◆年買法とは、ビジネスブローカレッジ(BB)市場で使用される対象企業の株式価値を計算する方法であり、純資産に営業利益の1~3年分程度を加算して算出する。
◆年買法は、日本語読み書き、四則演算だけで計算できる。簡便性をなにより重視した計算方法である。ビジネスブローカレッジの会社(≒M&A仲介会社、≠FA)では、パート主婦や学生が株式価値の算定を担うこともあると聞く。M&A市場使用される適正なバリュエーション手法(DCF法やEBITDA倍率法等)に必要とされる知識・経験・スキルとは大きな差があり、算定結果にも大きな差が生まれる。小学4年と大学院くらいの差と理解してもらって差し支えない。
【Plus】GSもJPMも年買法は使わない
年買法は、理論的に意味がない株式価値算定手法であり、M&A市場で使用されることはない(ゴールドマンサックスやJPモルガンが年買法を使うことは永久にない。そもそも知らないかもしれない。バリュエーションに詳しい売主クライアントに激怒されるし、MBAやCPAのテキストブックやバリュエーションの専門書に記載がないからである。)。問題は、売主が参加した市場が、M&A市場なのかBB市場なのかを完全に識別する方法がないことである。「M&Aに挑戦していると思ったら実はBBだった」が9割以上と思われる。市場の入口から出口までエスコートする人が、M&Aアドバイザーかビジネスブローカーかを識別する方法を理解するとよい。「その人」が参加する「売却市場」そのものだからである。

【Plus】年買法への批判を躱すための「別法」に騙されるな
M&A仲介業の利益相反問題や、それとセットの年買法に、鋭い批判が向けられることも増えてきている。2024年に報道されたルシアン詐欺事件も元は同根である。批判を躱せなければ、楽に儲けるスキームが死んでしまう。そこで別法が編み出される。純資産に「営業利益」数年分を足すのが「ノーマル年買法」である。一方、まともな評価方法で有名なのが「EBITDA倍率法」である。EBITDAとは営業利益に減価償却費を足し戻したものである。買主の中には「うちはEBITDAで評価します。」という誤解を招く話法を使う人が増えている。よく聞くと、純資産に「EBITDA」数年分を足すらしい。減価償却費を足したとしても、営業利益3年分ではなくEBITDA2年分にすれば、年買法よりも安く買えることが大半である。EBITDA倍率法では、純資産は一切関係ない。売却価格の話をしている時に「純資産」というキーワードが登場したら、その人は「ビジネスブローカー」又は「ビジネスブローカレッジ市場で買いたい買主」である。距離を取れば騙されずに済む。これからも「M&Aに詳しくない売主の無知」につけ込んだ様々な「情報の非対称性」を活用した新手の手口が登場するだろうが、基本だけしっかり理解しておけば怖くない。
ところで、ビジネスブローカー(≒M&A仲介業者)や年買法の批判ばかりするのもフェアネス精神に欠ける。その対極にいるM&Aアドバイザー(≒FA)やDCF法に対する批判も紹介すべきである。前者への批判は端的に表せば「安すぎる価格」であるが、後者への批判は「高すぎる価格」である。大型クロスボーダーM&A案件で、買主が日本の超有名企業、対象企業がアメリカ等先進国の超有名企業の場合、なぜか大盤振る舞いをして超高額買収をしてしまう。その裏には腕利きの外資系投資銀行や有力M&Aブティックファームが、対象企業である欧米大企業の売主をサポートし、あの手この手で日本企業のお偉いさんを高額買収する気にさせる。残念ながら一流外資系投資銀行の欧米人から見て、日本の大企業は「霜降り肉とネギを背負ったカモ」に見えている。こういう案件がときどきあり、買収後苦労した事例として広く知れ渡る。日本のオールドメディアが好きなストーリーが「高いM&A価格は悪」「のれんは危険」「日本の大企業(メディアのスポンサー)の安全が第一(海外M&Aに大金を使わず地上波CMや新聞広告を打ってくれ)」である。日本の中堅中小企業を日本の大企業や投資ファンドに売る場合、このような「高すぎる価格」のケースも少ないながらちゃんと存在する。しかし、売却条件の詳細が公表されることも報道されることもないから「高く売れた事例」が売主の耳に入ることは少ない。高額批判は、他人に失敗の責任をなすりつけたい、自分の経営管理能力が不足していたことを認めたくない、という動機がある場合もあるだろう。売主は、正々堂々と高額売却を目指すべき、今まで頑張ってくれた役員・従業員の努力の結晶を正当に評価してもらうだけである。安値で妥協させるため「従業員が苦労する」が決まり文句だが、「従業員の苦労の結晶を無価値」と言われているのと同じである。他に株主がいたり、法人売主であれば、高額売却を目指す義務もある。
【Plus】年買法は「数年内に倒産予定の企業」向け
次のような理由で、零細案件を中心に浸透してきたが、昨今では、中堅中小案件にもビジネスブローカーが深く進出しており、あるべき価格の半額以下という不当な安値での売買が確認される。
1. 買収後数年内に倒産リスクの高い零細企業の価格を検討する際、本来的なバリュエーション(EBITDAの8倍など)では買主がリスクを感じて敬遠すること
2. 純利益の5年分(法人税等税率30%とすると営業利益約3年分)までであれば、買主企業の連結決算上ののれん償却費と相殺し、即座に利益貢献させられる上、シナジー効果のすべてを買主が享受できること
3. 上場企業は企業価値向上、株式価値向上、PBR1倍割れ回避などをステークホルダーから要求される。その方法として「激安価格で健全企業を買収する」が簡単・確実と映ること
4 零細案件を多数処理するための大量採用・大量離脱のビジネスブローカレッジ初心者を教育するコストをほぼゼロにできること
【Plus】なんちゃってPEファンド(個人ファンド)の激増
ビジネスブローカーは良く言えば「無垢な若者」が多い。営業部門に所属し、それなりの成績を出し、目上の人から好かれるタイプが、年収に惹かれて転職している。何も知らないため、高いか安いか、何が起こるかも分からないまま、マニュアルを片手に、ノルマに圧迫され無差別アタックを繰り返している。事業経験なし、税務申告経験なし、金融経験なし、コールドコール営業のストレス耐性を武器とする無垢な若者である。ひと昔前の生保レディー、最近では特殊詐欺、オレオレ詐欺とも類似点が多い。彼らが「激安価格の健全案件」を1~3%の確率で持ってくることを知っている元M&Aアドバイザー、元PEファンド従事者の中には、これをチャンスと見る人が出てくる。1人ファンドによって激安価格で健全企業を買い取り、即座に2倍3倍で売り抜けるという「詐欺まがいの投資ファンド」も増えている。上手く行って規模を急拡大している「タッチ&ゴーファンド」も増えている。当然、被害者は売主である。即座に買った価格の2倍3倍で売れるような健全企業なら、優良M&Aアドバイザーが担当していれば、売り抜け価格もしくはそれ以上、適切な売却準備をすれば、もしかすると年買法の5倍10倍で売れていた可能性すらある。彼らは「カモ(BB無垢若者)が中抜きチャンス背負ってやってきた」とほくそ笑む。売主にとっては残念ながら、これも完全に合法である。慎重な判断をできるはずの企業オーナーが、しっかり契約書に目を通し売却の意思を示し、ハンコを押したのである。適切なバリュエーションをせよ、という法律や規制は存在しない。1円でもいいし100億円でもよい。とにかく両者が納得するまで情報交換して合意していればよいのである。年買法は意味はないが合法なのである。ある元M&Aアドバイザーで、1人投資ファンドを起ち上げた人にヒアリングする機会があった。「ビジネスブローカー(=M&A仲介)は、悪質とか無能とか批判されてますけど、私としては愛おしい存在ですね。」と悪びれることはなかった。強欲な賢者が、強欲な愚者の無能さを利用し、他人の努力の果実を喰いつぶす構図である。
【Plus】年買法で売るくらいなら清算した方がよい?
そもそも純資産とは、今の会社を創るため過去に投じたコストのようなものであり、未来にわたって価値を創造し続ける生き物(=健全企業)の価値を算定する際には、一切の意味を持たない。従来から、純資産法は、清算企業の評価で使用されるものである。年買法を、当分倒産するリスクがない健全な企業に適用すると「安すぎる価格」になるし、倒産リスクの高い企業に適用すれば「高すぎる価格」になる。当然、前者の安すぎる価格の健全な会社だけが売れて、後者は売れ残る。前者の場合、清算準備をしっかりやった清算価値の方が年買法よりも高くなる(売らずに清算する方がより多く残る)。センチメンタルな要望を排除し、経済価値のみで判断するなら「年買法で売るくらいなら清算した方がよい」と言える。年買法で想定外の高値で売る(倒産寸前の会社を騙して高値で売る)ことも理屈上は可能だが、そういう「カモの買主」を探し、最後まで騙し切って大金を送金させねばならない。通常は難しいし、誠実なM&Aアドバイザーは案件を受託しないだろう。しかし、売れ残り案件をお金に変えたい悪質ビジネスブローカーが、これを実現した。少し前にブームになった「無知で自信過剰な大企業サラリーマンを煽って退職させ、在庫で眠る倒産寸前企業を数百万円で買わせる、つまり、彼らの退職金を吸い取る詐欺まがいスキーム」「売主は数千万円の借金を元大手サラリーマン部長に押し付けられるが、最低成功報酬の数千万円を悪質ビジネスブローカーに吸い取られ、得したのか損したのかわからない」である。サラリーマンの多くが将来不安を抱える心理を突いたスキームである。一見前向きで明るい未来をちらつかせる所が詐欺的な手口として成功した所以だろう。しかし、これも合法である。全当事者が納得して契約書にハンコを押しているのだから。日本の大企業の管理職の多くは、ジョブ型ではないし現場から離れて久しい。その会社に長年在籍しているからこその無形の価値で活躍できることが多い。「元大企業の部長さん」の多くは、、肩書を外して無名の中小企業の社長になると「何もできないオジサン」に豹変する。唆されてうっかり買収した元大企業の部長さんの中には、今頃一文無しになっている人も多いだろう。「情報の非対称性を利用した中抜き」は成熟資本主義国の成長フロンティアになってしまっている。そのツールの一つが「年買法」である。
【Plus】年買法で評価されないために
年買法で売りたくない、まともな価格で売りたいという売主は「対象企業がM&A市場に参加できる会社なのか」を客観的に自己評価しておくと良い。もしM&A市場への参加資格が十分なら、優良M&Aアドバイザーを探し、売主のニーズ等をしっかり伝えれば、M&A市場だからこその魅力的なゴールに導いてくれるだろう。もし参加資格が不十分だとしても諦めるのは早い。急いで売らないといけない事情があれば難しいが、多少の時間が残っているなら、やはり「優良M&Aアドバイザーで売却準備もサポートしている人」を見つけるとよい。売却準備の結果、M&A市場に参加できるようになる可能性があるからである。M&A市場で優良M&Aアドバイザーが売ってくれるなら、まともな価格で売れるはずである。売却準備前の年買法の5倍10倍も夢ではない。