◆日本において、金融所得に対する課税は、個人の場合は所得税・住民税の対象となる。金融所得とは、主に株式や債券などの金融資産から得られる収入を指し、利子所得、配当所得、譲渡所得、為替差益などが含まれる。金融所得には原則として総合課税(累進税率)ではなく、分離課税(固定税率)が適用され、20.315%(所得税15.315%、住民税5%)の税率が適用される。
◆M&A売主がまず気になる金融所得課税は、株式譲渡所得課税であろう。また、M&A会社売却に成功し、富裕層や超富裕層になれば、多くの人は金融資産を資産運用をする。いずれにしても、金融所得課税が増税されるとその負担は大きくなる。
◆M&A売主がクロージングできた年の翌年3月中旬期限で支払う株式譲渡所得課税は、以下のように整理できる。ただし、超富裕層ミニマムタックスが2025年から適用され、M&A会社売却や土地建物売却等で巨額所得を得た人を中心に、分離課税メリットが大幅軽減されてしまうため、早めに適切な対策を講ずる必要性が高くなっている。
課税対象:
株式譲渡所得とは、譲渡価格(M&A現金対価等)から取得価格(出資金等)および関連費用(M&A成功報酬等)を控除した額である。つまり株式譲渡して利益が出た場合にのみ課税対象となる。これに対して、損失が出た場合には繰越控除が認められている。
税率:
日本における株式譲渡所得の税率は20.315%(所得税15.315%、住民税5%)である。分離課税の形で課税され、所得が他に多くても、総合課税とはされないため、高額所得者にとっては税負担を一定に保つことができる。但し、超富裕層ミニマムタックスが適用された後は、M&A市場で会社売却すると増税となる一方、BB市場で会社売却しても増税にはならない。
特定口座と一般口座:
未上場会社を売却した場合は関係ないが、上場会社を売却した場合、株式譲渡所得の計算方法は、証券会社が計算し源泉徴収で完結する特定口座(源泉徴収あり)、もしくは、確定申告を要する特定口座(源泉徴収なし)及び一般口座がある。
株式譲渡損失の損益通算及び繰越控除:
M&A市場で会社売却した場合は関係ないが、本来は準備して清算した方が得なのにBB市場で会社売却してしまった場合、または、BB市場で大幅な過小評価をされつつ妥協して売却してしまった場合には、株式売却損失が発生する場合がある。この損失は、その年に株式譲渡所得や配当所得と損益通算でき、もしくは、3年間繰り越して、株式譲渡所得や配当所得と相殺することが可能である。つまり他に株式投資をしていて、売却益や配当がなければ、BB会社売却損失は税務上まったく考慮されない。
【Plus】M&A売主にとって株式譲渡所得課税は、売却準備活動の中で対策を立てることが重要である。例えば、多段階株式譲渡によって複数年に跨って売却することで課税所得を分散させたり、高額評価されないうちに親族等に株式を安い評価で済む税務上の評価方式(純資産ベース評価等)で譲渡もしくは生前贈与しておき、課税所得を分散させると、超富裕層ミニマムタックス対策になる。他にも、可能な人は、繰越控除の活用など、適切な税負担軽減策を検討する必要がある。
【Plus】M&A売主にとって、M&A成功後の資産運用関連の税金について知っておくことは有意義である。ここで、金融商品には、上記の金融所得課税の対象になる金融商品と、対象外の金融商品があることを理解することは重要である。一部の金融商品は、分離課税ではなく総合課税(雑所得)の対象となるし、さらに含み益課税される金融商品も存在する。
【Plus】累進課税となる総合課税(雑所得)の対象となる金融商品には、海外FX(外国為替証拠金取引※国内FXは申告分離)、暗号資産(仮想通貨)、貸付型クラウドファンディング、差金決済取引(CFD)は雑所得として扱われ、総合課税(累進税率)の対象となる。
【Plus】租税法では「担税力」を考慮するため、通常、現金収入を伴う実現益に対して課税する。しかし、一部金融商品は、含み益の段階、つまり、現金収入がない段階で課税されるため特別な注意を要する。含み益課税の対象となる金融商品のうち、M&A売主にとって特に重要なのは、税制非適格ストックオプションである。M&A会社売却後のリテンションプランとしてストックオプションが利用される場合があり、税制非適格タイプであれば、含み益課税となる可能性がある。最悪ケースでは自己破産となるリスクがあるため、導入時には新オーナーとの間で慎重に議論すべきである。