◆競業避止義務とは、M&A売主が、対象企業をM&A取引で売却後、対象企業と競合関係にある事業を行うこと等を、M&A最終契約で禁止される内容の条項である。この義務を売主に課すことにより、買主は対象企業の顧客基盤や重要人材を含む事業価値を保護することができる。
◆M&A売主が、対象企業の取締役である場合、M&A最終契約で義務を課される以前に、会社法の規定によって競業避止義務を負っている(会社法356条1項)。M&A最終契約では、M&A売主(元オーナー社長)が対象企業の取締役を退任するか否かを問わず、M&A取引によってオーナーの地位から降りた以上、利益相反リスクが増加するため、会社法が規定する競業避止義務を必要な範囲で強化するものと位置付けることもできる。
◆M&A最終契約の中で以下のような内容で規定されることが多い。
▽同業への参画禁止:売主が以下のような形で対象企業と競合する行為を禁止する。
・役員就任:対象企業の競合となる企業での取締役への就任。
・融資:競合企業への貸付金等による資金提供。
・出資:競合企業の株式取得や出資引受け。
▽引き抜き禁止:売主が以下のような形で対象企業の人材や取引先を引き抜く行為を禁止する。
・役員や従業員の引き抜き:対象企業の取締役や重要な従業員を競合企業に誘引。
・顧客や取引先の引き抜き:対象企業の顧客や取引先を競合企業に誘引。
▽その他の禁止事項:
・営業秘密の漏洩:対象企業の顧客・取引先等の機密情報や経営戦略等を競合他社に漏洩する行為(通常、別途、機密保持義務として義務が課されるが、対象を特定しつつより長期間にするなど)。
・ブランドの不正利用:売却後に対象企業の商標・意匠を流用したり、類似する商標・意匠を利用。
◆一般的な競業避止義務の期間として、2~3年程度が一般的である。ただし、業界や対象企業の性質、買主の意向により期間が変動する。競争が激しい業種であり、長期の競業避止義務を課す必要性がある場合、3年超とするケースもありうる。
◆競業避止義務に違反した場合、以下のようなペナルティが設定されることが多い。
▽損害賠償請求:買主が被った損害について売主に賠償請求を行う(最終契約の補償条項のトリガー)。
▽罰金条項:契約で定められた違約金を支払う義務。
▽不正行為の差止請求:競業行為の停止を求める裁判手続き。
【Plus】役員や株主が競業避止義務を負う場合のリスク
▽一般従業員への競業避止義務:ところで、一般従業員に誓約書等によって課す競業避止義務は、憲法が保証する職業選択の自由に一定の制限をかける側面がある。地理、期間等の制限がない、あっても過重であるなど、公序良俗に照らして妥当でない場合、裁判になっても無効となることも多い。
▽株主・役員への競業避止義務:一方、取締役や株主は、立場が異なる。会社法も被害者による損害の立証責任を緩和し、損害額の推定規定(会社法423条2項)を置いている。(元)取締役や(元)株主として競業避止義務を負う場合、その義務が継続する期間は、いらぬ疑念を与えぬよう慎重に行動すべきである。中心的人物と認定されると、形式的には競合の経営者等でなくとも巨額の賠償命令が下された裁判例が存在する。
【Plus】M&A売主が、優良なM&Aアドバイザーを起用する必要性
▽買主との交渉支援:競業避止義務が過度に厳しい場合、売主の行動の自由を制限しすぎることになる。優良なM&Aアドバイザーは、売主の希望、買主の心配や対象企業が置かれる環境等を正確に理解した上で、買主が了承できる範囲で売主に有利な条件を引き出してくれる。