◆不動産賃貸借契約とは、賃貸人(オーナー)が所有する不動産を、賃借人(テナント)が一定期間使用することを目的とする契約である。
◆経済環境(景気や物価など)、立地(オフィス立地、商業立地、工場立地や住宅立地など)、建物グレード(築年や附帯設備など)、居室グレード(面積、間取りや方角など)や物件用途(オフィス用途、店舗用途、倉庫用途、工場用途、社宅用途など)等に応じて賃料水準が変動する。商業施設内の賃貸テナント物件の場合には、売上等に連動して賃料が増減する契約も多い。
◆不動産賃貸契約には、通常、賃貸期間、契約更新・解約条件、原状回復義務などについての定めが明記される。経営者にとって、不動産は事業を継続する上で不可欠な経営資源であり、不動産オーナーの都合で突然、退去を命じられうる状況にあれば、外部からの事業の持続可能性評価が厳しくなるリスクがある。オーナー都合の退去の可否に関連した不動産賃貸借契約の種類を整理すると以下のようになる。
契約の種類 | 定義・特徴 | オーナー都合での退去方法・難易度 | 更新の可否 |
---|---|---|---|
普通借家契約 | 一般的な賃貸借契約。契約期間終了後、自動更新が原則。 | ・正当事由が必要(建物の老朽化、自己使用など)。 ・「立退料」を受領できる場合も多い。 | 自動更新が基本 |
定期借家契約 | 契約期間が終了すると確定的に契約終了。更新なし。 | 契約期間満了で終了(正当事由不要)。 契約前の説明が必要(書面で説明し、合意することが前提)。 | 更新不可だが、新たに新契約を結ぶことはオーナーと合意すれば可能。 |
一時使用賃貸借契約 | 事業や建築工事など、特定の目的で短期間利用する契約。 | 契約期間終了後、自動的に退去(正当事由不要)。 | 更新不可 |
借地契約 | 土地を借りて建物を建築するための契約。 | ・正当事由が必要(立退料が発生するケースあり)。 | 更新可能 |
事業用定期借地契約 | 事業目的で土地を一定期間借りる契約(10年以上50年未満)。 | 契約期間満了で終了。 | 更新不可 |
建物譲渡特約付き借地権 | 契約終了時に借主が建物をオーナーに譲渡し、土地を返還する契約。 | 建物譲渡により円滑に退去可能。 | 更新不可 |
◆不動産賃貸借以外の不動産物件の調達方法には以下を挙げられる。
購入:企業が不動産を直接購入し、資産計上する方法。
メリット:資産として計上されるため、担保価値を持ち、財務の安定性を示せる。
デメリット:大きな初期投資が必要で、資金効率が低下する。
賃借(リース):不動産オーナー(不動産リース会社)が所有する物件を一定期間借りる方法。契約満了後、返却または買取オプションがつく場合もある。
メリット:初期投資が不要で、キャッシュフローを温存可能。
デメリット:不動産コストがトータルで高くなる可能性が高い。
シェアオフィス:必要な時間やスペース分だけ利用する方式。
メリット:柔軟性が高く、短期利用に適している。初期費用が低く、設備が整っている。
デメリット:セキュリティ面でのリスクや、独自の空間設計が難しい。長期的には割高となる。
サブリース:不動産オーナー以外から賃貸物件を又借りする方法。地方支店は間借りするなども。
メリット:通常より低コストでの調達が可能な場合がある。
デメリット:契約が不安定で、解約リスクが不透明な場合がある。
バーチャルオフィス:登記上の本店所在地の名義を借り、実際の事業運営は自宅や低賃料スペースなどを活用する方法。
メリット:大半の役職員がリモートで業務可能な場合、不動産コストを大幅に節約可能。
デメリット:リモートワーク向けのセキュリティ対策が必要となり、形式を重んじる外部者からの信頼性が下がる場合がある。
◆新リース会計基準が適用される2027/4以降開始事業年度からは、ファイナンス・リースに該当する不動産賃貸借契約は、リース資産(想定購入額)・リース債務(想定借入額)として貸借対照表に計上される。オペレーティング・リースに該当する場合も、同様に売買処理を必要とされる場合がある。
正しい企業価値評価において「事業で使用する不動産」の「資産」の大きさはどうでもよい。それによって増減する「純資産」もどうでもよい。「不動産を使ってどれだけ稼げるか(将来のフリーキャッシュフローやEBITDA)」が重要なのである。ただし、事業で使用していない「非事業用の不動産」(賃貸オフィスや賃貸マンションなどの収益投資物件)は例外である。売却可能価額(市場評価額)がM&Aバリュエーションにそのまま反映される。物件次第、状況次第であるが、売り時があれば下手に待たずに売っておく方がよい。M&Aでは、流動性の低い不動産や類似取引の少ない不動産の市場評価額は、保守的にディスカウント評価されてしまいがちであり、Cash is King(キャッシュ(現預金)は異論を挟む余地なくバリュエーションに反映される)だからである。人任せにすると過大なマージンを抜かれるのである。売却準備として、以下のような施策が考えられる。
物件の最適化:現在利用している不動産の中でダウンサイズできる物件については、よりコンパクトな物件に移転したり、余剰スペースをサブリースして収益化することも考えられる。複数の物件をまとめ、1つの物件に集約することで、トータルの不動産コストを圧縮できる場合もある。必要スペースの圧縮のため、リモートワークや外注化(アウトソース)が可能な業務を見つけられれば、人件費(交通費、残業代など含む)の圧縮まで可能である。
リースバックの活用:継続的に使用する事業用不動産をセールアンドリースバック(一旦売却し、同物件をリースバック)することで、使用を継続しながらも資金調達ができ、超過リターンを見込める成長投資に回すことが可能となる。キャッシュフロー改善策や資金調達として有効である。
不要な購入の回避:不動産を購入し「自己所有」する方が、たしかに長期的に見れば安上がりとなる。しかし、不動産は、用途次第では超長期間使用するものであり、経済環境、競争環境や事業戦略によって、途中で不要となる場合もあり、流動性が高いとは限らないから、大きな財務負担に耐えてまで購入に拘る必要はない。むしろ賃貸借(リース)の方が、小回りが利く面もある。しばしば「不動産の自己所有」というラベルに価値を感じる経営者がいるが、多くの合理的な買主は「余計な負担」と感じる。個々の用途や将来のリターン・リスクを考慮して調達方法を検討すべきである。但し、極めて例外的ではあるが、土地の所有を夢に見る国(アジア諸国の華僑等中華系)の投資家が、買主候補の筆頭格の場合には話が変わる。
バーチャルオフィスの活用:一部の「形式を重視する買主」からの評価が下がるリスクはあるが、「合理的で柔軟な買主」からすれば、必要なセキュリティ対策や、役職員間での創造的な協働を証明できることを条件に、スペース調達代が小さく済むバーチャルオフィスの活用は、むしろ歓迎できることである。
【Plus】M&Aで低い評価を避けるための準備
物件管理の透明性:所有物件や賃借物件などの不動産情報を一覧化し、賃料(購入代金)、契約期間、解約条項などを整理しておく。買主がデューデリジェンス(DD)で不動産関連の情報をスムーズに確認できるよう、不動産賃貸借契約の原本も整備しておくべきである。万が一、契約書が見つからない等の事情があれば、不動産オーナーに再発行または写しをもらえるよう依頼しておくとよい。重要契約書の紛失が発覚すれば「杜撰な管理体制であるためリスクが潜んでいる?」と買主を不必要に疑心暗鬼にさせてしまう。
原状回復費用のリスク把握:オフィスや店舗などの賃貸物件では、退去時に多額の原状回復費用が発生する可能性がある。契約内容を確認し、将来的な費用を合理的に説明できるようにしておく(保守的に引当金を積んでおくとさらに印象がよい)。状況次第では、条件を交渉して緩和しておくとよい。
資産除去債務の把握:例えば、工場の敷地(土地)に化学物質が浸透している場合には多額の土地の改良工事が必要となる。このような資産を除去する際に必要とされる費用について、上場会社は見積もって情報開示しなければならない。多くの対象企業は、制度上の開示義務はないが、M&Aでマイナス評価を避けるには、このような情報についても速やかに試算して開示できることを示すことが重要である。もし、重大なリスクの疑いが思いつくのであれば、自ら土壌調査等をした方がよいかもしれない。M&A交渉の中盤以降のESGデュー・ディリジェンスにおいて、重大な問題が発覚すると、破談や大幅ディスカウントとなってしまう。
賃料の妥当性の検証:契約中の賃料が市場価格とかけ離れていないか確認する。適正料金であることを証明できれば、DDでのマイナス評価を回避できる。もし近隣相場よりも大幅に安い条件なら「今後、賃上げのリスクが高い」と買主から評価されてしまう。できることをやっておくと安心である。
契約内容の見直しと交渉:不要な物件で速やかに解約したいものの、多額の違約金条項があるなど中途解約が難しい契約は、契約期間短縮の交渉を行い、柔軟な条件に変更できれば安心である。特に、業績悪化時の賃料減額条項等がある場合は、その内容を整理し、必要に応じ発動させる。
リスク管理の徹底:物件の災害リスク、老朽化リスク、環境規制などに対応した対策を事前に講じる。不動産関連の保険加入状況なども確認しておくことが望ましい。