◆不動産鑑定評価とは、不動産の価値を不動産鑑定士が評価したものである。評価書利用者の便益に資するよう、不動産の種類(住宅、オフィス、商業施設、工場、農地等)や所有目的(賃貸、自己利用など)に応じ柔軟に評価手法やインプットデータが採用され組み合わされる。
◆不動産所有者における重要局面、つまり、売買、担保組み入れ、財産分与や相続の際、利害関係者に客観的な金額を示す必要がある際に取得される。簡便に計算される「不動産査定」は、不動産会社の都合で誘導されやすい面がある一方、不動産鑑定評価は、国交省によるペナルティもあるため、通常、合理的な評価が期待できる。
◆M&Aバリュエーションと収益性不動産の不動産鑑定評価は近い関係にある。また、年買法等の簡易評価と不動産査定も非常に近い。これらの異同点を理解しておくと、M&A売主として「普通に考えておかしい」というアンテナを育成できるので、意外と重要である。
・M&Aバリュエーション不動産鑑定評価はいずれも、価値評価者が複数の資産価値アプローチ(インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチ)を駆使して価値評価を実施する。DCF法がいずれも最も合理的な評価手法とされている点は同じである。DCF法の主観性を排除し、客観性を強化した別の評価手法としてマーケット・アプローチがあり、最後にコスト・アプローチが念のため補完する関係にある点も同じである。
・不動産の価値評価では、不動産鑑定士という国家資格保有者が存在しているが、事業の価値評価では専門の国家資格は存在していない(誰でも専門家と名乗れる。学生アルバイトやパート主婦に計算させても専門家と名乗れる)。不動産鑑定評価書は一定規模以上の売買案件では通常取得するが、株式価値算定評価書は(上場企業を対象企業とする株式公開買付(TOB)の際は必ず取得するが)圧倒的多数のM&A案件では取得は任意である。
【Plus】例えば、DCF法価値1,000の不動産のみを保有する企業がいるとする。この企業の営業利益は50、税引後利益は35、純資産が100、借入が700とする。この会社の株式価値は、DCF法の事業価値1,000から有利子負債700を引いた300となるはずである。しかし、年買法で評価すると、純資産100+営業利益50×(1~3年)なので、150~250となる。「普通に考えておかしいのが通常」なのが年買法である。安定している不動産を法人で包んだら価値が半分になってしまうらしいのである。この逆で、年買法で評価すると、タダ同然やマイナス価値の株にそれなりの価値が付いてしまうことも多い(しかし、誰も買わないので成立するのは半値以下のバーゲンセール案件ばかりとなる)。
【Plus】収益性不動産は立地や建物スペックで価値の大半が決まり、大きく上振れしたり、下振れしない比較的安定したミドルリスク・ミドルリターン資産とされている。一方、未上場会社の支配株式は、大きく上振れする可能性がある(というよりも、そのために会社を興したはずである)ハイリスクハイリターン資産である。この価値を最大限取り込むのが、セルサイドM&Aバリュエーションであり、M&A買主選びであり、情報開示、提案交渉なのである。つまり、さきほどの仮説事例では、営業利益は現在50で今後も当面50前後であろう。しかし、事業であれば来年100、再来年300になってもおかしくない。つまり、ユニークな強みを持ち、一定の規模のある企業の「今の」事業価値は、300どころか1,000とか5,000を超えても、なんらおかしくないのである。天井がない代わりリスクも高い起業にチャレンジした、勇敢で努力家で幸運にも恵まれた創業オーナー社長にとっての集大成がM&A会社売却という大舞台である。これを台無しにしてしまうのが、倍率が硬直的なマーケット・アプローチ、もしくはコスト・アプローチである。バリュエーションは、状況に応じてフレキシブルに実施し、合理的に根拠を示さないと無意味なただの数字なのである。
【Plus】一般に、収益性不動産(賃貸マンションやオフィスビル等)を保有するリスクは、事業投資のリスクよりも小さいとされる。そのため、不動産DCF法の割引率は非常に低い(無リスク利子率に加える不動産リスクプレミアム自体が、例えば都心では2%台とかになるほど小さい)。一方、事業のリスクプレミアムであるエクイティリスクプレミアムは少し高い。日本の上場企業に適用されるプレミアムはせいぜい6~7%で安定推移している。最もリスクの高い投資の1つであるスタートアップ投資の場合、割引率は50%とか100%になることもある。投資家は「毎年この利回りで運用できるなら投資する(大金を支払い、損失を被るリスクを負う)」と平均的に考えている、ということである。一方、年買法での価格とキャッシュフローの関係から「年買法は一体何パーセントの割引率で評価しているのと同じなのか」を確認してみると、驚きの結果となる。未上場会社のリスクが、上場会社より高いのは仕方がない。流動性がないし、規模や知名度や信用が違うからである。「不動産の割引率(=投資リスク)が1桁前半、上場企業が1桁後半、では、収益性・安定性・成長に期待の持てる優良な未上場中堅中小企業の割引率は?」と考えてみるとよい。年買法は、バリュエーションの最重要要素である「思考」を放棄しているので、スタートアップの割引率さえ超えたりする。