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売り手は注意:なぜ買い手は「今までにM&Aの検討をしたことはありますか?」と質問してくるのか?

2019/6/1

M&Aのプロセス

M&Aの契約・法務・規制

売り手は注意:なぜ買い手は「今までにM&Aの検討をしたことはありますか?」と質問してくるのか?

売り手が買い手から受けるQ&Aの中に「今までにM&Aの検討をしたことがありますか?」という鉄板質問があります。

この質問意図を正確に理解しましょう。M&Aでは遠回しに聞いてくる質問が多いので、ストレートに質問意図がわかりにくいケースがあります。

M&Aでの極めて重要な判断局面で、重大なミスをしなくて済むかもしれません。

通常の経営判断においては、小さく何度も失敗し、失敗原因を特定し、やり方を改善することで成功への道に早く乗ることができるのですが、M&A会社売却の場合、繰り返せば繰り返すほど、条件が悪化する(買い手枯渇リスク)ものであることを忘れないでください。経営戦略では失敗は成功の種でしょう。しかし、M&A戦略では失敗が命取りなので、入念に準備してから動くべきですし、そもそも、事前に情報収集し、失敗を避けられる、痛みの小さな方法を採用することが肝心です。

最初にM&A助言会社に確認すべき質問が決まります。「おたくの場合、何社くらいに打診しますか?」です。

自信満々に「100社でも、200社でも、ネットを通じて数千社に」という回答に対して、セルサイド(売り手)として、固有の事情をふまえてどう評価すべきかが大事です。

ターゲット企業の価値の棄損

バイサイドが知りたいのは、「売り手が今回初めて売る気になったのか」「わが社以外に売る気になった別の会社がいて、わが社が一番じゃないのかどうか」ではなく、「ターゲット企業が痛んでいるのかどうか」です。

「過去にM&Aの検討をしただけで、ターゲット企業の価値が棄損するのか?」ですが、売り方次第で大きく棄損するケースが現実にあります。

どういうケースかというと、情報漏洩による価値棄損があるケースです。ターゲット企業の価値が棄損してしまう売り方を知らないまま、M&A助言会社任せにしてしまうと、(アッサリ相手が見つかり条件で合意できるラッキーなケースは問題ないのですが、)最終的に打つ手を失ってしまったり、泣く泣く極めて低い条件で妥協せざるを得なくなってしまうリスクを増やしてしまいます。「早く、確実に売りたい」というM&A助言会社のインセンティブ(動機)が、「今回満足のいく条件で売れなかった場合でもターゲット企業の価値を維持したい」というセルサイドのインセンティブと衝突してしまうケースがあるということです。

つまり、今回のM&A検討時のバイサイドの立場で言えば、「過去のM&Aでの売り方が不味いと、ターゲット企業の価値が既に棄損していたり、これから棄損するリスクを潜めているのだから、本格的な検討を開始するために正確に知りたい」ということです。

だから、バイサイドは、投資の失敗を事前に回避すべく、必ず質問してくるのです。良いバイサイドほど、必ず質問してくる鉄板質問です。これから加工して価値を増大させようとしているのに、原材料が陳腐化してたり、特殊製法が競合にバレていたりしたら、意欲が減ります。当然、条件は悪くなりますし、最悪「もういらない」となるリスクがあるわけです。

結局、一番損するのはセルサイドということになりがちですから、慎重になるべき部分は、最大の注意を払って慎重に進めましょう。

同業企業への情報漏洩

もっとも重大な被害を受けるのは、同業への重要な機密情報漏洩でしょう。

NDA(機密保持契約)を締結しているとはいえ、日本のM&Aはこの点が弱く、せいぜい数年の有効期間しか設けないことが通例です。短いケースでは、契約締結時から1年という一方的にバイサイド有利なNDAもあります。つまり、10カ月M&A検討した上で破談にすれば、2カ月後には晴れて機密の流用し放題という骨抜きNDAと言えるものです。最低でも、M&A検討終了時点から2年程度を最初に要求すべき(相手が大企業の場合には飲んでくれない場合もありますが、できるだけ努力はすべきでしょう)です。

仮に検討終了後2年継続するNDAを締結していても、DD(デュー・ディリジェンス)という企業精査段階で、営業機密の多くを開示してしまった後、M&A交渉が破断したとしますと、その2年後にはNDAの効力が消えてしまいますから、同業が強力な模倣ライバルと化すリスクを抱えている状態と言えます。

そのため、バイサイドは、買収した後で強力な模倣ライバルが登場するリスクを抱えているターゲット企業は買収したくないし、買収するとしてもそのリスク分を反映した低い価格で買収したいということになるのです。

本来、重要な営業機密は、永久に流用不可にしたいと思うのが当然です。汗をかいて営業機密を形にしたのは、ターゲット企業なのですから。

なぜ、こんな不合理がなぜまかり通っているかと言うと、なんでもかんでもコンプライアンス(法令順守)という風潮で、NDA管理負担を減らしたいバイサイド企業の都合があります。わたしも大企業にいたので気持ちはわかりますが、平等ではないという感じを強く持つ分野の1つです。

何か問題が起きる⇒コンプライアンス部門が肥大化⇒法令違反ゼロ必達⇒大事な契約の中身を骨抜きという、本末転倒な日本のM&AのNDA慣習が出来上がったというのが背景でしょう。

セルサイドとしては、不本意とはいえ、これに抗うことは、無駄な労力となりますから、「あまりにも不合理で、当然の義務も負わないバイサイドは相手にしない」これが唯一の対抗策と言えるでしょう。こういうバイサイドは、M&A能力が高いケースは少ないので、「惜しくない」とスッパリ割り切るのも1案です。背に腹は替えられません。

M&A能力が高く、適正評価ができて、支払い能力のあるバイサイドが一番知りたいのが「アンフェアな同業他社に、重要な機密情報の開示があったのかどうか」ということです。

NDAの締結相手

最近、投資銀行でのM&A助言経験を経ず、いきなりM&A助言を始める新興組が増えてきました。

免許も資格も必要ないので、誰でも自称M&Aのプロと言えるのがM&A助言会社です。

NDA(機密保持契約)は、そもそも、ターゲット企業の機密情報を、M&A検討目的に限定し、他の目的に流用することを禁じるための契約ですから、これに違反した場合には、当然にして、相手を訴えるなり、損害賠償請求をする際の基礎となるものです。そのため、バイサイド候補の契約相手は「ターゲット企業」もしくは「セルサイド」といった「バイサイド候補に義務を負わせたい本人」であるべきです。

しかし、新興組の中には、見様見真似で始めたせいか、それとも自社の商売を有利にするためか、「M&A助言会社」を相手方としたNDAを受領するというやり方も増えているようです。「面倒な手続きはやっときますよ」というアピールなのかもしれませんが、少なくともバイサイド候補に負わせる機密情報管理の「義務の内容」を、セルサイドに示さない状態で情報開示を進めるのは危険だと思います。

M&A助言会社が、セルサイドやターゲット企業のため、NDAの有効期間中ずっとバイサイド候補各社が機密情報の流用等をしていないかを見張り、違反した場合に行動を起こすつもりがあるなら別ですが、そんな会社はいないでしょう。

最悪なのは、本当はバイサイド候補からNDAを受領すらしていない、NDAの内容が極めてバイサイドに有利になっている(題名がNDAでも、内容が骨抜き←注:よくあります。)場合です。

バイサイドから受領したNDAをセルサイドに開示しないM&A助言会社は、セルサイドの味方ではない、バイサイドの味方である可能性を検証べきです。

できるだけ中身の伴ったNDAをバイサイドから直接受領しましょう。

「経営能力の高いバイサイド」のうち、更にその一部に存在するのが「M&A能力の高いバイサイド」です。

本末転倒にコンプライアンスに支配されてしまったバイサイドは、経営能力が低い(有益なチャレンジが何もできない守備偏向体質)はずなので、M&A能力の高いバイサイドであることはありえません。

M&A能力の高いバイサイドは、合理的な範囲であれば、セルサイドが安心できるNDA対応をしてくれます。

M&A能力の高いバイサイドの思考回路

また、バイサイドが投資ファンドの場合であれば必ず数年後には売却しますし、事業会社でも状況次第でグループ離脱の可能性を考慮します。

M&A能力の高いバイサイドに売却することが売り手にとって重要であり、そのために必要な準備の有無が成否を分かつ」と会社売却成功ノートの中で度々主張しているわけですが、M&A能力の高いバイサイドは、通常、いずれ売却することを「可能性」として必ず考慮した上で、買収の最終決断をするものです。仮に事業会社であっても、同業であってもです。

たしかに、「御社を買収させていただいた暁には、100年、200年と弊社グループ内で安定した経営をしていくので安心してください。」との言葉をもらえれば、気分が良いでしょうが、実は、本気でそのような意思決定をしているような時代遅れの会社に大事な会社を売却すべきではありません。経営環境が短期間で激変していく現代において、自分が飛躍させることができない状態になったら、別の道を探るしかありません。

むしろ、合理的にあらゆる可能性を考慮し、必要な打ち手を必要なタイミングで断行できるような会社の方が、経営能力の高さが窺い知れ、会社売却の相手先としての期待感や安心感を持てるというものです。結果として、永久に会社の発展を実現してくれる可能性が高いということでしょう。

ここで問題になるのが、「M&A案件としての出回り案件化」です。

出回り案件化

一度、節操のないバラマキ提案をしてしまうと、実は狭いM&A市場の中で、「ああ、あの売れなかった〇〇ね」という風に、NDAの有無とは別に多くのM&Aプロの頭の中にインプットされてしまいます。

M&Aプロの転職は頻繁です。想定以上に拡散される可能性があると思っておくべきです。

なかには、自力でバイサイド候補を探索できないとわかり次第、多くのM&A助言会社にバラまいて、バイサイド探しを手伝ってもらう他力本願のM&A助言会社もいますからなおさらです。

すべてのM&A助言会社が、誠実にターゲット企業の価値を維持しようとするならいざ知らず、目先の利益に目を奪われる人が1人でもいると台無しですから。

ちなみにM&A助言会社と締結するNDAの内容が、このような自力バラマキや他力バラマキをセルサイドが包括的に許容する内容となっていないかも要注意ポイントの1つです(意外と多いようなので気をつけましょう)。

そうなると、再度売却する可能性を考慮する際の評価において、厳しい評価をしなくてはならなくなります。

出来るだけ、節操のないバラマキ提案はせず、厳選したバイサイド候補へ、意欲や能力を確かめながら、必要なタイミングに、必要十分な高品質情報を開示するという、「情報開示の巧拙」が極めて重要であると、本サイトで主張しているのはこういう背景があるからなのです。

〇〇料を受領するタイプのM&A助言会社は売り手にとってリスキー

情報提供料等の名目でバイサイド候補から金銭を受領するタイプのM&A助言会社がいます。

つまり、ターゲット企業の社名等を教える見返りに100万円前後の情報提供料を、複数(ときに多数)のバイサイド候補から受領する報酬の仕組みです。

結局、会社が売れなくても多額の売上を計上でき、担当者もこれだけでノルマを達成できるので、無差別バラマキ提案の誘惑は強いはずです。

ターゲット企業(売り手)企業やセルサイド(売り手)にとって不都合なリスクを高めるとしても、100万円×5社で500万円、×10社で1,000万円、×20社で2,000万円の成績を計上できるのですから。

売り手としては、「ターゲット企業の価値を棄損することのないように、でも、できるだけ速やかに好条件で会社を売却したい」、というのが本音でしょう。

しかし、M&A助言会社に、そのニーズに反する誘惑があると、売り手と利益が反する状態(利益相反状態)になってしまいます。

このような重大問題が生じないよう、売り手に付く片手タイプのセルサイドFAは、バイサイド(買い手)から一切の報酬を受領することができない業務委託契約を締結しますが、両手タイプのM&A仲介の中には、単なる仲介、媒介という名目なので、売り手からも買い手からも報酬を受領する上、さらに情報提供料という「売り手への貢献ゼロ、売り手のリスク増大につながる報酬を得られる仕組み」を採用できてしまうということです。

利益相反リスクは高くつきますから、委託するM&A助言会社が、情報提供料をバイサイドから受領することがあるのかを確認し、仮に受領するならば、できれば事前承認制とし、誰から、いつ、いくら受領したのかを事後報告してもらう等の最低限のリスク管理はしておきましょう。

速やかに成約したい」までは利益相反しないのですが、「仮に売却に失敗した後の再チャレンジの可能性も保ちたい」となると、セルサイドと両手M&A仲介の担当者間で、明らかに利益相反します。特に、担当者の入れ替えが激しい、ノルマの厳しい営業重視、件数主義のM&A助言会社ほど、その傾向が強いと言えるでしょう。採用条件として未経験者歓迎の場合、そのリスクはさらに高まると言えると思います。

〇〇重視タイプのM&A助言会社は売り手にとってリスキー

簡易な情報開示でもすぐにターゲット企業の内容を理解してくれるし、人件費カット等の容易な企業価値向上手段のある「同業への売却」を、必要以上に推奨するタイプのM&A助言会社がいます。

媒介のみの両手M&A仲介の場合、基本的に開示資料はほとんど準備してくれません。それでも簡単に事業内容を理解してくれる同業は、非常にやりやすい相手なので、できるだけ同業に誘導したいのでしょう。

しかし、同業の場合、M&Aをせずとも、自前で模倣できてしまう点を忘れてはいけません。

所謂、Make or Buy(自前 or 買収)という判断において、同業はMake(自前の模倣)が可能ですから。

その点、同業以外のバイサイドの場合には、Makeの成功可能性は極めて限られますから、BuyしなければDDで知った機密情報も宝の持ち腐れとなり、ターゲット企業の価値棄損リスクは限定できるということになります。

もちろん、同業への売却を否定するものではなく、重要なのは、丁寧に、状況を総合的に考えて、進捗ステージに合わせた情報を開示する、相手のやる気を確認しながら高品質な情報をしっかりと開示するということです。

いずれにしても、過剰に同業を勧めてくるようなM&A助言会社を通じて、過去にM&Aの検討を進めてしまった場合、今回のバイサイドは大きな買収リスクを抱えることになります。冒頭のバイサイドによる質問の意図には、そのようなリスクの有無、程度を知りたいというものが入っているのです。

ユニークな強みがある会社ほど、慎重になるべきなのが、攻めと守りのバランスと言えるでしょう。