◆後継者育成とは、今の経営者が引退した後も事業を円滑に継続できるよう、次世代リーダーを計画的に育成するプロセスを指す。特に、M&A会社売却を前提とした後継者育成は、M&A買主候補の離脱防止や価格ディスカウントの回避という観点から極めて重要である。
◆中堅中小M&Aでは、事業承継型M&Aが多く、M&A売主は「引退したいからM&A会社売却を決断する」場合が多い。しかし、M&A買主から見れば、あくまで「現経営者が引退する事によるリスクを割引いた価値」での評価をせざるをえないため「後継者候補不在・能力不足リスク」が大きいなら、高額評価はしてあげたくてもできない立場にある。
◆そのため、引退を希望する売主は「自分が会社からいなくなっても企業価値を持続・向上できる組織を作る」ことを最後の大仕事にすべきである。M&A買主に「対象企業の後継者に最適な人材がちょうど今浮いていること」を期待するのはギャンブル性が高く、ビジネスリーダーの選択肢として不適切である。
◆優れたM&A買主ほど、シナジー効果や独自の成長・改善ノウハウ等を具体的に期待でき、高額売却の可能性が高い。しかし、優れたM&A買主ほど、リスクに敏感であり、対象企業の後継者リスクが高ければ買収自体を敬遠する。

◆特にユニークな強みを持つ対象企業こそ、後継者候補を用意してから高額売却を目指すべきである。ユニークであるがゆえ高額売却の可能性も高いが、ユニークであるがゆえ後継者を見つけるのは平凡な会社より困難だからである。後継者育成の過程で、対象企業が現経営者への依存体質を脱却できるメリットも大きい。属人的な要素で成り立つ対象企業は、競争優位性の持続可能性に疑問が生じやすく、バリュエーションにおいて大きなディスカウントをされやすいからである。
◆後継者を選ぶポイントは、一般論としては以下のとおり。
▽リーダーの器:
・キーパーソン(幹部役職員・顧客・取引先等)に一目置かれる人間性を持っているか?
・他人に責任を押し付けることがなく、部下の自主的なチャレンジ意欲を引き出すことができるか?
・リスクを冷静に管理しながらチャレンジできる人物か?
▽経営目標の共有:
・企業のビジョンやオーナーの期待を理解し、目指すべき目標に沿った行動を示せるか?
・定量的な目標を設定し、具体的な施策に落とせるか?
・マネージャーや現場担当者に目標を浸透させることができるか?
▽M&A目標の共有:
・M&A後の企業文化の変化に対応できるような(買主からも評価される)柔軟性を持っているか?
・売主のM&A目標達成の障害にならないか?
・M&A会社売却を検討していることを打ち明けても、他の従業員等に口外しないか(口が堅いか)?
▽成長ドライバーでの圧倒的実績:
・事業の成長に貢献した実績を持っているか?
・開発・生産・販売などの主要部門で全員が認めるような成果を上げた経験があるか?
・最も重要な成長ドライバーを正確に理解し、その強化のリーダーになれるか?
▽非情さと温厚さ:
・論理と数字で決断できるか?
・対人的な温かさを備えているか?
・対人的な厳しさを備えているか?
▽会社オーナーと相性が良い人間性:
・親密に議論を交わしたり、相談に乗れるくらい、売主と相性が良い人間性を持っているか?
・典型的な新オーナーの人物像(大組織の有力者)と相性が良いか?
・生まれつき人柄の良い人間性(ネイチャード・グッドパーソン)の人物が望ましい。
◆ 後継者育成方法は様々考えられるが、1つの例を挙げると以下のとおり。
▽ エグゼクティブコーチングを付ける:
・垂直的指揮命令関係にある売主が後継者候補の育成にあたる限界やデメリットを理解する。
・外部エグゼクティブコーチを起用するなどし、トップリーダーとしての器・意識への変革を促す。
・財務目標(ゴール)理解とその達成手段(需要理解・提供価値・販売強化・資源合理化)を強化する育成プログラムを導入する。
▽ 複数名の候補で競争させる:
・できるだけ複数の後継者候補を設定し、競争させることで成長を促進(必要なら候補者を採用)。
・競争によって、候補者全体のスキルと経験が向上スピードを加速する。
・競争手段が「ライバルの足をひっぱる」ではないことを確認する。
▽ 結果責任を負担させない:
・後継者候補に取れる範囲のリスクを取って常に挑戦するよう義務づける。
・最終責任は現経営者が持つと明確に宣言しておく。
・移譲権限の範囲を明確化し、必要に応じ、事前に承諾を得る義務を課す。
▽ インセンティブを付与:
・本人がやってみたいこと(新事業展開など)への挑戦機会を与える。
・ストックオプションや特別賞与などの経済的便益を付与する。
・その他、後継者本人の意欲を引き出すインセンティブ(家族との時間等)があれば付与する。
【Plus】売却時期と後継者育成のタイミング
▽早めの育成開始が必須:本格的な後継者育成には最短でも数年が必要である。M&A会社売却と早期引退を希望する売主は、早めに育成を開始すべきである。「後継者としてふさわしい実績作り」に必要な期間を確保できると望ましい。どうしても急ぐ場合も、できるだけ早めに優良なM&Aアドバイザー(契約前の無料相談の一環として)と対策について相談すべき。
▽M&Aを目指す事を共有:後継者候補に限定して「M&A会社売却を検討している事」を打ち明ける。M&A会社売却によって「後継者候補のキャリアアップの機会」や「対象企業の成長の機会」が増えるメリットを丁寧に説明する。
▽本人次第:株式会社の取締役の選解任権は、株主総会(過半株主の意思)にある。売主が後継者を決められるのはM&A実行前までであり、M&A実行後は買主にその権利が移動する。本人の頑張り次第である事を説明しておくべきである。
▽経営者ポジション就任期間を確保:できれば1年以上、後継者候補としてふさわしい地位(上位の取締役または執行役員)での就任期間を作ることが望ましい。形式が重要な場合もある。
【Plus】M&A売主が高額売却の障害となる「引退による不安」を解消する方法
▽引退予定の現経営者の役割を説明:現経営者引退リスクが小さいことを説明するため、現経営者が権限の一部を委譲していて、残る役割が限定的であることをインフォメーション・メモランダム(IM)やマネジメント・インタビューでしっかり説明する。
▽適性のある後継者候補の存在をアピール:IMに「後継者候補の経歴・実績・人物像」等を明記し、幹部役職員インタビューの際に、後継者候補による買主への事業計画等のプレゼンをさせ、質疑応答で合理的に回答できるよう準備させる。
▽安心プランを用意:現経営者の引退リスクがどうしても残る場合には、例えば、代表権のない会長・顧問・相談役等として当面の間会社に残る「安心プラン」を提示し、買主の不安を軽減する。経営責任は限定的、経営者保証も外せる可能性が高く、少額でも役員報酬を貰えるはずである。但し、この場合、「退職所得の優遇税制を利用した形での多額の役員退職慰労金」を早期に受け取ることができなくなる場合がある点は留意が必要である。優良なM&Aアドバイザーと「売却対価の節税スキーム」について相談すると良い。