクライアント有利な最終決断に繋げることを目的としている。すなわち、いかに一流買主企業の経営トップ層に直接提案し、その買収の魅力を訴え、DDプロバイダーやバイサイドLAの主張を押し退けるか、最終決断を促すためのトップエグゼクティブの人脈や個人情報が重要となる。この業務には、少なくとも半年、長くて数年の月日を要し、超高給取りのエリート人材を複数名張り付ける必要がある。その対価が、レーマン料率による成功報酬である。300億円で4.65億円、1,000億円で11.65億円の成功報酬が見込める。
◆優良M&AアドバイザーのM&A助言サービスに対するレーマン報酬
一方、オーナー系の中堅中小企業を売却する場合、対象企業はM&A市場で高額売却できる状態に出来上がっていない。せっかくのポテンシャルが埋没していたり、容易に治癒できる欠陥が散乱しているのがむしろ通常である。高品質な開示資料を買主に提示するにも、外部報告の体制もなく情報管理が杜撰な会社も珍しくない。そのため、優良なM&Aアドバイザーは、徹底的に売却準備を手伝う。その手間は「出来上がってる会社の売却」の比ではない。サポート内容や結果として売却条件次第では、レーマン方式では安すぎることもあるし、高すぎることもあるだろう。いずれ(超)富裕層になるM&A売主は、今のうちから(超)富裕層としての資産運用を考えておくとよい。富裕層がさらに富を蓄える仕組みの一つ、ヘッジファンドの料率テーブルは、レーマン方式と逆向きで「成功すればするほど料率が高くなるテーブル」である。高額売却のための道のりは困難であるが、インセンティブを付与することで高額売却が期待できるなら、レーマン方式ではなく逆レーマン方式にすべきである。ここで無意味に節約すると富裕層への道が途絶えるからである。大事な事は「手取り最大化」であり「サポーターの意欲削減」ではない。
◆ビジネスブローカーの仲介サービスに対するレーマン報酬
翻って、零細企業の売買仲介を行うBB業者の場合、投資銀行のような高度な駆け引きも、優良M&Aアドバイザーのような広範囲かつ高度なサポートもしない。しかし、なぜかレーマン方式に最低成功報酬という保険までかけている。さらに、買主からも報酬も貰うわけであるから、笑いが止まらないはずである。最低成功報酬などもってのほか、レーマン方式でも高すぎる。このような批判がうずまく中、売り手無料業者が登場した。実は、この無料業者は、さらに売主にとって危険が大きい。決して売主の味方ではない。クライアントが買主である以上、買主と利益衝突する売主がどのように扱われるか、少し想像すれば理解できるはずである。優良なM&Aアドバイザーに依頼できるような状態へ対象企業を育成してから売却するのが賢明である。EBITDAで1億円が見えていれば、可能性がある。
【Plus】補償条項を悪用した偽装高額売却の恐怖
最終契約では、表明保証違反があった場合などに買主が売主に損害賠償請求できる「補償条項」が設けられるのが通常である。売主・買主間の情報の非対称性(売主は対象企業を熟知しているが、買主は知らない)がある以上、補償条項を設けられるのは合理的であり、売主は、リスク削減のため売却準備をしっかりやるか、透明な情報開示をした上でリスクについて成約前に合意しておくことで最悪リスクを軽減するしかない。
ここで、優良なM&Aアドバイザーは、売主の補償リスクを軽減するサポートをしてくれるが、悪質・無能BB業者は中立的な立場などと言い訳しながら何もしてくれない。補償上限すら設けないまま成約してしまうと、結果、補償条項が発動して多額の損害賠償(最悪、売却額を超える補償)をしなくてはならなくなっても、BB業者に支払った成功報酬は返ってこない。つまり(分母の売却額が減るため)実質料率は表面的な料率よりもかなり上昇する。「補償リスクまで考慮した成功報酬体系」だと売主にとって安心である。
ご想像のとおり、悪質(で有能な)BB業者が、この仕組みを利用することも可能である。お得意様の買主の利益誘導のため、売主に多額の補償を負担させ、実質的な買収金額を下げさせる、その見返りに買主からボーナスを貰うという詐欺的な商法である。残念なことに、これは完全なる合法である。裁判所で戦っても「重大な問題を治癒もせず、開示もせずに取引合意した売主が当然にして負担すべき」という判断が下されておかしくない。
【Plus】地獄の偽装レーマン料率問題
とにかく偽装のオンパレードなのが、日本の中堅中小M&A市場(というよりも中小零細BB市場)の特徴である。レーマン料率と見せかけて超高料率でキャッシュを奪われるケースが増えている。少しずつ詐欺的な事件が表面化してきているが、氷山の一角に過ぎないだろう。実は騙されたのに満足気に成功事例として顔出ししている売主もたくさん存在している。
売却額が安かった場合に最低成功報酬(500万円程度から3000万円程度まで)が適用されるような報酬体系が存在する。そもそも売主にとって、安くしか売れなかった場合にまで高額報酬を支払わなければならない理由がないが、自称ハイスペック人材、自称全国買主ネットワークの「利用料」として正当化しているようである。基本的に高額な最低成功報酬は断るべきである。「売主にとっての失敗をしてもよい(両手報酬なら、買主利益誘導のため、むしろ安売りした方がよい)報酬の仕組み」なためである。最低成功報酬は(安くするほど貢献したことになる)バイサイドFA向けの報酬体系である。
日本の中堅中小M&A業界(というよりも中小零細BB業界)では、不動産仲介業と同様に両手報酬が許容されているのに、報酬に上限(不動産では片手3%両手6%上限)が設けられていない。そのため、実質100%((売主からの最低成功報酬2000万円+買主からの最低成功報酬2000万円)÷売却額4000万円)などの高料率が起こりうる。もしかすると、「安く売らさせてご苦労様」ということで、買主からプラス2000万円の追加ボーナスを貰っているかもしれない。おそらくこの合計8000万円で買収した対象企業を、買主は即座に2億円で売って1.2億円ボロ儲けするはずである。さらに、もしかすると、同じBB業者が転売時にも登場し、2億円で買ってくれる買主を押さえている出来レースかもしれない。この場合、2億円の2回目取引でも売主・買主合計で4000万円が儲けに追加される。売主2000万円 vs BB業者1億円 vs 中抜き買主1億円である。BB業者では多いと50%が担当者の賞与になる。テレアポで高額給与になるのもうなずける。30年苦労した創業者より、半年前にBB業者になったサラリーマンの方が収入が多くなる。
本来、売主は、少なくとも2億円で売却し、1.9億円から税金を払った金額が手元に残ったはずである。最低成功報酬の悪質BB業者に依頼したがゆえ2000万円(4000万円-最低成功報酬2000万円)から税金2割を払った金額しか残らない。不動産詐欺の世界では料率上限規制を脱法するための詐欺手口を「転がし」と呼ぶようだが、このように悪質で詐欺的な中抜きM&A商法も、残念ながら日本では合法らしい。保護すべき弱者ではない会社オーナー(兼代表取締役)の売主が4000万円でハンコを突いてしまった以上、取り返すのは大変だろう。即座に転売するのも違法ではない。持ち物をいつ売るかいくらで売るかは所有者の自由である。即座に引退した被害者の売主は、2億円で転売されたことに気づかないかもしれないし、気づいても恥ずかしいから表に出すこともしにくい。料率を計算すると、1.6億円も強制的に寄付させられたのと同じなので、100%を遥かに超える超高料率である。こういう料率を「偽装レーマン料率」と呼んでも差支えないだろう。やはり偽装のオンパレードな悪質・無能だらけのBB市場ではなく、健全なM&A市場で売れるように対象企業を育成すべきである。EBITDAで1億円が見えていれば、可能性がある。