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M&Aの売り手社長が「優秀」と評価されたら、条件は良くなる?悪くなる?

2018/2/2

M&A会社売却時の心構え

M&Aの売り手社長が「優秀」と評価されたら、条件は良くなる?悪くなる?

M&Aという方法で、セルサイドオーナー(売り手)が、自分の会社(ターゲット企業(売り手企業))を売却することで、自分が長年積み重ねてきた努力や、負担してきたリスクに見合う財務的成果(株式譲渡対価)を得るためには、いろいろな観点から、「名よりも実を取る」ことが得策である場合があります。

その中でも、重要なのは、バイサイド(買い手)から見た現経営者の経営能力です。

会社はレーシングカー

会社というのは、ビジネスモデルを「車」、経営者を「ドライバー」と例えることができます。性能のよい車に、腕のよいドライバーが乗ればレコードが出るわけです。

雨ではなく晴天で(つまり、市場環境や競争環境が良く)、車の性能が良い(つまり、ビジネスモデルのユニークさや強みがある)ほうがM&A的によいのは当然ですね。

今回は、ドライバーの腕の良さをバイサイドにどう伝える方が得かについてご説明します。

大半のケースで、M&Aの後では、オーナーと経営者は、別の人(会社)になりますので、レーシングチームの新オーナーがバイサイド(買い手)、レーシングチームに雇われる新ドライバーが新しい経営者ということになりますよ。

では、大きく2つのケースに分けて考えてみましょう。

ケース1: 現経営者がM&A後も会社の経営者として重要な業務を担うケース
ケース2: 現経営者はM&A後速やかに引退し重要な業務を担わないケース

あくまでも、現ドライバーの腕を、新オーナーに、どう評価してもらうと、現オーナーにとって経済的に得かということです。

ケース1: 現経営者がM&A後も会社の経営者として重要な業務を担うケース

この場合、現経営者の腕が低いと新オーナーは心配になりますね。M&Aで100%株式を売却せず、当面、引退しないで、M&A後も会社の業績を伸ばす貢献を新オーナーから期待される場合、新オーナーにとっては、現経営者の腕は良いほうが魅力的なM&A案件と映ります。

しかし、新オーナーは、特殊なリスクを嫌います。腕の良さにもタイプがあり、特殊な技術、特殊な人間関係がその腕の良さの原因である場合には、腕は良いけど長期的にはリスクがある、という評価になりがちである点は要注意です。

筆者は、実質1人で経営している個人商店のような会社を、たったの3か月で企業価値30億円で売却することに成功したことがありますが、この社長様は極めて優秀な方で、「この人がいなくなったら、この会社はいったいどうなるのだろう?」と誰もが思うタイプのユニークな会社売却案件でした。この事実をバイサイドから見て「買収案件としてのリスク」として評価されないように、「会社自体、ビジネスモデル自体に価値がある」という評価を固めてもらえるように努力した甲斐があった案件です。

ケース2: 現経営者はM&A後速やかに引退し重要な業務を担わないケース

この場合、現経営者の腕が良すぎると、あまり好印象を持たれません。新オーナーにとっては、代わりになるような特別優秀なドライバーを探せるかどうか不安ですし、新ドライバーにならないか打診された新経営者候補も、あまりにも壁が高いと感じられて二の足を踏みやすくなります。

つまり、速やかに引退することを希望される現オーナー社長は、自分の腕をアピールし過ぎると損ということです。年配男性に多いのですが、M&Aの交渉中だけでも、昔の武勇伝は程々に抑えてください。言い換えると、「自分の代わりはすぐに見つかる、特別なことをして今の業績を作ったわけではない。」と見えた方がよいわけです。間違っても、「自分のように特別に優秀な人間が、物凄い運に恵まれて実現できたのが今までの実績であり、どこかの馬の骨が後継者になったら、確実に業績は下がるだろう。」などという発言は、かなり遠回しな表現であっても非常に不安を掻き立てますから、絶対に控えましょう。

新オーナーにとって安心なのはもちろん、優秀な新経営者も見つけやすくなります。新経営者候補も、自分がドライバーになったとたんに業績が下向きになってしまうと、自分の経営人材としての価値が下がってしまいますから、バーが低く見える方が、安心ですし、特別なことをしなくても大きな実績を作りやすいと感じ、賢く優秀な経営者候補に優先的に検討してもらいやすくなります。

結局大事なのは事前準備

名よりも実がほしいオーナー社長さんは参考にしてください。M&Aプロセスに入る前に、「特殊なドライバーがいなくても、よいラップタイムを刻める車である」と証明できるように、十分な事前準備をしておくことが、こういう面でも重要なのです。

実は、「十分な事前準備をしたとしても、結果に大きな影響はないだろう」、と軽く考えて弊社にいきなりFA助言業務のみ依頼されるオーナー社長さんが大半なのですが、1か月もしないうちに事前準備の重要性に気づき、弊社の企業価値向上コンサルティングサービス付きに切り替える方が多いのです。それは、多種多様な観点から可能な範囲で出来る限りの準備しておくことが、すべての関係者にとってプラスになり、その結果として自分の利益も増えるということを弊社とのディスカッションを通じて理解されるからだと思います。企業価値をより向上させやすい状況にしておくことは、セルサイド、バイサイド、役員・従業員、取引先のすべての関係者にとって、プラスに働くものですから遠慮することはありませんし、それが結局セルサイドとしての利益最大化につながるのです。

何も事前準備をしないと、企業価値の向上余地が小さい相手に売却してしまったり、セルサイドの取り分が適正評価額を大幅に下回ったり、不適切な新経営者が参画して経営がバタバタになったり、様々な形でマイナスに影響しがちです。なぜなら、オーナー社長が経営してきた会社の中身を知っているのはオーナー社長のみであり、バイサイドをはじめ、M&A前後で関係する人にとって知らないことばかりだからです。このような情報の非対称性をセルサイドが自分に有利に働かせるための唯一の手段が、十分かつ適切な事前準備にあるといっても過言ではないのです。

オーナー社長様個人がいなくなるリスクを最少化しておくという準備は、M&Aの準備の中でも非常に難易度の高い部類に入ります。できるだけ生え抜きの幹部人材に早めに権限と責任を与えて、ドライバーとしての腕と覚悟を身に着けてもらう必要がありますし、どうしても生え抜き人材では対処できない業務については、外部人材を探して慣れてもらう時間が必要になります。特に外部人材はうまくいくかどうかわかりません。バイサイドも同じ不安を覚える重要なリスクです。この不安を軽減してから売却するのと、不安が残ったまま売却するのでは雲泥の差が生じるのです。