M&Aでの会社売却を、バスケットボールのダンクシュートで例えるならば、バイサイド(買い手)から見て、ゴールのリングが高い位置にあるから高く感じるのであって、高くジャンプすればゴールのリングは低く見えます。
要は、「これから業績がしっかり伸びること(ジャンプ力があること)」ことを合理的に説明し切れればよいのです。
海外絡みの巨額M&Aで起きやすい「高値掴み」はよいM&Aではありません。
一方で「安値買い」も長期的に見て日本経済にとって良いものではありません。起業の出口(イグジット)の最有力候補である「M&Aの魅力」が落ちてはいけないからです。米国の歴史に学べば当然の帰結ですが、上場(IPO)は起業の出口としては人気が低下していくはずです。日本でも。四季報の分厚さを見ても一目瞭然。上場するための苦労、上場した後の苦労、上場しても売り切れない株式など、M&Aの方が有利な点はたくさんあります。
だから、適正価格(フェアバリュー)で評価してくれるバイサイド(買い手)を探す必要性があり、そのバイサイドの候補は、そのターゲット企業(売り手企業)を「現状維持で管理できる」だけではなく、「改善・成長・シナジーを実現できる」意欲と能力を兼ね備えている相手に限定するべきで、かつ、その実現可能性が高まるようなM&A提案活動をすべきなのです。ターゲット企業に関する情報は、セルサイド(売り手)が熟知していて、バイサイドはほとんど知らないし、セールスポイントを熱心に説明すべきなのはセルサイドだからです。
買う人が評価できる価値の範囲内で、売る人が満足できるなら、「高く売る」と「安く買う」は両立できます。ちなみに「上場するよりも高く売る」も実現可能です。
ただし、一定の条件にあてはまる必要があります。すべての会社で両立できるわけではありません。
結論としては、ターゲット企業のポテンシャル(潜在能力)と、そのポテンシャルを活かすためのバイサイドの意欲と能力が合わされば、両立できるわけで、安易に安売りをする必要もないし、安値買いしかしない(できない)買い手を相手にする必要もなくなります。
会社売却の相場とは?
会社の売却価格の『相場』を聞かれる方がいまでもたくさんいます。
しかし、原則として会社売却に『相場』はありません。
「高い」と思うか、「安い」と思うかは、売る人の価値観と、買う人の意欲・能力・価値観・リスクテイク姿勢等によって決まるものだからです。
ビジネスは現状の100倍に成長するかもしれないし、1/10に縮小してしまうかもしれません。
市場、競争、事業経営の意欲・能力によってその結果が変わる。これは当然の話です。
現在100兆円の時価総額の企業も、元々は何もない場所で生まれたアイデアだったのですから。
M&Aは単に売るための手段ではなく、改善・成長・シナジーを実現し、関係者全員がWin-Win-Winになることを目的とした企業価値向上の手段とすると、健全です。
ダイヤの原石
泥まみれの物体があるとします。実は、この中には、ダイヤが埋まっています。
・ゴミ
・工具の材料
・ブリリアンカットの宝石
という3種類の活用方法があるとしたら、ブリリンアンカットの宝石に仕上げられる人に手に入れてもらいたいはずです。
工具の材料ですと、この泥まみれの物体の値段はたかが知れるでしょう。ダイヤがあることに気づかず捨てられ(=ゴミ)てしまっては値段はゼロです。
しかし、ブリリンアンカットの宝石に仕上げられる人に、この中にダイヤが埋まっている事、そのダイヤが加工すればブリリンアンカットに仕上げられる事を情報として伝達し、適切な競争環境の中で売るならば、それなりの値段で買ってくれるはずです。加工賃を差し引いても、かなりの利益が見込めるからです。
会社も同じです。
ダイヤの原石なのか?
ダイヤをどう利用する人に買ってもらうのか?
どういう能力を持つ人が、買う人に、ダイヤの原石であることを証明し、その人にとって最高の利用方法を提案するのか?
これが、セルサイドとセルサイドFA(M&A助言業者)が必死に取り組むべき課題と言えます。
ブリリンアンカットに加工する人は、工具加工業者よりも高く買ったでしょうが、安く買うことができた(十分な利益を確保できた)かもしれません。
売る人は、自分でも気づかない可能性を評価してくれて、想定外の高値で売れたのかもしれません。
要は、可能性を全方位で検討することが重要ということです。
ポイントはたったの2つ。ターゲット企業にユニークな強みがあるのかどうか、バイサイドに意欲と能力があるのかどうかです。
価値観
よくあるのが、オーナー社長が、ありきたりな情報をもとに、「どうせ、うちの会社は〇〇円くらいでしか売れないだろう」と謙虚になりすぎるパターンです。
逆パターンの強欲すぎるオーナー社長よりも肌感覚として多いと思います。
こう考えてください。
「ブリリンアンカット職人さんに300で売るのと、工具メーカーに100で売るのは、どっちが全体としてハッピー度が大きいか」です。
前者は1000で製品を売れるので500の利益を計上できるとし、工具メーカーは300でしか製品を売れないので50しか利益を計上できないとしたら、前者の方がハッピーですよね?
利益が大きくなる=分配可能原資が増える=従業員が潤う=取引先も潤う=オーナーも潤う、です。
ビジネスは、伸ばし方次第で将来の利益に大きな差が生じます。500か50か、つまり10倍程度の差ではないですよね。
問題は、伸ばすための手段と準備です。
買う人の意欲
そもそも買う人にやる気がなければブリリンアンカットに加工されることはありません。
買う人のやる気を起こすにはどうしたよいでしょうか?
それはダイヤの原石が埋まっている事実、その原石の色・形等の基本情報、さらにはこのスペックの原石をこう加工すればこれくらいで市場で売れる等の「情報」ではないでしょうか?
買う人の能力
買う人に意欲があってもブリリンアンカットを成功する技量がなければ最終的に買うことを断念されてしまう可能性が高くなります。
買う人の能力を見極めるのは、非常に難しい作業です。
しかし、原石のスペックを先入観にとらわれることなく、隅々精査すると、おのずと「どんな技量を持った加工職人さんが、売る相手として最適か」を知ることができるでしょう。
あとは、その技量を持っていそうな職人さんを探せばよい、つまり、類似のカットを成功してきた職人さんを探すということです。
短期的に管理不能な要素(市場・競争環境・対象会社の基礎能力)
M&Aで会社を売ろうと決断してから、どれだけの時間をかけて実行するイメージでしょうか?
例えば、半年から1年程度の短期であるとすれば、市場の状況は大きく変わっていないでしょうし、競争環境も変化は小さいはずです。
つまり、市場や競争の環境は、所与の条件として扱うべきと言えるわけです。
また、対象会社の基礎能力(中に原石があるかどうか)についても、半年程度ではどうしようもないでしょう(ただし、半年の準備でも、できることはたくさんあります。)。
管理不能な要素は所与のものとしてあきらめて、管理可能な要素に力を割く方が有益です。
USP(ユニークセリングポイント)がある会社を、USPを昇華できる人に買ってもらうならば、『高く売れてうれしい』し、『安く買ってもらえて喜んでもらえる』わけです。
ただし、単なる1商品を顧客に説明するだけでも、マーケティング担当者は四苦八苦しているはずです。
「いわんや超複雑構造のビジネスをや。」
M&Aという取引では、「商品」に相当するのが「ターゲット企業(売り手企業)のビジネスの将来性」です。マーケティング担当者がセルサイドFA等のM&A助言会社です。
M&A助言会社の選び方について甘く考えず、慎重にしっかりと比較して、ベストフィットの先を選んでください。
事前準備、相手選び、交渉能力、事務能力、そして、税引き後の最終手取りに大きな差が生じますので。