◆基本合意契約(MOU)とは、M&A取引において、売主と買主が取引の基本条件について合意し、正式契約(最終契約)に向けた交渉を進めるために締結する契約である。意向表明書(LOI)よりも拘束力が強く、デューデリジェンス(DD)実施や最終契約交渉の前提となる。MOUは法的拘束力を持つ部分と、持たない部分が混在するのが一般的であり、具体的な拘束力の範囲や違反時のペナルティは契約毎に変わる。
◆基本合意契約に定められる主な内容は、以下の通りである。基本合意契約は、売主・買主双方にとって交渉の方向性を明確にし、最終契約締結の確度を高めるための重要なプロセスである。
項目 | 内容 | 法的拘束力 |
---|---|---|
取引スキーム | 株式譲渡、事業譲渡、会社分割、株式交換、合併などのM&Aスキーム | 場合による |
取引価格(概算) | 株式価値等の想定金額 | 通常なし(最終契約まで未確定) |
支払条件 | 一括払い、分割払い、アーンアウトなど | 通常なし(最終契約まで未確定) |
デューデリジェンス(DD) | DDのスコープ・スケジュール・資料提供範囲・提供義務 | あり |
独占交渉権 | 一定期間、売主が他の買主と交渉しない義務(買主が独占的に交渉する権利) | あり(これを付与すると売主は不利になる) |
秘密保持義務 | 取引に関する情報の開示・利用制限 | あり(NDAの責任を強化) |
最終契約締結の前提条件 | 最終契約締結(成約)の条件として、治癒不能で重大なネガティブDD発見事項がないこと、買主の取締役会決議で承認を得ることなどを定める | あり(これが強いと売主は不利になる) |
交渉中止時の処理 | 交渉中止時のコスト負担・違約金など | 場合による |
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◆MOUは、意向表明書(LOI)とデューデリジェンス(DD)の間で締結されるのが一般的である。売主がMOUを締結するとしても、DDが完了していない段階のため価格等の最重要条件には法的拘束力を持たせないのが一般的である。
◆すなわち、次のようなことを吟味してから締結すべきである。
・「優良なM&Aアドバイザーを起用し、高品質な初期的情報開示をしていて、DDを受けてもネガティブ発見事項を理由に価格ディスカウントをされるおそれがない、と売主が確信できる場合には、MOUで独占交渉権等を付与してもよい(売主の成約の安全を確保できることも多い)」が、
・「そうでない場合、特に、効率ばかり求める無能なビジネスブローカーがペラペラ初期的開示情報だけで懇意の買主1社と進めさせたい場合、悪質なビジネスブローカーが仲介している場合や、買主の買収意図に合理性が見当たらない場合(最悪の場合、詐欺的な目的で買収する場合)は、MOUを安易に締結すべきではない」(売主が一方的に不利になるリスクがある)。
▽適切なMOU締結のタイミング
・価格や主要条件の認識が一致している段階
・LOIを受領し、売主と買主が大枠で合意した後、買主がDDを開始する前
・買主し独占交渉権を付与する場合、売主が慎重な検討を終えた後
▽MOU締結が早すぎる場合のリスク
・他の買主候補と交渉する機会が失われる(長期間の独占交渉権を付与する場合)
・初期的情報開示の品質が低いと、DD後に買主が強気の価格ディスカウント交渉をしてくる
【Plus】双務契約のMOUを締結するのは諸刃の剣
MOUは売主と買主の双方にメリットをもたらしうるが、慎重に吟味しなければデメリットをもたらすこともある。売主はM&A初心者であることが通常であるため、必ず「売主と同じ舟に乗る相談相手」(=買主から1円も受領しないセルサイド財務アドバイザー・法務アドバイザー等)としっかり相談して徹底的に吟味すべきである。徒にデメリットを背負うことを避けるため「企業価値20~50億円程度以下のいわゆる中小M&A」では「意向表明書(LOI)+プロセス・レター」という柔軟な仮合意で済ませた方がよいケースが多いかもしれない。むしろ、誠実な買主を選定し、透明な初期的情報開示をすることで、誠実で真剣な買主を確保することに注力すべきである。買主が真の顧客のBB業者が、売主に基本合意契約締結を急がせる(=買主と仲介契約を締結できる状態に急がせる)のと対照的である。
▽MOU締結のメリット
・成約の安全確保: 意中の買主候補に独占交渉権を与えることで、売主は真剣に検討してくれる交渉相手を確保しやすい。
・DDのスムーズな進行: DD実施の合意が得られるため、売主はDD対策を予定通りに進められる。
・DAのスムーズな交渉: 大枠の条件が合意されることで、最終契約(DA)の交渉がスムーズになる。
・違約金受領: 買主がMOUに違反した場合に、多額の違約金を受領できる場合がある。
▽MOU締結のデメリット
・売却交渉の硬直化: 法的拘束力を伴う形で売主に不利なMOUを締結すると、M&A競争環境が失われ、途中で別の買主候補に切り替えることが難しくなる。特に、買主がDD後に合理的な理由の有無を問わず、価格を引き下げようとする場合、MOUで「独占交渉権」を与えていると、他の買主候補の存在をちらつかせることができず、交渉上不利になる。
・違約金支払い: MOUの内容によっては、売主に多額の違約金の支払い義務が発生する危険がある。