◆M&Aスキームとは、M&A取引の当事者(売主・買主)の利益最大化やリスク配分等を目的とした、M&A取引の構造化(ストラクチャリング)に利用される取引形態の種類のことを指す。
◆M&Aスキームの選択次第で、資金調達の可否の他、財務(企業結合会計基準等)・税務(税制適格要件等)・法務(許認可等)等の様々なリスクや負担が生じる。主に買主とバイサイド専門家が検討するケースが多く、売主やM&A業者は気に留めないケースも多い。しかし、実は、売却代金や売却後のリスクに重大な影響を及ぼす「売主のリスク」でもあることを強く意識すべきである。
◆代表的なM&Aスキームは、以下の4タイプに分類することができる。なお、法体系と税務体系で異なる用語が使われることもある。

◆各M&Aスキームの概要は以下のとおりである。
▽(会社丸ごと)×(対価=現金)のM&Aスキーム:
・株式譲渡(100%):売主が100%の株式を買主に売却し、買主が経営権を一気に完全取得。
・株式譲渡(多段階株式譲渡):売主が段階的に株式を買主に売却。通常、最終的に100%売却。
・株式譲渡+アーンアウト:売却金額に加え、買収後の業績等に連動して追加払い。
・株式譲渡+親会社への再投資:売却代金の一部を、対象企業の買主(親会社)の株式に再投資。
▽(会社丸ごと)×(対価=現金以外)のM&Aスキーム:
・合併:二つ以上の企業を一つに統合し、存続会社または新設会社として運営する。
・株式交換:対象会社の売主が、保有株の100%と引き換えに買主の株式を受け取る。
・株式移転:複数の企業が新設会社の子会社となり、持株会社体制を形成する。
・株式交付(多段階):対象会社の売主が、保有株の一部と引き換えに買主の株式を受け取る。
▽(部分売買)×(対価=現金)のM&Aスキーム:
・事業譲渡:対象会社の特定の事業(資産・負債・従業員など)を現金で売却する。
▽(部分売買)×(対価=現金以外)のM&Aスキーム:
・会社分割(分社型):対象企業の一部事業(分割事業)を売却、対価を対象企業(売主)が取得。
・会社分割(分割型):対象企業の一部事業(分割事業)を売却、対価を対象企業の株主(売主)が取得。
【Plus】M&A案件なら優良なM&Aアドバイザーに相談すべき
M&A取引では、M&Aアドバイザーによって、これらを組み合わせたり、時間軸を利用することで、利益最大化等の目的達成を図るが、様々な専門領域に影響が及ぶため、各種専門家を活用することも多い(優良なM&Aアドバイザーであればワンストップで提案)。一方、BB案件ではシンプルな株式譲渡(100%)または事業譲渡に誘導されることが多い。職業倫理(利益相反等)、担当者の能力不足、報酬体系(両手報酬+最低成功報酬等)などが、簡便さや即金取引を優先するよう働くためである。
問題は、本来M&A案件にできるのに、露出の多いBB業者に売却サポートを依頼してしまうことである。数倍の最終手取りの差が生まれるのは、この時点の誤解(BB業者を優良なM&Aアドバイザーであると勘違い)が主な原因である。
【Plus】M&Aスキーム毎の主な税務リスク
▽税制適格要件:組織再編行為(合併、会社分割、株式交換、株式移転、現物出資や現物分配)では、適格要件を満たすかどうかで課税関係が変わる。移転資産に対して課税するのが原則であるが、前後で経済的な実態が変わらない場合(税制適格要件を充足)には課税が繰り延べられる。①グループ内組織再編、②共同事業組織再編、③独立組織再編が適格要件である。
▽消費税等の税金:事業譲渡では消費税や不動産取得税が発生する。
【Plus】M&Aスキーム毎の主な法務リスク
▽債権者保護手続:会社分割では、債権者保護手続きが必要。
▽労働契約の承継:会社分割では、従業員の承諾取得が必要。
▽特定承継:特定承継スキーム(事業譲渡)では、承継させたい負債(借入金等)について、債権者の承諾を個別に得る必要となる。
▽包括承継:包括承継スキーム(事業譲渡以外)では、簿外債務・偶発債務や訴訟等のリスクの全てが買主・対象企業(事業)に引き継がれる。
▽許認可の承継:許認可の名義が変更となるスキーム(合併・事業譲渡・会社分割)では、新たに許認可を取得せねばならない場合がある。
【Plus】売主にとっての投資リスクの継続・遮断とM&Aスキーム
▽投資リスク遮断:株式譲渡(100%)や事業譲渡は、売主が投資リスクを完全に遮断(完全キャッシュ化)できる。逆に言えば、将来の成長やシナジー効果の果実(将来リターン)を得ることはできなくなる。
▽投資リスク継続:株式譲渡(多段階)、アーンアウト、再投資や株式交換等では、売主が一定のリスクを継続して負担する。一方、将来の成長やシナジー効果の果実を得ることができる。
【Plus】M&A売主が最適なM&Aスキームを選択するためのポイント
▽売却目的の明確化:M&A売却目的に応じ、最適なM&Aスキームも変わってくる。何を目的にM&A会社売却に挑戦するのか(M&A売却目的)について、しっかりと考え抜いておくべきである。目的の内容や優先順位は人それぞれである。早めに優良なM&Aアドバイザーと相談し「挑戦し甲斐があって実現可能な目的」を設定することを強く推奨する。
▽M&Aプロセスに応じた柔軟性:買主候補が変われば、シナジー効果、買収資金調達や各種リスクへの反応も変わり、「買主候補毎のM&Aスキーム設計」が必要となる。売主はM&Aスキームの変化に対し柔軟さを保つべきである。売主が不安を感じないためには、売主も最低限のM&A専門知識を学習しておくとよい。それが負担であれば「本当に信頼でき、腕の立つM&Aアドバイザー」を見つけるしかない。
▽専門家の起用:M&Aスキームには、税務・法務(・会計)に関する専門的なリスクが伴う。ここで大事なことは、税理士の全て、弁護士の全てが、これらの相談相手としてふさわしいとは限らないという現実である。M&A税務やM&A法務に通じた専門家である必要がある。探すのが負担であれば、これも優良なM&Aアドバイザーを見つけ、ワンストップ相談体制を構築することが望ましい。