オーナー社長はただでさえ孤独になりやすい存在です。近づいてくるのはご機嫌取りばかり、従業員のモチベーションを高めるために時には厳しい叱咤激励もせねばなりません。社長、特にオーナー社長は、部下から遠い存在になりがちです。
そして、M&Aプロセスに入ると、さらにその孤独感は増すものと心得ておいてください。
M&A検討中のオーナー社長の孤独が増すメカニズム
M&A実行後も会社に残る、しかも当面過半数議決権を維持する意向の社長においてでも、M&A後の従業員からどのようにみられるかというと「1人だけお金をもらいやがって」というように思われることが多いのが実態です。日本人は(妄想に過ぎませんが)平等を好む(下方リスクへの忌避感が強い)民族なので、自分以外の成功を妬むのが標準的だからです。大金を獲得したオーナー社長に対して、バイサイド企業からのせっかくの正のプレッシャーを前向きにとらえず、「負担が増えた」と感じる保守的で精神的に自立できていない従業員も多いでしょうから、その不満や不安の矛先が、オーナー社長に向かう可能性もありえます。
自らリスクを背負い、市場・顧客と真向から対峙してきたオーナー社長と、会社に来れば給料を貰える安全第一・平均志向のサラリーマンでは、全くといってよいほど別人種なので、相いれないのは仕方ありません。
ましてや、M&Aというイベントの前後で人間関係が大きく変化することは決して珍しくありません。
創業当時から社長に付いてきた古参役員も、M&A後にバイサイドから送り込まれてきた優秀な新参者に負い目を感じたり、仕事の自由が減ったことに嫌気を感じて自分から去っていくというケースも頻繁に生じます。このような状況は、上場を果たした新規上場会社でもほとんど同じです。会社を、社長の個人商店から社会の公器にステップアップさせる過程で生じる不可避な摩擦現象と言えるでしょう。ある程度仕方のない摩擦であり、甘んじて受け入れるべき摩擦であると思います。一部の利己的・保守的な人間のために、リスクを取ってきた投資家であるオーナーが、正当な利益を実現させる機会を躊躇する必要は全くないと考えます。むしろ、起業家が大きな経済的利益を得るという事例を増やすことは、後の日本人の国際競争力の源泉にもなりますので、積極的にM&A等の創業者利潤の実現化を、当たりまえのツールとして、常に検討する選択肢として捉えるべきでしょう。自分の会社を自分のタイミングで売るということは、本来当然の権利ですし、国際的にはノーマルな行動なので、他人の目は気にしないようにしましょう。
場合によっては、会社を売却する前に、心を鬼にして、バイサイドにとって不要となる人材を切り捨てる必要があるケースも多いです。心理的につらい局面も生じることでしょう。投資家であるとともに、血の通った経営者でもあるのがオーナー社長ですから、この2役を同時にこなす際、心理的に大きな負担がかかる方が、正常だと思います。しかし、この孤独はしっかりと受け止めなければなりません。孤独の対価が、サラリーマンでは人生を10回、100回繰り返しても手に入らない大金や名声なのでしょう。
孤独をものともせずにM&Aの成功を勝ち取る方法
重要なのは、すべての孤独を1人で受け止める必要はないということです。こういうときに役に立つのが外部のパートナーです。単にM&Aの専門知識があるというだけではなく、様々な苦労や修羅場をくぐってきた本当のM&Aバンカーであれば、セルサイドオーナーの心の内を察してくれ、様々な相談に乗ってくれるはずです。M&Aバンカーを選ぶ際、能力や実績だけではなく、人物的に信頼できそうかも重視してください。また、本当にセルサイドオーナーの絶対的味方と信じてよいかどうか、M&Aバンカーの経済的インセンティブを正確に把握することも重要です。パートナーがセルサイドよりも、バイサイドを大事にしてバイサイドから経済的利益を得ようと思っているようなケースでは、交渉プロセスが進むほどに不信感が膨らんでいったり、最終的に、気づかずに劣悪条件で契約を締結してしまうかもしれません(条件は価格だけではなく、事後的調整等で大きな痛手を受けるような契約も自由に作れるのがM&Aの契約です)。自分と同じ舟に乗っている(=対立するインセンティブを一切持っていない)ことが絶対的味方の最低条件です。