◆バーチャルデータルーム(VDR)は、特にM&Aや第三者割当増資など資金調達などの取引において、重要な文書やデータを共有するためのオンラインプラットフォームである。VDRは、対象企業が機密情報や重要書類をデジタル形式で保管し、M&A買主候補者やDDプロバイダー等に対し、安全なアクセスを提供するシステムである。
◆VDRが浸透する前は、対象企業の会議室等の余剰スペースに、文書ファイルを詰め込んだ大量の段ボールとコピー機を配置し、DDプロバイダー等がコピーを取って持ち帰る(リアル)データルームによってDD資料の開示実務を運用していた。
◆VDR利用のメリットとしては、機密情報を保護するための高度なセキュリティ機能が提供されており、情報漏洩のリスクを低減できること、リモートでアクセス可能であり、物理的な移動が不要なこと、誰がいつどの資料を閲覧したかが自動記録されること、コピー作成や輸送コストを削減できること等が挙げられる。
◆一方、VDR利用のデメリットとしては、利用者が年配の士業の場合などでITに不慣れな場合、操作に慣れるのに時間がかかること、デジタル形式のデータの作成・整頓、ファイル毎の透かし・パスワード設定やアップロードに一定の手間がかかること、一部VDRシステムは利用料が高額であることが挙げられる。中堅中小規模以下の案件では、低料金で利用できるのクラウドストレージを基本的に使用しつつ、機密管理の重要性に応じ、情報単位で追加対策を講ずるべきである。
◆ 具体的なVDRツールとしては、以下を挙げられる。
・Intralinks: 複数の業界で使用されており、豊富な機能とサポートを提供。
・iDeals: 多機能なインターフェースを持ち、高いセキュリティ基準を満たしている。
・Merrill Datasite: 高度なデータ分析機能があり、M&A取引に特化している。
・Box: 一般的なクラウドストレージサービスだが、VDR機能も提供。
・Dropbox DocSend:一般的なクラウドストレージサービスだが、VDR機能も提供
・OneDrive: 一般的なクラウドストレージサービス
・GoogleDrive: 一般的なクラウドストレージサービス
◆M&A案件のDDのためにVDRを利用する場合、最も重要なのは、漏洩防止と利便性の両立である。DD開示情報は「多くの専門領域」「大量のファイル」「加工前の生情報」といった特徴を持つ。M&A買主に最終的な評価を下してもらうため、M&A売主に甚大な被害が生じうる最重要機密情報も含まれる。中堅中小M&A案件でも、VDR格納ファイル数は1,000以上になることも多く、DDプロバイダーが短期間で発見事項を分析整理しM&A買主に報告せねばならない。これらが絶妙にバランスよく両立されなければ、M&A売主の利益を損なうリスクがある。
【Plus】M&A売主としては、広範囲の専門知識を有するM&Aアドバイザーに「機密情報の重要度」を伝え、漏洩防止と利便性を調整してもらうと、社内役員・従業員の手間もかからない。いかにVDRのセキュリティ機能が高度であったとしても、最重要機密情報が情報受領者によって悪用されるリスクをゼロにすることは困難である。つまり、物理的に「情報漏洩した情報受領者」を特定できるようにする必要がある。「機密情報の重要度」に応じ以下対策を講じておくと安心感が増す。漏洩しても支障がないものまで過度のセキュリティを施すと、利用者の利便性を著しく損なうため、バランスが重要である。
・ファイルにパスワードを設定(競争入札で複数買主候補がいる場合、別々のパスワードを設定)
・印刷されると追跡が困難になるので「印刷不可」設定
・スクリーンショット印刷もさせないため「重要度に応じた受領者情報(社名>部署名>個人名)で透かし」挿入
・包括対策としてファイルに「閲覧可能期限」を設定
・そもそもVDRに格納せず、別途、情報受領者個人別に開示し、必要な作業が終わったらデータ破棄・返却
・M&A成約まで非開示または部分開示にとどめ、開示する場合一部情報にマスク(黒塗り処理)
・特別重要な機密情報開示が成約に不可欠である度合いに応じ、NDA内容(損害賠償条項など)をより厳格に定め、締結してから開示
・VDRの利用が終了したら、受領したデータや印刷物を破棄・返却したことを誓約させる