◆超富裕層ミニマムタックスとは、所得1億円から所得税率が下がっていく「1億円の壁」が、超富裕層を優遇しているとの批判に対応し、トップアップ方式で最低税額を計算し、通常の所得税額を超える場合には追加税額を納付する義務を課すというものである。
◆M&Aによって株式を現金化すると、株式譲渡所得課税が生じる。2024年までは申告分離課税(所得税率15.315%と住民税5.0%の合計20.315%)の固定税率で完結していた。しかし、超富裕層ミニマムタックスが開始される2025年以降、ある水準を超えると追加税額(所得税)を納付する義務が生ずる。所得税であるため、個人株主オーナーの場合にのみ影響し、法人株主オーナーであれば影響しない。
◆具体的には、合計所得(給与所得、株式譲渡所得や土地建物譲渡所得等の合計)のうち3.3億円を超えた金額に22.5%を乗じた税額(ミニマムタックス)と、通常の所得税額(総合累進課税の給与所得課税額、申告分離課税の株式譲渡所得課税額や土地建物譲渡所得課税額等の合計額)を比較し、大きい所得税額を納付することになる。
◆中堅中小M&Aで会社を売却する売主は、通常、毎年の役員報酬しか課税所得がないケースが多い。M&A成約の翌年には、役員報酬に係る所得税に、株式を現金化することに伴う株式譲渡所得課税が加わることになる。この合計金額が増えるというのが、超富裕層ミニマムタックスである。

◆例えば、給与所得(役員報酬額から給与所得控除を引いた額)が2,500万円のオーナー社長の場合、M&A市場で会社を30億円の譲渡所得(売却額から必要経費を引いた額)で売却すると、2024年税制下と比較し、追加税額は1億4,917万円となる。一方、BB市場で会社を1億円の譲渡所得で売却しても追加税額はゼロ円である。
【Plus】ギリギリ10億円の株式譲渡所得額までなら、特段の準備は不要である。しかし、それ以上になると、例えば15億円でも追加税額は3,000万円を超える。多額のキャッシュ(丸1年分の役員報酬クラス)が消滅するため、売却準備の中で、適切な節税対策を講ずるべきである。政府としては、30億円以上の超富裕層をターゲットにしているようだが、役員報酬のほかに所得のない中堅中小M&Aオーナーの実態に当てはめると、株式譲渡所得15億円辺りから、かなりの負担感となる。
【Plus】考えられる対策はいくつかあり、多少の時間的余裕が必要な場合もあるため、早めに準備しておくとよい。要は「所得税の対象から外れる、年間課税所得を下げる」である。大事なことは、M&Aに知見の深い税務専門家としっかり相談しながら、とにかく早めに準備をスタートすることである。M&A市場の合理的なバリュエーションと、資産税フレームの未上場株式評価額には大きな乖離があるため、これを活用すべきである。M&A市場とBB市場の評価の差に近いものがある。
・資産管理会社に株式を移す(個人所得税から離脱)※準備段階で納税の可能性あり
・親族等に株式を移す(納税義務者の分散)※準備段階で納税の可能性あり
・複数段階に分けて株式を売却する(時間で分散)
【Plus】例えば、30億円の株式譲渡所得の会社を売る場合、配偶者の奥さん(旦那さん)に半分を(安く)株式譲渡なり生前贈与して、さらにM&A売却を50%ずつの2回売却に分けるとすると、1人当たりの譲渡所得額は(厳密ではないが)1/4の7.5億円になるから、表を見てもらえば一目瞭然、追加税額はゼロ円である。
【Plus】「株式譲渡所得が15億円以上だと税金がすごい増える。じゃあ15億円以下に売却額を抑えないと!」と考える人がいるかもしれない。根本的に間違いである。他責志向パート主婦の「130万円の壁」と同じ思考回路だからだ。もちろん「なら、ちゃんと準備してもっと高く売ろう!」が健全思考である。所詮、追加税率は最大でも7%程度である。つまり「売却額を増額できたら少なくとも93%は手元に残る」のである。「(準備も対策もできるし)ミニマムタックスなんて些事」と考えた方がお得である。
【Plus】「プライベートエクイティファンドに買ってもらえるような会社を育成する」を仮のゴールにするとよい。つまり、複数段階に分けて、時間を分散し、1回目よりも高い評価で2回目、3回目と売却する機会を作りやすいのが「プライベートエクイティファンドに売る」だからである。場合によっては、2回目がIPO時の売出になるかもしれない。3回目は上場会社の大株主としての市場売却かもしれない。成長、シナジーや市場間格差によって1回目の数倍以上の評価になっていても全然おかしくない。親族への分散や、資産管理会社への移転もセットにすれば、対策は完璧だろう。
【Plus】事業会社(ストラテジックバイヤー)に売りたい場合、複数段階株式譲渡は相手次第で可能かもしれないが、多少のリスクがあり、工夫も必要となる。M&Aアドバイザーに相談し万全の対策をしておく必要がある。特にセルサイドLA(M&A弁護士)と相談し、最終契約の内容について、あらゆるシナリオに備えておくべきである。