◆売却交渉とは、M&A(合併及び買収)において、自社の売却を検討している売主と、買収を希望する買主が、価格その他の条件について、M&Aアドバイザー(またはビジネスブローカー)を通じて協議し、それらについての主張と反論、根拠や証拠の提出と評価を繰り返し、詳細に合意するまでの過程を指す。
◆単なる価格交渉だけでなく、M&Aスキーム、クロージングの時期・方法、経営者の役割・報酬・義務等、従業員の処遇、オーナー資産・負債の扱い、その他最終契約の各種重要条項(前提条件、表明保証や補償など)など、多岐にわたる要素が含まれる。交渉の成否は、対象企業の事業継続性や成長可能性に大きな影響を与えるし、売却価格やリスク配分を通じて、売主のM&A成約後の人生に大きな影響を与える。また、売却交渉で実現可能なポテンシャルやその可能性は、どの買主を選ぶかだけでなく、M&Aアドバイザー等の選択を含む売却準備によって大きく左右される。
◆交渉力とは、つまり「有益性」「希少性」によって大きく変動する。これらを情報として伝達し、買主の理解や心情を読み取りながらタイミングよくカードを切り出し、売主の希望を最大限実現させる買主の心理の誘導、「交渉技術」こそが「売却交渉」である。
◆つまり、「欲しい」「この会社を手に入れられれば」と買主の期待を膨らませるのが「有益性」である。また「この案件は稀有な投資機会」「競合企業に奪われてはマズい」と買主の期待を膨張させ危機感を煽るのが「希少性」である。これらの交渉の武器を用意するプロセスが「売却準備」であり、用意した武器を最大限に生かす技術こそが「売却交渉」である。これらは売却交渉における攻めの面である。
◆一方、何も防御しないと後で取り返しのつかないダメージを受けるリスクもあるため、同時に売主の防御(期待をギリギリまで高めつつも、機密情報はギリギリまで保護する)も非常に重要である。また、買主は常に「ダウンサイドリスク」「想定外のダメージ」を恐れる。多くの買主は組織的意思決定を下すため、大反対に回る意思決定参加者が1人でもいたら、破談や大幅なマイナス価格調整なども想定される。買主の「不安」を抑え込むための情報提供活動も極めて重要である。
◆売却交渉の主な種類としては、
1.競争入札
2.相対交渉
3. 参加数限定競争入札
4. 期間限定相対交渉
が存在する。いずれもメリットはあり、デメリットもある。売主のM&A目的や対象企業の状況を踏まえ、最適な売却交渉のスタイルを選択することが重要である。
【Plus】売主が享受できる売却交渉の選択肢とその恩恵は、M&A業者の報酬発生態様によって大きく変わる。片手報酬のFAであれば全て可能かつ高品質サービスも期待しやすい。一方、両手報酬のM&A仲介の場合、事実上、相対交渉のみとなる上、交渉にもならないほど買主の利益を優先するケースも存在するため、細心の注意を払って依頼先を決定すべきである。通常、片手報酬のFAも選べるという「ときどきFA業者」はサービス品質が低く、職業倫理意識が低いリスクが高いため、要注意である。それ以上に、無料業者は売主の利益を守る義務すらないため、無料業者しか雇えない状況の売主は(本来M&AやBBを選択すべきではないが、どうしても売りたいのであれば)十分に注意して、自分の力だけで買主や買主サイドの専門家と交渉する意気込みで臨むべきである。
【Plus】中堅中小企業の場合、市場で勝ち残るための競争戦略として「差別化戦略」を採用しているケースが多い。つまり、ユニークな強みがあるがゆえ、生存競争を勝ち抜いてきた会社が、中堅中小M&Aの対象企業となるケースが少なくない。このユニークさは、前述の「有益性」に直結する極めてパワフルな武器になる。一方、ユニークさは、「扱いづらい」「予測しにくい」「代替手段がない」など、心配性の買主から見れば「不安」にも直結してしまう。そのため、細心の注意を払って売却準備をして、M&Aでの評価を上げつつ、下げないことが重要となる。情報開示で不安を煽ってしまうと入口で門前払いだし、上手に情報開示をコントロールすれば大きな武器になる。
【Plus】売却交渉を有利に進めたいと思う売主が、意図的にマイナス情報を隠そうとするケースが存在する。しかし、これは多くのケースに売主にとって不利に働く。売却準備によって重要な欠陥等はキレイに治癒しておく等が本当に望ましい対処方法である。
・DDでバレたら交渉力を一気に失う
・DDでバレなくても成約後の補償期間内でバレたら後で返金させられる
・高い価格を基準とした高い成功報酬を支払い、返金させられても成功報酬は返ってこない