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M&Aで会社を売却する際に「参考」となる価格計算方法(バリュエーション手法)

2018/4/5

M&Aのお金(価格・税金)

M&Aで会社を売却する際に「参考」となる価格計算方法(バリュエーション手法)

M&A取引価格のガラパゴス化

上場企業の市場内外取引のように厳格な規制があるわけではないので、非上場企業のM&A取引では、売る人と買う人で条件合意できさえすれば、どんなに高く売っても、どんなに低く売っても、ルール上は何の問題もありませんね。高齢社長の引退・後継者難の大量発生という状況の中、実は、日本の中堅・中小企業M&Aでの価格形成メカニズムは、独特の変貌を遂げ(ガラパゴス化)、長年、企業価値評価の理論と実践の両面を経験してきた人から見ると、不思議な価格設定が平気でまかり通っています。特に「ユニークな強みを持っている面白い会社のオーナー」は、自分の会社を売却する前に、企業価値評価のメカニズムガラパゴス発生メカニズムを理解し、熟慮を重ねた適切な売却戦略で売却しないと、大損してしまうリスクがあります。しかも困ったことに、M&Aでの会社売却というのは、一生に一度だし一度やったら元に戻せませんから、セルサイド(売り手)にはM&A経験者が非常に少ない。そのため、売った後で大損していることにM&A初心者のセルサイドは気づいていないという事態が生じやすいと言えます。

会社の価値ってどう評価するべきか?なぜガラパゴス化したのか?、という非常に気になる大問題について、今回はその理論的な背景を、わかりやすく説明したいと思います。

不動産の価格で頭の体操から

会社の価格算定よりも圧倒的に単純な仕組みで、会社と同じく「収益を生み出す収益性資産」である不動産の価格の設例を準備しましたので、少し頭の体操にお付き合いください。

(設例)※簡便に計算できるように実態よりもさらに単純化してます。
マンションオーナーAさんは、約10年前に個人的な拘りをトコトン追求し、豪勢なエントランスやトレーニングルーム等を付けたマンションを20億円かけて建築しました。当初は珍しさもあって、ネット賃料は目標の水準(10%の2億円)でスタートしましたが、5年も経過するとネット賃料は近隣相場(1億円)と変わらなくなってしまいました。現在、減価償却後の帳簿価格は15億円です。この立地・グレードのマンションの投資利回りは10%が妥当と言われています。さて、あなたならこのマンションをいくら以下ならお買い得と思いますか?

毎年入ってくるのは1億円だけど、帳簿価格が15億円なのだから、少し色を付けて18億円出して買ってあげよう!という太っ腹な感覚をお持ちの方は、これ以上読まなくても大丈夫です。
10%の利回りが必要だから出しても10億円まで、リノベーション投資にいくらかかるか、その結果どれだけ空室や賃料アップを実現できるかを検討し、他の買い手がいそうか仲介会社に探りを入れつつ、少しでも安い価格で買いたい。これが普通の買い手の思考回路だと思います。

今度は逆に、このマンションの近くに10年前には存在しなかった新駅の開発計画が持ち上がり、来年開通予定となったとします。賃料を下げなくてはいけなかった原因が、交通の便が最悪で入居者を埋めるために仕方なかったからだとします。これを受けて、賃料の大幅値上げに大半の入居者が応じてくれ、ネット賃料が2億円に回復したとします。しかも駅の近くに大規模なモールが建設される予定で、そうなったら2.5億円のネット賃料でも入居したい人が大勢出てくるであろう絶好の立地とします。この場合でも投資利回りは10%とすると、このマンション価格は20~25億円出してもよいと思うと思います。むしろ空室リスクが下がりそうなので、投資利回りを少し妥協し8%でも可とすると25~30億円以上でも構わないと思うはずです。ここで、帳簿価格が15億円なんだから、他に買い手がいようがいまいが15億円に去年の賃料の3年分を足した18億円で売ってくれと言っても売り手は売ってくれませんし、他の買い手に取られてしまうだけですね。

ここで私が言いたいことは、不動産価格についてのメカニズムというよりは、不動産や会社経営権(株式)などの「収益性資産」の評価においては、「将来どれだけの収益が期待できそうか」、「どれくらい下方リスクがある状態なのか」が重要で、当初の建設コストに時の経過を反映した「帳簿価格(過去の取得価額ベースの純資産)」は、今の価格にはまったく関係ないということです。

そして、このマンションの後者の例でいう「新駅登場」、「モール出現」というのが、会社の場合には「ユニークな強みとそれを発揮しやすい市場・競争環境」なわけですので、そういう会社さんが純資産という会社の帳簿価格をベースとした価格で売ってしまったら本当にもったいないことになりかねないということでもあります。

不動産という、せいぜいリースアップの工夫とか賃料改定、がんばってリノベーションなどのシンプルな改善施策しか打ちようのない固定的な性質の収益性資産の場合でも、上記のような価格差が、状況、環境の違いにより生まれる可能性があるわけです。商品・サービスを増やしたり改良したり、店舗を増やしたり、内製化したり、アウトソースしたり、販売チャネルを増やしたり、マーケティング手法の現代化を図ったり、システム化でコスト効率化したり、違う業態を追加したり、FC本部を始めたり、海外に打って出たり、補助金を活用したり、節税策を実施したり、幹部人材をヘッドハントしてきたり、多種多様な収益アップの打ち手が存在する会社の場合、期待できる収益と、リスクのコントロール方法は、不動産よりも遥かに複雑で、上方にも下方にも大きく動く可能性があるのは当然です。

間違いないのは、ユニークな会社ほど、打ち手は多種多様に広がり、つまり潜在的成長力を秘めていて、優れた経営戦略と欠陥の治癒・経営資源の補完次第では、さらに飛躍できる可能性もあるということです。具体的に実現可能性がある施策があるのであれば、それらすべてを適切なリスクに応じ、価格に反映させなければ、「適正な会社売却額の評価」とは言えないということにもなります。

簡単に相手をみつけて、簡単に価格を計算しようとすると、取返しのつかない事態に陥るリスクがあるということですね。

会社経営権(過半数株式)の価値評価法は大きく3種類+1種類

■ 純資産法(Net Asset Value Method)

純資産法は、会社を清算するときの価格(自然人の相続税を計算するための財産評定の法人版です)です。会社を設立してからBSの資産と負債の部に計上されてきた金額の純額ですが、会社の価値を語るに、遥かに重要なはずの役員・従業員が身に着けた専門ノウハウ、顧客からの評判、取引先との関係などの無形資産の価値がまったく反映されていません。つまり、純資産法を採用するのであれば、役員・従業員の過去の努力が無価値と認めることになります。しかし、たしかに客観的だし、計算が簡単なので士業などM&A周辺業務系の人でもできる計算方法なので、M&A以外の税務目的などでは利用されたりしますが、あくまでも、会社の資産を全部換金して負債を全部払って残るお金を株主で山分けする場合の評価方法であり、継続企業を前提とするM&Aでの会社売却価格の評価方法としてはふさわしい方法ではありません。ちなみに、この方法を時価純資産法または修正簿価純資産法と呼んだりします。

■ 純資産法をベースに収益を考慮した方法

純資産に営業利益3年分等を加算した金額が日本の零細・中小企業M&Aで多用されているようです。なぜ、将来の収益力とはまったく関係のない純資産というものに、過去の利益を足し算した不思議価格が多用されているのかというと、①兎に角、計算が簡単なので、適正評価スキルのない人でもM&A案件の最重要パート(価格評価とその根拠まとめ)を担当でき、M&A仲介会社にとって効率経営できるから。②バイサイド(買い手企業)にとってリスクが少ない(この価格以下であれば、連結会計上、最悪でもトントン、シナジーがあれば確実に旨味が手に入る)ため。この2つだと思います。事業承継難大企業の自力成長難という2つがピタリとはまったことが、このようなガラパゴス価格が広範囲で利用される原因でしょう。その結果、「ふつう以下の会社」がM&Aで買い手が見つけやすくなった一方で、本来高く売れるはずの「ユニークな会社」のオーナーにとっては、リスクや努力に相応しい創業者利潤を得にくい環境になってしまったということです。M&A助言会社の中には上場している会社も数社存在します。彼らの会社の純資産と営業利益を利用して純資産に営業利益の何年分が加算されているかを確認してみてください。おそらく数十年分の営業利益が加算された価格になっていると思います。

■ マーケット・マルチプル法(Market Multiple Method)

この手法は、上場企業の株価や直近数年内のM&A案件での株価と、利益の関係などを利用して計算する方法です。
例えば、
・類似企業Aの株が100、利益が10、なので倍率は10倍
・類似企業Bの株が100、利益が20、なので倍率は5倍
・平均を取って、倍率は7.5倍
⇒ターゲット企業(売り手企業)の利益が5なので、7.5倍して37.5が株の評価額
このような計算をして株式価値を評価するものがマーケット・マルチプル法です。上場株式の評価に使われるPERやPBRもこの方法の一種ですが、不完全なのでM&A目的ではあまり利用されません。
上場株や実際にM&A取引で利用された客観的な数字を使用するので、恣意性が入りにくい客観的な評価手法として広く活用されています。
しかし、これもユニークな会社の場合には不適切な評価方法になる場合があるので要注意です。例えば、ユニークなビジネスモデルが市場にマッチしてるがために出店攻勢を続けられている会社がいて、一方、競合他社では業界標準ビジネスモデルの欠陥が響いて大量閉店が続いているとします。ユニークな会社が成長できる原因こそが上場競合が業績低迷している原因かもしれず、そのおかげで競合の出店エリアを奪って成長できるという業界構図ですね。当然、上場競合企業の今後の先細り感を反映し株価は低い水準に落ち込んでいます。それなのに、その低迷している株価を参考にした評価をしてしまうと、その会社のユニークな強みを源泉とした成長可能性は株価に適切に反映されなくなってしまいます。
さらに、上場企業は株価対策上、会計上の利益を多く見せたい一方、非上場企業は税金を多く払いたくないので利益を薄く見せたいという真逆の方向性があります。この点でも、利益薄め計上の非上場会社が利益多め計上の上場会社の倍率を使用すると不当に低い評価をされてしまいがちということです。このように、表面上似ているかどうかというよりも、本質的に、成長性、安定性、健全性等が近い、マルチプル法で評価するにふさわしい真の類似会社が複数存在する場合、この評価方法は説得力を持ちますが、存在しない場合はミスリードの原因になりやすい評価方法なのです。
しかも、非上場会社は上場会社よりも低く評価するディスカウント調整をされることもあります。理論的に正しい面もありますが、状況次第で押し返すことも可能な調整です。
この方法で適切な評価をするためには、本質的に類似している会社を見極めるビジネス目利き力と、今の株価が特殊な事情で適正水準から乖離していないかを見極めるマーケット目利き力をもっている担当者が評価する必要があります。双方ともに、まともなM&Aバンカーであれば、備えていてしかるべき基礎的スキルになります。

■ ディスカウント・キャッシュフロー法(DCF法)

上記の欠点をカバーする方法が、ディスカウント・キャッシュフロー法(Discounted Cash Flow Method)です。
このDCF法は、ターゲット企業の将来キャッシュフローを予測し、そのキャッシュフローの実現可能性(リスク)を反映した割引率で現在価値に割り戻して計算する方法です。この方法であれば、過去の帳簿価格である純資産は、株式価値評価にまったく考慮されず、過去の営業利益も参考程度にしか使用されませんので、潜在成長力を有しているユニークな会社を適切に評価するにはもっとも相応しい手法です。というよりも、他に適した手法は理論的に存在しません(モンテカルロ・シミュレーションによるリアル・オプション法等のより正確に将来の可能性を評価する方法もありますが、DCF法よりもさらに手間がかかってしまうので、現実的ではありません)。

将来において、どのような施策を打って売上を拡大し、利益を増加させていくことができるのかを具体的に盛り込んだ事業計画を基礎とし、その実現可能性を踏まえて評価されることになりますから、ユニークな企業の潜在的成長可能性を適切に評価することが可能になるのです。

しかし、このDCF法は、ほとんど中堅・中小企業のM&A目的では利用されていません。

なぜかというと、
①兎に角、手間がかかるし、個別の改善施策等について実現可能性を踏まえた説得力のある評価をできる人材がM&Aマーケット内に圧倒的に少ないこと、
②セルサイドの思い(高く売りたいから大きめの数字を見せたい)が入るなど、恣意性が入りやすい
この2つでしょう。

逆に言えば、これらの問題を解消できるなら、過去の純資産や不適切な競合企業の影響を受けない評価額で、M&A価格交渉をできる余地が生まれ、結果として相対的に高く売る道が見えてくることになります。
そのためには、DCF法評価ができるM&AバンカーをセルサイドFAとしてアサインし、そのFAと一緒に、喧々諤々、事業計画を練りに練るという工程が非常に重要ということになります。

DCF法の最大の問題点は、「事業計画の数値が信用できない」、つまり「過度に楽観的な数字と思われやすい」ことです。

そのため、セルサイドにとって大事なことは、楽観ケース、悲観ケースと複数のシナリオを用意しつつ、実際の経営現場、顧客の声、従業員のモチベーション、取引先の制約など、様々な観点から第三者的に懐疑的な視点を入れてチェックしてもらい、徹底的に練りこむというプロセス将来の不確実性を調整するストラクチャリング力です。バイサイドの立場に立てば、大事なのは、現実的な企業経営の結果としての今後の業績、それを如実に表している鏡としての「リアルな迫力」です。そのためには、その評価作業を担当する人を、「ビジネスのプロ兼M&A評価のプロ兼M&A交渉のプロ」から選ぶ必要があります。

(セルサイド)「DCF法の評価の結果、10億円でした。なので10億円払ってください。」
(バイサイド)「なるほど。そうですね。10億円払いましょう。」
残念ながら、このような価格交渉はまず実現しません。

むしろ、DCF法による評価の基礎である事業計画を煮詰めていく過程で発見される情報(気づき)に価値があると思っています。M&A売却活動のすべての局面で非常に役に立ちます。