◆M&A売却最終手取り額とは、M&A売主がM&A会社売却を原因として得た「全ての収入」から「全ての支出」を差し引いて残った金額のことを指す。収入を最大化し、支出を最小化すればM&A売却最終手取り額を最大化できる。
◆売主最終手取り4パターンで考えると「目指すべきM&A会社売却の経済的便益」と「避けるべき経済的危険」を理解できる。売主が最終手取りを最大化するには、買主による経営リスクを避けるならAを、買主による経営リスクをプラス収入に転化したいならBを目指し、常にCやDの補償や追徴は極力回避すべきとなる。
▽(A 基本)100%株式譲渡:100%株式譲渡対価等からM&A報酬と税金を差し引いた金額
▽(B 収入±)多段階株式譲渡:多段階株式譲渡対価等の合計額からM&A報酬と税金を差し引いた金額
▽(C 支出+)補償・追徴が生じた100%株式譲渡:Aから補償額と追徴税額を差し引いた金額
▽(D 収入+、支出+)補償・追徴が生じた多段階株式譲渡:Bから補償額と追徴税額を差し引いた金額
◆最終手取りの構成要素は以下のとおりである。


▽株式譲渡対価等:M&A取引での株式譲渡対価は、売主が売却する「株式数」×「株価」の掛け算によって決まる。「株価」は、単純化すれば、キャッシュフローと倍率の掛け算で決まる。これに、M&A後の引退時の役員退職慰労金が加わったり、アーンアウト収入が加わる場合もある。なお、「株価」は、売主・買主双方によるバリュエーション(株式価値)の算定価格をベースに、交渉パワーゲーム(M&A競争環境、希少資源(競争優位性・経営資源・キャッシュ・時間)等)と買主M&Aコスト(バイサイドFAフィー、DDプロバイダーフィー、バリュエーションフィー、想定PMIコスト等)の結果として決定される。※BB市場での価格決定メカニズムとは根本的に異なる。

▽多段階株式譲渡対価等:多段階株式譲渡対価は、仮に売却回数を2回(①80%、②20%)に分けるとすると、①1回目株式譲渡対価は「80%株式数」×「1回目の株価」、②2回目の株式譲渡対価は「20%株式数」×「2回目の株価」となる。「2回目の株価」が「1回目の株価」よりも大きくなれば、100%株式譲渡対価よりも大きな収入となる。単独での成長・改善、複数社間のシナジー効果、レバレッジ効果や市場間ギャップの取込みに成功すれば、大幅な収入増も見込める。ただし、失敗すれば、相対的に小さな収入となる場合もある。同じく、役員退職慰労金やアーンアウト収入が加わる場合がある。
▽M&A報酬:売主が負担する好条件獲得のためのM&A専門家報酬である。主に財務アドバイザー(FA)(又はM&A仲介業者)に支払う報酬(着手金、中間報酬、成功報酬)である。他に、法務アドバイザー(LA)を起用したり、セルサイドDDプロバイダーを起用すれば別途報酬が生じる場合がある。全ての合計がM&A報酬の支出となる。ここで重要なのは、M&A専門家の貢献によって売主の収入や支出の大きさに重大な影響を与える点である。
▽税金:M&Aスキームが株式譲渡の場合、売主が個人なら株式譲渡所得課税が、法人なら法人税等が課税される。M&Aスキームが事業譲渡の場合、売主(法人)には法人税等と消費税等が課税される。その他のM&Aスキームの多くは、組織再編税制に影響を受け、税制適格なら課税繰り延べ、税制非適格なら課税される。
▽補償:M&A最終契約では、「売主買主間の対象企業に関する情報の非対称性」を緩和する目的で、表明保証違反等に対する補償義務を課せられる。この補償額は、原則として「買主が結果として負った実損害」となり、上限を設けなければ、株式譲渡対価を上回ることもありうる。
▽追徴:M&Aで高額売却に成功すると、税務調査が即座に入るリスクがある。そこで、対象企業に追徴税が課されれば、表明保証違反を構成し補償義務が生ずる場合がある。売主(個人又は法人)に追徴税が課される可能性もある。
【Plus】最終手取りを最大化するために、売主が実施すべきことは以下のような内容となる。
▽ポテンシャル見極め:M&Aアドバイザー(又はビジネスブローカー)を起用する前に、対象企業のM&Aポテンシャルを自己評価してみる。特にユニークな強み(VRIOフレームワーク)やオーナーリスク(後継者リスク、オーナーコスト、情報閉鎖性)について自己評価しておくと、売主自ら実施する売却準備を整理できるし、どのような業務スコープ(売主自らやらない/できない事)を、どのようなM&Aアドバイザーに依頼すべきかを検討できるためである。DCF 法やEBITDA倍率法などで自分の会社の価値を試算してみるのも非常に有益である。
▽売却準備(収入最大化):キャッシュフローを最大化しておくとともに、倍率を最大化するため、安定性、収益性、成長性をバランスよく引き上げておく。特にユニークな強みをフル活用する。一方で株式価値評価における様々な減点リスクを減らしておく。特にオーナーリスクについて検証し対策しておく。
▽売却準備(支出最小化):補償リスクを最小化するため、インハウス(必要に応じ外部専門家)による簡易セルサイドDD(内部調査目的)を実施し、来たる各種バイサイド専門家DD(財務DD・税務DD・法務DD・人事DD・ITDD)で発見されるであろう重大な将来支出リスクを抽出し、事前にリスクを消滅・削減しておく。
▽M&A専門家の起用:優良なM&Aアドバイザーを起用することで、収入最大化・支出最小化を実現しつつ、売主負担を最小化できるようになる。最適な買主選定、交渉方法選択やM&Aスキームの工夫等により収入をさらに拡大する。同時に簡易セルサイドDD(内部調査目的)で課題や欠陥を発見して事前治癒し、LOI・MOU・最終契約において売主有利な条件を獲得し、売主不利な条件を回避する。
【Plus】人間が持つ「非合理的行動パターン」を回避して合理的に意思決定することが重要
▽プロスペクト理論:人間がリスクを伴う選択においてどのように意思決定しがちかを説明
・損失回避:損失を避けることが利益を得ることより重要視されてしまう傾向
・参照点依存性:偶然意識している基準(参照点)との比較によって判断してしまう傾向
・価値関数:感じる価値に与える影響において、損失が利益に勝り、利益の価値は逓減していく傾向
・確率加重:発生確率を過大又は過小に評価してしまう傾向
▽限定合理性:人間は完全に合理的な意思決定を行うことができない
・満足化戦略:最適解があっても、それに到達する手間を敬遠し、満足できる選択肢で思考停止
・ヒューリスティックス:複雑問題をシンプルなルール(直感等)に基づいて結論づけて思考停止