◆経営者保証とは、借入金等の債務を債務者が履行できない場合に、債務者に代わって履行する保証義務を負うことを言う。つまり「借金を返済出来なくなった会社の代わりに社長等が返済する」ことを意味する。
◆M&Aの文脈では「オーナー社長でいる間、自分が保証するのは仕方ないが、オーナーシップを手放した後まで肩代わりするのはおかしい」と考える人も多い。非常に気持ちは分かる。しかし、既存の借入金の回収可能性が下がる以上、銀行等がすんなり外してくれるとは限らない。さらに、経営者保証への対処を間違えると、売却価格が下がり、買主選びや後継者選びで失敗し、M&A取引自体が「破談」や「妥協した成約」になってしまうリスクがある。「経営者保証に関するガイドライン」も踏まえた銀行等債権者の判断基準を正確に理解しておく必要がある。

◆M&A成約後、速やかに経営者保証を解除してもらいたい売主は、
会社の信用力(返済能力)+担保価値(回収可能額) - 借入金等 = 経営者保証の必要額
という計算式を頭に入れておくとよい。『事業承継時に焦点を当てた「経営者保証ガイドライン」の特則』も、とどのつまり「銀行等は、この計算式で左辺がマイナスなら、できるだけ経営者保証を外してあげて、事業承継やM&Aの障害にならないようにしなさい」という原理原則を確認しているものである。
ちなみに、上の計算式は「いざとなれば、会社の資産をバラ売りされ、事業が停止しても、保証で身ぐるみ剝がされるくらいなら、まだまし」という考え方の売主にとっての計算式である。「絶対に事業が停止されたくない、でも経営者保証は外してほしい」という売主は、次の計算式になる。
会社の信用力(返済能力)+担保価値(事業継続に支障のない範囲での回収可能額) – 借入金等 = 経営者保証の必要額
つまり、非事業用資産の売却可能額と、事業に使用している不動産や機械設備等をセールアンドリースバックで一時的にキャッシュ化(使用は継続)できる範囲でのみ担保価値を見込み、それ以外は「会社の信用力(返済能力」自体の底上げによって、経営者保証の必要額をマイナスにする必要があるということである。
◆信用力(返済能力)とはFCF創出力と同義である。M&Aバリュエーションでは、FCFが増えれば事業価値の増大を通じ株式価値をダイレクトに拡大する。一番大事で一番難しい対策が「FCFを増やす」である。売上等の収入を増やせれば一番よいが、費用等の支出を減らせるケースは多く、意外とFCF改善余地が見つかるケースは多い。M&Aというオーナーシップ変更と絡めれば、ますます可能性が見つかりやすい。ファイナンシャルモデルを構築し、保守的な前提条件を置いた上で、今後数年の事業計画数値を算定しておくと、銀行のような債権者に対して説得力のある信用力(返済能力)を説明できるだろう。できれば、(顧問税理士ではなく)外部の公認会計士を関与させると銀行組織に対する印象が良くなる。
◆担保としてポピュラーなのが会社所有の固定資産(土地、建物、機械設備、自動車など)である。新たに取得した固定資産で担保に入ってない資産があれば、担保価値を増額する効果が見込める。また、売掛金等の流動資産を担保に組み入れることが可能なケースもある(Asset Backed Security, ABL)。担保価値が下がらないよう適切にメンテナンスしておくことも重要である。
◆借入金自体を減らせば、経営者保証の必要性は自動的に減少する。第一にFCFから返済する、第二に非事業用資産をキャッシュ化して返済に充てる、第三にDESで借入金を株式に変換し買主(自分含め)が株式を買取る、などによって借入金を減らすことが可能である。
◆なお「経営者保証ガイドライン」「同事業承継特則」の要約は、以下である。
・日本再興戦略(平成25年)の開・廃業10%施策の一つとしての位置づけ
・銀行等による過剰な経営者保証依存を是正
・対象とするのは中小企業オーナー社長等が保証人になるケース(誠実返済中で開示協力をする人だけ)
・保証人は会社と社長等の関係を明確に区分すべし(会計士等による検証も有益)
・会社は信用力を強化し、経営方針や事業計画等の変更内容を適時適切開示すべし(会計士等による検証も有益)
・銀行等は(信用補完がやはり必要でも)経営者保証以外の方法(担保、停止条件、解除条件、ABL、金利上乗せ)を検討すべし
・銀行等は(信用補完がやはり必要でも)安直に保証金額を融資額と同額としないようにすべし、二重徴求(新旧経営者2人が保証)は(例外を除き)もっての他
・銀行等は、既存保証契約の解除等の申入れを受けたら真摯に検討すべし
【Plus】誠実に返済しているかどうかは「期限内に支払っているか」ということである。うっかりだろうが、多少異常事態だろうが、マイナス評価になるので、絶対に期限内に払っておくべきである。また、M&Aと同じで「伝わらなければ無いのと同じ」「伝わらなければ最悪想定」である。適時適切に情報開示できる状態(基礎データ整備や財務会計の仕組み)がないとマイナス評価になる。面倒でも大事なことなので対応しておくべきである。同じく、社長は「会社の私物化」と受け取られないよう、会社の資産や費用について見直し「社会通念上適切な範囲の関係」にとどめておくべきである。
【Plus】経営者保証を外してもらうには準備が大事である。実は、M&Aの売却準備だけで十分である。M&A売却準備の方が経営者保証対策より広く深いからである。「法人個人が一体(いわゆる会社の私物化)」だと保証は外れにくいが、そもそも分離する作業がM&Aであり、自ずと対策になる部分もある。情報開示体制も強化されるし、FCF(= 信用力)をシナジー効果を通じて向上させることがM&Aの醍醐味である。そうなれば借入金の減少スピードは加速する。M&Aで会社を高く売りたく、経営者保証も外してもらいたい売主は、売却準備を早めに着手すべきである。
【Plus】そもそも「借りてはいけない会社」「借り過ぎの会社」である場合も多い。「本来貸付できないけど、経営者が保証するなら、貸しましょう」というケースである。このケースは多くの場合、M&AとかBBを目指すこと自体が非合理的で、売主にとって損になるケースも多い。清算準備期間付きの清算の方が、売主にとっても、役員・従業員にとってもハッピーで、後で苦しむ人が少なくなる場合もある。「貴社に関心の優良大企業がいます。(返せるはずのない)借金の肩代わり義務がM&Aすれば消え去りますよ!」というテレアポ・DM営業をする悪質・無能BB業者(売らさせ屋)は非常に多い。これに唆されての結末は、断念、即倒産離散、詐欺が多く、足せば9割を大きく超えるだろう。もちろん、肝心要の経営者保証は外れないし、逆に保証額が増えたりする。M&Aで売るのは成功者の証、BBで売るのは投資回収、清算は損害拡大阻止であるが、この選択は「人生で一番間違えてはいけない選択」である。