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会社売却価格に大きな差が生じる理由:EBITDA倍率法の「倍率」とは?

2018/10/15

M&Aのお金(価格・税金)

M&Aの開示資料

会社売却価格に大きな差が生じる理由:EBITDA倍率法の「倍率」とは?

コーポレート・ファイナンス理論を勉強し、M&A実務の経験を積んだM&Aアドバイザーであれば、「この会社なら5倍かな。」「これだけ条件揃ってれば10倍いけるかも。」とか「この会社は3倍でも売れるかどうか。」など、必要な情報さえ頭に入ればEBITDA倍率法の「倍率」を目利きできるものです(必ずExcelで精査しますが)。類似会社比較(比準)法とか、マーケットマルチプル法等とも呼ばれますが、その中でも「EBITDA倍率法」を理解しておけば十分ですので、今回は、セルサイド(売り手)が知っておくべき「倍率」について解説したいと思います。

EBITDA倍率法等の個別評価手法よりも大事なM&A会社売却の秘訣をまとめた記事はコチラ

https://www.sherpa-capital-advisory.com/demo/knowledge/6698/

リアルなアンケート結果をまとめた記事はコチラ

https://www.sherpa-capital-advisory.com/demo/knowledge/5073/

EBITDA倍率法の倍率の本質

EBITDA倍率法は、
企業価値 = EBITDA × 倍率
株式価値 = 企業価値 - 純有利子負債
という2段階で株式価値を計算します。

株式価値が、セルサイド(売り手)が手に入れられる会社売却代金のことです。
100%全部売却なら、株式価値の全額がセルサイドのもの(売った後のリスク・リターンはすべてバイサイド(買い手)に帰属)。
例えば80%売却なら、株式価値の80%が今回の売却でセルサイドが取得できるキャッシュで、残り20%がバイサイドと一緒に改善・成長の上でIPOなどでキャッシュ化(二段階売却)となります。

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株式価値に応ずる税金(株式譲渡所得)等を負担しないといけませんが、株式譲渡費用としてM&A助言手数料等を所得から控除することが可能です(売主が負担する場合)。
つまり、株式価値 × 売却割合 – 株式譲渡費用 – 税金 = 売り手の手取りとなります。

今回は、セルサイドオーナーにとって非常に重要な要素である「倍率」について簡単に説明します。
もう1つの重要要素であるEBITDA(減価償却控除前の営業利益)については、一定の調整をした調整EBITDAを使用します。これはコチラで詳細に説明してますので、気になる方はご一読をお勧めします。

https://www.sherpa-capital-advisory.com/demo/knowledge/1889/

M&A株式価値評価の原則法であるDCF法(Discounted Cash Flow法)は、計算の手間がかかり、恣意性が入りやすいため、より計算が簡便で、客観的な手法とされるEBITDA倍率法が(純資産や会計利益に左右されず、良い会社を良い価格で売買するための正統派M&A助言で)最も利用されています。EBITDA倍率法はDCF法の簡便法という位置づけです。

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たった2つの要素を決めれば、所定の調整をするだけで株式価値を算定できるわけですから、EBITDAとともに倍率も極めて重要です。「僅かな勘違い」が億円単位の損失を生み出しかねないリスクにも、「正しい理解」が億円単位で条件を改善するための道標(みちしるべ)にもなりうるわけです。ただし、簡単なようで、ちょっといじれば倍にも半分にもなり、海千山千バイサイドがかなり尖った主張をしてくることも多いので、信用できるM&A専門家の意見を聞いて、納得の上で決断してください。

また、倍率は上場類似会社の株価等を基礎に算定しますが、株式市場が金融ショック・地政学リスク・パンデミック等による急落といった「異常事態」のケースもあり、セルサイドとして「経常的水準」に調整して交渉する腕も非常に大事です。株価急落時についてはコチラを併せてご覧ください。

倍率を理解する上で大事なポイントは以下のとおりです。

  • EBITDA倍率法DCF法の簡便法である。簡便法なので省略部分もあり、注意して使わなければならず、使い方が上手いか下手かで結果に大きな影響がある。」
  • 「DCF法では、企業価値 =経常FCF / (割引率 – 永久成長率) の総合計として算定(実際には細かく分解して計算)。この1/(割引率 – 永久成長率)逆数にして、一定の調整を加えたものが、EBITDA倍率法の倍率。」※FCF(Free Cash Flow)は税引き後営業利益̟̟(NOPAT)±運転資本増減(Working Capital)±資本的支出(CAPEX)
  • 「DCF法で使用する割引率は、ターゲット企業の事業リスクを反映。つまり、EBITDA倍率法の倍率とは、事業リスクとFCFとEBITDA間の差異の総合指数であると言い換えることが可能。」
  • 「だから、リードタイムが短ければ運転資本減少(FCF増加)を通じ倍率は高まる」
  • 「だから、出店時の支出が成長に必要な事業であればCAPEX増加(FCF減少)を通じ倍率は低くなる。」
  • 「だから、法人税率が低下すれば法人税等減少(FCF増加)を通じ倍率は高まる」などのプロ目線が必須で
  • 「結論的に、同業他社比で事業リスクを抑制できている優れたビジネスモデルの場合には、同業他社の倍率をそのまま使用すると、会社安売りに直結する。」

調整EBITDAは、評価者の巧拙で大きな差が生じるものの、ある程度までなら機械的に計算できます。倍率はどうしても総合判断に基づくアートな部分が入ってきます。「倍率というものが一体なにものなのか」を知ることは、「適正価格で会社を売却したい」多くのセルサイドオーナー(売り手)にとっては、M&Aを本格的に検討する前に備えておくべき基礎知識として、非常に重要です。

高い倍率で会社を売却するために必要な準備とは?

セルサイドオーナーにとって非常に重要なのに、正確に理解するには骨が折れるため、ついつい安易な道に流れてしまいがちなのが、今回の内容(倍率)です。

実際、今回の論点を正確に理解している人は、おそらく金融機関内でも5%もいないですし、M&A助言業に従事している人でも20%もいないのではないか?というのが実態です。

しかし、M&A能力の高いバイサイド(頻繁に買収する事業会社や投資ファンド等)は、ほぼ全員が正確に理解しています。そして、セルサイドにとって望ましい売却先が、ターゲット企業を成長させられ、好条件での会社売却が可能になるM&A能力の高いバイサイドである点を忘れてはいけません。ユニークな会社を高く売る事は、間違いなく可能ですが、一方で甘くもない(M&A能力の高いバイサイドとハードな交渉を経る必要)のです。しかし、費用対効果がとても高い、挑戦しがいのある魅力的なチャレンジでもあります。

まず結論から。
✔ 倍率を高く評価してもらえるよう、会社の状態を良好に、今後の魅力的な計画やリスク対策を準備しておかねばなりません。
✔ EBITDAも大きく評価してもらえるよう、無駄なコストを整理し、足元の収益を上向きになるよう準備しておかねばなりません(注意:単純な小細工はすぐにバレます)。
✔ つまり、ご自身の会社の財務状況についてあてはめてみて、株式価値への影響が大きい要素について特に注力して改善の準備をすべきということになります。
✔ 簡便法の限界を考慮し、EBITDAと倍率以外の要素についても、M&Aバリュエーション上の重要性に応じた改善準備をすべきです(実際には色々な個別論点が発生します)。
✔ 「実態があっても適切に伝わらねば意味がない」ため、M&Aの提案先であるバイサイドから低く評価されないように高品質な情報開示の準備をすべきです。
✔ 自分だけでやるのは大変なので、最高の成果をもたらしてくれそうな、腕が立ち、信用できるM&A助言会社のサポートを得るべきとなります。

https://www.sherpa-capital-advisory.com/demo/knowledge/2722/

倍率の計算方法

冒頭、いきなり〇倍と決まるかのような記載をしてますが、経験不足の人にはなかなかできない職人芸です。そのため、「倍率」をステップを踏みながら計算できる基本的な計算方法をご紹介します。上場類似企業の毎日評価されている株式時価総額等を使用して推計する方法(類似会社比準法)、または、類似企業のM&A市場での買収価格等を使用して推計する方法(取引事例比較法)という有名な計算方法のいずれかによって計算するのが一般的です。

後者の取引事例比較法は、買収価格が公表される類似企業のM&A事案のみがサンプルとして利用でき、限定的なサンプルから倍率を決めなければならない点が難点です。

(補論)取引事例比較法の是非

ちなみに、取引事例比較法(又は取引事例法)は、もっとも客観的な手法ですが、この手法の利用価値はズバリその「客観性」にあります。利用できる事例は、公正な取引環境で成約された事例のみです。例えば、取引事例比較法(又は取引事例法)の悪い使い方として、特定のM&A助言会社が関与したM&A事例ばかりをサンプル(標本)として計算する方法が挙げられます。批判の多い純資産ベース価格等の「隠れ蓑」として取引事例比較法(又は取引事例法)という名前を利用した「我田引水商法」ですね。あくまで客観的なM&A成約事例をサンプルとすべき、できれば、バイサイドからも報酬を貰う(=セルサイドオーナーと利益相反構造)両手タイプのM&A業者が関与した事例は、取引事例のサンプルから取り除くべきです。零細規模で特段の特徴もない企業のM&A案件を、低価格で大量に成約させたからといって、そのサンプルから導かれる「低倍率」が、中堅中小規模で、ユニークな強みのある会社にとっての公正価値(フェアバリュー)を導く可能性はゼロです。企業価値5億円~10億円程度を境に、ガクンと倍率水準が上がります。これ以上の規模になると、高度な助言を提供できる片手タイプのM&A助言会社が関与し始め、これ以下の規模だと、両手タイプのM&A仲介によるマッチングサービス中心となるから、また、事業基盤が強固になるにつれ事業リスクが小さくなるから、です。つまり10億円の案件を10億円以上の公正価値(フェアバリュー)で売ろうとする片手タイプ(報酬5000万円)と、3~5億円程度の純資産ベース価格でまとめて両手で倍の6~10億円分の報酬(3000万円から5000万円)を手早く得ようとする両手タイプが、混在するわけです。無論、片手タイプがセルサイドオーナーにとって圧倒的に有利です。結論として、取引事例比較法(又は取引事例法)は、上場会社に対するTOB事例等の情報公開が豊富なM&A成功事例(主に投資銀行や金融機関が片手タイプのFAとして関与した事例)が、類似業種において、直近数年のうちに、複数案件存在する、という幸運なケースでしか威力を発揮できないわけです。使えるシーンが少ない惜しい評価手法です。

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類似会社批准法(EBITDA倍率法等)の「倍率」の計算方法

そのため、計算上のノイズを抑えやすい、前者の上場企業の株式時価総額を使用する類似会社比準法がより多く採用されます。類似会社比准法(EBITDA倍率法等)における「倍率」の計算手順は以下のようなものです。

STEP1: まず、ターゲット企業(売り手企業)と似ている上場企業等を「類似企業」として複数社選定します。最終的に3~5社程度は残るようにしたいところですが、業種次第では類似会社を探すことすら難しいケースもあるため、そういう場合には形式的な類似性というだけではなく、本質的な類似性を重視して選定したり、海外企業を類似企業として選定するケースもあります。できれば10社以上確保しておきましょう。
STEP2: その後、類似企業の企業価値を算定します。企業価値は、時価総額+有利子負債-現預金等として計算します(会社数分繰り返し)。この際、時価総額を直近の数字を採用するのが原則ですが、株式市場が異常な動きをする際には不適切な場合もありますから、一定期間の平均値として異常値を「省く」「ならす」が必要になるケースもあります。有利子負債と現預金等は直近四半期ディスクローズ数値を採用します。上場会社の中にはキャッシュリッチなのに株価に反映されないケースもあり企業価値算定上一定の調整を加える場合もあります。
STEP3: その後、類似企業のEBITDAを計算します。EBITDAは、営業利益+減価償却費が一番簡単です(会社数分繰り返し)。ポイントはいつの時期の営業利益と減価償却費にするかですが、あとでターゲット企業(売り手企業)のEBITDAに掛ける倍率なので同じ期間のもので直近の1年分とするのが基本となります。この際、直近決算期がかなり古い場合もありますから、そういう場合にはLTM(Last Twelve Month:直近12カ月)という期間で統一する方法が基本です。決算期が3月でも、最近9月期(第3四半期)の業績が発表されているなら去年の10月から今年の9月までの12カ月間の営業利益と減価償却費でEBITDAを計算するということです。
STEP4: それぞれの類似企業の企業価値をEBITDAで割り算します。この割り算の結果が、類似企業の「倍率」です。
STEP5: 各社の倍率について、採用できるものを絞り込みます。EBITDAがマイナスの会社は割算結果である倍率もマイナスになってしまいますし、EBITDAがゼロすれすれだと異常に高い倍率となってしまいますから、採用できそうな倍率の類似企業だけ残します。そして、平均値又は中央値等を最終的な採用倍率として採用します。上場会社の中には出来高が異常に少ない、特殊原因で株価が乱高下している場合もありますので、異常性のない上場会社のみで計算します。
STEP6:これでターゲット企業の調整EBITDAに掛け算するための、類似会社に比準した「倍率」が計算できました。あとはターゲット企業の調整EBITDAに計算した倍率を掛け算しましょう。
STEP7:調整EBITDA×倍率=企業価値です。株式価値は企業価値から純有利子負債を控除して計算しますので、有利子負債から余剰現預金等の金額を引いた残りを、企業価値から控除して、ようやく株式価値(100%分)となります。

(注)事業外資産として投資用不動産、投資用金融商品や節税保険の解約返戻金等がある場合には、EBITDAから関連する損益を除き(純粋な事業関連EBITDAに調整)、企業価値の計算時に事業外資産の時価を加算します。EBITDA×倍率=事業価値、事業価値+事業外資産=企業価値、企業価値-純有利子負債=株式価値という三段階の計算がより正確です。

実際に計算してみるとわかると思いますが、類似企業の株価の基準日次第で結果は大きく変わりますし、類似企業の企業価値やEBITDAの計算方法採用期間次第でも結果は大きく変わってきます。

M&Aバリュエーションのプロが算定した公正価値(フェアバリュー)とピタリ一致するケースはほぼないでしょう。

そのため、同じターゲット企業の類似企業の倍率なのに、評価者Aさんは10倍、Bさんは7倍、Cさんは5倍と、大きな差が生じることも不思議ではないのです。セルサイドとしてはAさんの倍率で売りたいでしょう。一方で、M&Aプロのバイサイドと交渉していたらCさん倍率になっていた等ということもあり得る事を意味します。Aさんの倍率を採用した場合と、Cさんの倍率を採用した場合で、ターゲット企業の企業価値は2倍変わってきますね。さらに、株式価値では、有利子負債分のレバレッジが効いてますので、有利子負債を控除した後の株式価値は2倍以上の差になってしまいます。2倍ではなく、5倍とか、ときに10倍、もしくはそれ以上の差になっても不思議ではないのです。借入負担のあるターゲット企業を売却する際には、特に慎重に、「倍率が低く見られないような準備」をしておくことをオススメします。

ところで、上記の2倍とか10倍という倍率は、B面(裏面)である「ファイナンス面の影響」に過ぎません。本サイトでは、会社を高く売るための「成長や改善といった事業面(ビジネス面)からのアプローチ」の重要性もご説明しています。当然のことながら、A面(表面)である事業面(ビジネス面)も売却価格に大きな影響を与えます。ビジネス面で2倍、ファイナンス面で2倍、計4倍に仕上げられるかもしれませんし、逆に4分の1(0.25=0.5×0.5)になってもおかしくないので、事業面とファイナンス面の双方のプロを味方にしておくことが得策でしょう。それくらい会社売却では巧拙の差が生じるということですよ。弊社が助言させていただいた案件で、上場大手M&A仲介会社が想定する売却可能額の10倍の金額で売却できた事例があるのですが、事業面、ファイナンス面の双方からのM&A的な最適化を図ったから実現できたのです。決して特別な状況ではなく、いくつかの条件が整えばこのような高みも実際にあるわけです。

倍率の調整方法

EBITDA倍率法を採用する場合、次の視点等を含んだ総合的かつ合理的な吟味に基づく、類似企業の選定、期間や指標の選定における一定の調整が必要な場合があります。

・採用類似企業の成長期待や事業リスクの類似性(顧客・商品・販売方法・組織・技術等経営要素の類似性、売上成長性、コスト構造、税金・補助金等EBITDAに直接影響を与える財務要素の類似性)
・DCF法に加味されるもEBITDA倍率法では加味されないターゲット企業の特殊性(運転資本、資本的支出等のEBITDAに影響しないもののフリーキャッシュフローに影響を与える財務要素の類似性)
コントロールプレミアム(上場会社株価が少数株主として経営判断に参加できない事を前提とした価格に対し、51%以上を売却(=支配権が異動)するM&Aの場合には、算定結果にコントロールプレミアムを加算すべき)
非上場ディスカウント(上場会社は流動性があるので、価値があっても換金できないという状態になりにくい一方、非上場会社の株式は流動性がほぼないため、価値があっても換金しにくい点を考慮して算定結果からディスカウントすべき)
・その他(調整EBITDAと倍率の関係として、時間軸、対象範囲等のピントのズレがないか等)

ここまで読んでいただいて、「結構アートな部分がありそうだな」、「DCF法よりも客観的と言っても人によって主張が大きく変わる可能性があるな」というEBITDA倍率法の性質を理解いただけると思います。バイサイド候補に、売却希望額を提示する際、その「根拠」が重要であり、納得してもらうためには情報開示の品質が極めて重要ということになるわけです。

特に1つめ(類似性)と2つめ(特殊性)のポチについては、ビジネスに関する深い見識があって、将来事業計画をしっかりと作れる人が担当しないと、単なる平均値になってしまい、バイサイドがM&A手練れの場合は特に、不利な主張を受け入れざるをえない状況に追い込まれてしまいがちです。

3つめ(コントロールプレミアム)と4つめ(非上場ディスカウント)のポチについても、文献等を参考に、だいたい〇割くらいという過去統計を利用しますが、M&Aファイナンスの知識やM&A助言の経験がないと、なかなか難しいものです。

「DCF法が大変だから簡単なEBITDA倍率法を採用したいけど、それでも大変だ。事業承継難は数多く発生していてM&Aビジネスチャンスはあるが投資銀行M&A助言経験者(M&Aバンカー)を採用しようにも人が見つからないし給料も高い。未経験者でもM&Aを成立させやすいように、極端に単純にしてしまおう」という事で、日本の中小企業M&A専用に、純資産ベース価格(純資産に会計上の営業利益の数年分を加算)というものが開発され、広く普及していますが、背景にはこのような素人では扱えない難しさがあるからではないでしょうか。

しかし、純資産ベース価格はセルサイドにとって不利になるケースがあるのが事実(特にユニークな強みのある会社の場合、非常に不利になる可能性が高い)ですから、EBITDA倍率法等の合理的な価格、公正価値(フェアバリュー)で売却できるセルサイドは、純資産ベース価格を絶対使用しないM&Aアドバイザー(一般に金融機関や片手FAタイプが該当)に依頼する方が無難と言えます。見分け方は簡単です。M&A助言会社の代表者の経歴を調べて、投資銀行でのM&A助言経験があるかないかで概ね判定できます。投資銀行M&A助言経験のある人は、理論的根拠の乏しい純資産ベース価格は絶対使いません(会社清算時の処分価格が純資産です)。

また、ターゲット企業の成長ステージが、創業期成長期安定期衰退期と移っていくと一般的に言われていますが、特に創業期の前半衰退期の後半においては、「EBITDA倍率法が適切な方法とは言えない」ケースが多くなります。

なぜなら、創業期の前半も、衰退期の後半も、調整EBITDAマイナスになりやすいからです。では、どうするかというと、前者の会社は、総資産や売上、顧客数等といった必ずプラスになる指標を基礎に、将来の成長可能性を考慮した価格で評価するしかなくなりますし、後者の会社は純資産ベースの評価をします。つまり、会社清算して全ての資産をバラ売りし、取引先等・銀行・税金へ支払った後で残りそうな金額(清算価値)で評価します。ちなみに、成長期や安定期なのに、調整EBITDAがマイナスになる場合、売却したくても売却できないケースが多くなります(事業譲渡等の部分売却等による部分売却を除く)。

最後に、会社売却では「高く売る」ことを第一の目標とすべきです。言い換えると、会社買収では「さらなる高みを目指す」を第一の目標とすべきです。つまり「従業員のため安く売る方がよい」は大きな間違いです。Win-Loseだからです。「従業員のため」は「企業価値が高まるポストM&Aを用意してあげる」ことで達成できます。慎重に選んだ相手に、慎重に作りこんだ事業計画(Business Plan)や各種事前準備開示資料の上で、適切な交渉を通じM&A後戦略を練り込んだ場合のみ、M&A後の企業価値の最大化が果たされます。売り手・買い手・従業員のWin-Win-Winになる道は、これしかありません。