◆株式譲渡とは、株式会社(対象企業)の株主(売主)が保有する株式を第三者(買主)に譲渡することを通じ、会社経営権の根源である株主権(議決権、配当請求権及び残余財産分配請求権)を買主に移転するのと同時に、売主がその対価として現金を受領するというM&Aスキームの一種である。複数のM&Aスキームを組み合わせたり、時間軸を絡めることで、売主の利益を最大化することが可能になることも多い。
◆会社法127条以下に基づき、株式は原則として自由に譲渡可能とされている。ただし、株式譲渡制限を定款で定めている場合、定款の定めに従い、株主総会等での承認が必要となる。


◆株式譲渡がもたらす「売主への効果」としては以下のものが挙げられる。
▽経済効果:株式の譲渡代金が即時にキャッシュとして得られる。
▽株主権の喪失(減少):株主としての議決権、配当請求権や残余財産分配権が消滅(減少)する。
▽責任の消滅:株主としての責任(法的責任のほか仁義的な責任なども)が消滅(減少)する。
▽税金:株式譲渡所得課税(申告分離課税の所得税)が課される。
▽経営者保証:経営者が銀行借入等で経営者保証をしている場合、売却後、買主が新たな保証人となるか、買主と共に金融機関と協議する等で、経営者保証を解除できるケースがある。
◆株式譲渡に時間軸を絡めた「派生的な株式譲渡スキーム」
▽100%株式譲渡:売主は保有全株式を現金化できるため、経済効果を即座に確定できる。他方、買主は意思決定権を完全に掌握できる。ここで、買主が完全支配を好む場合、売主が多段階株式譲渡を希望しても叶わないこともある。逆に、売主がM&A実行後も経営者を継続する場合、100%株式を売却すると企業価値向上への経済的インセンティブがなくなるため、買主が敬遠することもある。
▽多段階株式譲渡:売主はM&A実行後も一部株式を保持し続け、一定期間後に残りを買主(又は買主の譲渡先又は上場時又は上場後)に譲渡する。買主が対象企業の現経営者を高く評価する場合、かつ、売主が即座の経営者引退を必要としない場合、保有する全株式を売却せず、段階的に売却する方が売主・買主にとって利益が大きくなる。一部株式を継続保有することで、売主は経済的利益を最大化しやすい一方、リスクも一定期間共有する。確実に継続保有株式を売却できるような設計が重要である。
▽株式譲渡+アーンアウト:売主は株式譲渡(100%又は多段階)をしつつ、売主・買主間の価格ギャップの解決策として(または継続経営者のインセンティブとして)将来の対象企業の業績を原資とした追加払い(アーンアウト)を受ける。売主が経営権を失った後の対象企業の業績を条件とするため、慎重な設計が必須となる。通常、EBITDAやフリー・キャッシュフロー等の財務指標が一定額を上回った場合に、事前に定めた計算式に従ってアーンアウト額が決定される。
▽株式譲渡+親会社への再投資:売主は株式譲渡(通常100%)をした上で、売却資金の一部を用いて買主企業(対象企業の親会社)の第三者割当増資を引受ける等し、買主企業の株主となる。一定期間後に買主企業株式を第三者等に譲渡する。例えば、買主企業が新規株式公開(IPO)を予定している場合では、売出(公開時に売却)に参加したり、市場売却(上場後に市場で売却)をすることで、より大きな創業者利潤を実現可能となる場合がある。ただし、通常、ロックアップ期間(期間経過等の条件を充足するまでは市場売却を制限される)を設けられるため、慎重に買主企業の将来業績予想等を吟味する必要性がある。また、再投資するにあたり一旦税金(株式譲渡所得課税)を納付する必要がある(但し、株式の取得対価が切り上がるため、税金の前払いのような性質を持つ)。
◆株式譲渡とは、対象企業自体には何の変化もなく、株主名義が変わるだけである。対象企業に属する全てのリスクは、そのまま継続する。つまり、買主は対象企業の全てのリスクについて売主に代わって負担することになる。このリスクの評価は、短期間のDDでは不十分、将来予測であるため予測困難であるため、その備えとして、最終契約の中で、リスク分担を調整するための各種条項が設けられる。基本的に「M&A実行後に発生した損失等」につき、「売主が経営していた時代に原因があったのなら売主が負担」、「買主が経営した後に原因があるなら買主が負担」という形が公平である。しかし、買主の利益最大化を目的とする買主サイド弁護士は必ずしも公平性を重視しない(というよりもチャンスがあれば買主有利に誘導するのがミッション)。不合理な将来損失の責任を押し付けられないよう、売主は慎重に最終契約の内容を吟味してから調印すべきである。
▽買主が実質承継する対象企業リスク:
具体的には、以下のようなものが挙げられる。
・引当金等の負債として計上していない将来の債務(退職金、賞与など)
・追徴税
・顧客や取引先等からの損害賠償請求
・従業員との労務トラブル
・環境関連の洗浄費用等
・債務保証
・金融取引(為替や先物等のデリバティブ取引)
▽リスク調整のための最終契約条項:
・表明保証条項:売主が、対象企業に関する各種事実について、真実であることを表明し保証する。透明性の高い開示をしておけば、多くの表明保証違反のリスクは軽減できる。
・補償条項:表明保証違反等の一定の条件に抵触した場合、売主が損害を補填する。
【Plus】売却準備の重要性:
以下のような売却準備を行うことで、株式譲渡に関連するリスクや交渉負担を最小化し、株式価値評価額を最大化できる。M&A案件の場合(BB案件除く)、「M&A×売主利益最大化」という独特の視座からの売却準備をすることが重要である。これがM&A初心者には困難を極める。優良なM&Aアドバイザーを起用するだけで売却価格が数倍(ときに10倍以上)に増加(BB業者の年買法価格比)するケースも多いのはこういう背景があるからである。
◆売却準備の一例:
▽信頼でき腕の立つM&Aアドバイザーの早めの起用により、売却準備のサポートを受ける。
▽まず、EBITDA倍率法やDCF法などの正しい株式価値評価(現状把握)を実施し、重点対策ポイントを把握しておく。
▽全てのコアとなる財務モデルで走る事業計画を策定し、実効的かつ説明力のある業績改善方法を定量的かつ合理的に徹底検討。
▽M&Aバリュエーション手法に乗りやすい業績作り(企業規模・成長性・安定性・収益性)。
▽売却期待値(売却額と実行可能性の掛け算)の高い買主候補のリストアップ。
▽対象企業の問題、課題や欠陥等を洗い出し、事前に治癒または対処法を言語化(必要に応じセルサイドDDの実施)。
▽ディールブレイカー要素や大幅ディスカウント要素の排除。
▽高品質な情報開示(インフォメーション・メモランダムやDD開示資料等)の準備。
▽DD対策(事業DD・財務DD・税務DD・法務DDは必須)。
▽マネジメント・インタビュー対策。
▽M&Aスキームの候補(組合せ+時間軸)を検討し、事前に障害を排除。
▽シナジー効果の候補を検討し、インパクトや実現可能性を高めるための方法を検討。
▽バックオフィスの高度化やDX化の進展。
▽少数株主との事前協議(一致団結)。
▽最終契約ドラフトの作成(買主作成のドラフトを使わずに有利に交渉できる)。
▽引退予定の場合、可能な限り、後継者候補(又は一部重要業務を代替可能な幹部人材)の育成。