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「同業他社に売りたくない」はM&A会社売却で不利になる?

2020/6/5

M&A会社売却時の心構え

M&Aのお金(価格・税金)

「同業他社に売りたくない」はM&A会社売却で不利になる?

オーナー社長は、数十年といった長期間、競合他社(同業)と凌ぎを削って、ときに不快な思いをしつつ、ときに競争心を成長の糧として、なんとか生き残り、少しでも事業を拡大すべく努力を継続し、いくつもの壁を乗り越えてきたはずです。

特に、知恵と勇気がなければ不可能な「同業他社との決定的な差別化」に成功した会社の創業オーナー社長の気持ちとしては「創意工夫、試行錯誤して作り上げたビジネスの仕組みを、できれば後世に残したい」と思うのが普通でしょう。

そのため、ユニークな強みを持つ会社を育成されたセルサイドオーナーほど「M&Aで会社売却をしたいが、絶対に同業他社への売却は避けたい」と思う方が多いのだと思います。

ユニークな会社を高く売る」がモットーの弊社には、よく「同業他社には売りたくない。でも今までの苦労を反映した価格で売りたい。」という相談が寄せられます。

しかし「同業他社には絶対に売りたくない」とすると、譲渡先の選択肢が減ることは間違いないわけで、M&Aの成功可能性がどの程度下がるのか、売却に成功したとしても条件面にどのような影響が生じるのか、を知っておきたいはずです。そうでなければM&A会社売却に関するトップレイヤーの戦略・戦術を組み立てられません。

結論はケースバイケースです。同業他社への売却しか選択肢がないケースもあり、同業他社への売却だと条件が非常に悪くなるケースもありますが、逆に、視点を大きく広げて、異業種や投資ファンドに売却すると、想定外の好条件で売却できるケースもあります。

今回は、どのようなケースが同業への売却を禁止してもダメージがないか、どのようなケースが同業への売却を許容すべきか、を検討してみたいと思います。

同業他社への売却の一般論

まず、一般論として、M&A助言会社にとっては同業他社への売却は、非常に楽なので「色々な理由をつけて同業他社への売却を強く推奨される」と思っておきましょう(M&A助言会社のビジネスモデルによって大きく変わる部分の一つです。ちなみに弊社は同業への売却を強く推奨することは絶対ありません。)。

どういうことかと言うと、一般論として、同業を買収したバイサイド企業(買い手企業)はすでに同じような機能を一通り持っているので、本部機能等のコストセンターを大幅カットできますし、仕入や外注費等の共通コストについてボリュームディスカウントを期待でき、顧客と販売商品・サービスが完全に重なっていなければクロスセルも期待できます。だから、同業他社は、買収価格が一定水準以下など、投資案件として魅力的な価格で買収できるのであれば、M&Aに積極的になりやすいと言えます。つまり、「売却の確度」とか「売却スピード」を最優先に考えるセルサイドオーナーにとっては同業への売却は大きなメリットがあると言えます。

また、M&A助言会社としても、ターゲット企業(売り手企業)の属する市場や競争の環境、ターゲット企業の事業・経営者・組織・財務・税務・労務・法務・テクノロジー・コンプライアンス・ガバナンス等について、正しく、深く理解しなくても、同業他社への提案であれば、数ページ程度の企業概要書を同業バイサイド企業に示し、あとは財務情報等の最低限の情報を開示するだけで、勝手に同業バイサイド企業が正確に実態を推測してくれますので、批判を恐れず敢えて簡潔にまとめると「数カ月程度の研修を受けただけ、本格的なM&A助言を経験していない未経験者でも、対人コミュニーションに長けてさえいれば、M&Aディールを成約させることが可能」になります。つまり、M&A助言会社のメリットは、人件費が高額な経験M&Aバンカーは雇わず、人件費が少額の未経験マッチング専門スタッフで代替できる点を挙げられます。つまり、同業への売却を強く推奨するインセンティブ(=利益が増える)があるわけです。M&A助言会社の最大コストは人件費ですので、これを数分の一に圧縮可能になるなら「同業売却が可能な売却案件を大量に集める仕組み作り」に集中すれば、高利益・高成長体質のM&A助言会社が出来上がるという寸法です。

同業への売却の売り手デメリット

しかし、ここが大事なのですが、いかに情緒的な説得話法で、同業への売却に誘導することに成功したとしても、肝心要のセルサイドオーナーの気持ちは、実はほぼ置き去りです。M&A業者の勝手な都合で、数十年の苦労の結晶を、最適とは言い難いバイサイド企業に売却することが、望ましいM&Aとは到底思えません。しかも、売却条件面でもセルサイド有利(つまり高い評価)につながるとは限らないので、問題は気持ちだけでは済みません。

つまり、ターゲット企業を、ビジネス(事業)としてではなく、単なるパーツ(顧客、人材とか取引先等の経営資源)集め程度の目的で買収されると、安い価格になりがち(経営資源の調達コスト未満でなければM&Aをする意味がない、だから純資産等のコストベース価格になる)である上、残される役員・従業員にとっても、魅力的な職場でなくなる危険を覚悟する必要が生じます。

ビジネス(事業)としての評価であれば「無形資産に価値がある前提での評価」になります。つまり、ブランド、顧客リスト、販売網、ノウハウ、自社開発ITシステム等の「無形資産」が、建物や設備等の「有形資産」と一体となって創出可能となる「独自の将来キャッシュフローを生み出す仕組み(資産)」として評価してもらえる余地が生じます。※無形資産は「のれん」の大半又は一部を構成します。簡単に言い換えると「のれん・無形資産とは、長年の役員・従業員の創意工夫と努力の結晶」です。これがゼロ評価されるのか、高く評価されるのか、が、ビジネス(事業)として評価してもらえるか、単なるパーツとして評価されてしまうのか、でほぼ決まってしまうのです。

例えば「人手不足だから、まとめて人材を確保したいときにM&Aを活用する人材採用手段」をバイハイヤー(Buy-Hire)と言います。同業他社にバイハイヤーされるとしたら、どうなるでしょうか?ターゲット企業の長年の苦労の結晶は、必要なものと不要なものにバラバラに分解・仕分けされ、不要なものは廃棄処分です。筆舌に尽くしがたい無念でしょう。でも、悪いのはこの同業他社ではありません。セルサイドオーナーの真のニーズを汲み取って、最適なバイサイド企業を探索し説得できなかったM&A助言会社が悪いのだと思います。

これが「ユニークな強みを持つ会社を、パーツを買う感覚でM&Aする同業には売却しない方がよい」と弊社が声を大にして主張する大きな理由の1つです。いろんな意味でモッタイナイのです。

M&Aの最終契約(株式譲渡契約等)において、バイサイド企業が負う義務として、従業員の雇用維持等を約束してもらった上で会社売却できるケースは多いです。しかし、冷静に考えてみてください。その条件が維持されるのは、長い年数ではないのが一般的ですから、2~3年後には大量の人員削減が待っているかもしれない、そうならないことを期待するのであれば、そうならない合理的な理由がある先への売却を選ぶしかありません。情緒でビジネスは動かないのですから。

同業への売却がベストなケース

一方で、同業他社への売却がベストなケースも当然あります。

例えば、業界地図を塗り替えるようなトップクラスのシェアを持つ企業同士でのM&Aによる経営統合や、連邦経営(子会社ても独立採算経営で、グループ会社間での競争を促すスタンス)で同業企業を買収し続け、子会社になった過去の売却対象企業が独立して経営できていることを確認できるようなバイサイド企業への売却等が挙げられます。

一番高く売れるのが、同業への売却になるケースもあります。前述のトップクラスのシェア同士のM&Aで、トップ1~5社に声掛けし、競争入札を実施すると、熾烈なシェア争いの真っ最中の競合企業同士が、バイサイドとして、ターゲット企業を奪い合う構造となり、ターゲット企業を自陣営に加えられたバイサイド企業がトップに躍進することになります。通常、バイサイドが払える買収対価は、①スタンドアローン(ターゲット企業単体)の適正評価額(DCF法や調整EBITDA倍率法等による評価)と②シナジー効果の合計が最大となりますが、このようなケースでは、さらに③競合にターゲット企業を奪われた際に失う価値が加わります。トップになることで2位以下を突き放せる市場・競争環境にあればあるほど、③は大きくなるでしょう。ただし、この状態で売却できるのは、そもそもトップを狙えるくらいの位置にターゲット企業を育成する必要があるため、どのセルサイドでも検討できる話ではありません。

また、逆に、現実的な検討をすると、同業他社しか関心を示すバイサイド候補が存在しない場合もあるでしょう。この場合は、同業一択となります。

ネームクリアをM&A助言会社に義務づけるべき?

具体的なバイサイド候補への打診前に、バイサイド候補についてM&A助言会社にしっかりとセルサイドオーナーに説明させ、そのバイサイド候補先への打診が「問題ない」と判断できた場合にのみ、M&A助言会社に打診させる方法があります。これを「ネームクリア」と言います。

もし、ネームクリアを義務付けず、M&A助言会社にバイサイド候補選びを一任したとしても、誠実なM&A助言会社であれば、自主的に気になる点をセルサイドオーナーに確認してから打診するというステップを踏みますが、問題になるのは、不誠実なM&A助言会社が、僅かな手間を省き、早くM&A案件を前に進めたいからと不必要に急ぐ場合です。残念ながらしばしば目にするケースでは、M&A助言会社が別のM&A助言会社にバイサイド企業探索の協力を求め、売却案件情報を無造作にばら撒き、別のM&A助言会社が個別事情を配慮せず、同業を含め、さらにばら撒き提案をする場合でしょう。収拾がつかなくなり、売れ残りの問題案件に見えてしまいます。M&A助言会社との契約内容として「どこまでの裁量を許すのか」は重要な論点です。

原則として「ネームクリア」をM&A助言会社に義務づけるとともに、どうしようもない場合に限り、別のM&A助言会社の活用も許容する、という段階を踏むべきでしょう。特に、機密情報の漏洩による被害が懸念されるユニークな強みを持つ会社は特にです。弊社の場合は、特段のニーズ(セルサイドオーナーご自身が、バイサイド候補について検討する手間を省きたい、弊社に一任したいと強く要望される場合等)がなければ、必ず自主的にネームクリアをしてから打診します。

事前に「ここはNG」というバイサイド候補名が思いつかなかったとしても、実際に具体的なバイサイド候補の名前を目の前に出されると「ここはNG」になる可能性もある、というか、かなり確率が高いと思いますので。

ユニークな会社は、同業に売らない方がよい?

以上より、ケースバイケースではありますが、「同業他社への売却は絶対NG」であっても、問題なくM&Aによる会社売却を成功(ビジネスとしての適正評価(フェアバリュー)以上での売却成功)は実現できるケースは多いと言えます。

特に、ユニークな会社を売却する場合、同業以外の方が高く売れるケースが多いでしょう。なぜなら、ユニークな強みは「もろ刃の剣」であって、せっかく差別化に成功した独自の経営の仕組みが、同業バイサイド企業から見ると、扱いにくい特殊な仕組み、買収直後にバラバラに分解しないといけない仕組みと映るリスクがあるからです(パーツ売り前提だとコストベース価格になります)。また、昨今の不透明かつ急速な環境変化に対し、あらゆる企業がある程度の収益源の多様性を欲しており、ひとつの事業に集中しすぎるよりも、なんらかの本質における共通性等があれば、多角化を視野にビジネスポートフォリオを構築したいというニーズが増えている点もこの戦略を支えます。

ビジネス(事業)として評価してもらえなければ、DCF法調整EBITDA倍率法等の合理的なバリュエーション手法が採用されにくく、コストベース(純資産法等)のバリュエーションになってしまい、明白に過少評価されてしまうので、ユニークな強みを持つ会社を売却しようとしているセルサイドオーナーは特に、同業以外にも視野を広げる必要性が高い、という点はしっかりと覚えておいてください。

また、いずれ会社売却しようと検討しているオーナーも、なんらかのユニークな強みを育成しておくと、M&A市場に参加する際、有利なポジションで参加できるので、早めにM&Aの専門家と相談して、どのようなユニークな強みを伸ばしておくとM&A市場で評価されやすいかを確認した上で、「伸ばすべきを伸ばしておく」と、効率的かつ効果的なM&Aイグジットができるでしょう。いかに優秀な経営者であっても、企業価値評価(バリュエーション)の視点からビジネスモデルの再構築をしないと、ズレてしまうので、早め早めに、M&Aバリュエーションに精通したM&A助言会社と相談することが得策です。

バイサイド企業の類型

では、同業以外に売却するとき、どんなバイサイド候補を想定すると、M&A会社売却で成功しやすいでしょうか?

バイサイド企業は、次のように分類できます。
1. ストラテジック・バイヤー(事業会社)
 1-a. 同業
 1-b. 関連企業(垂直統合)
 1-c. 関連企業(水平統合)
 1-d. 異業種
 1-e. 海外企業
2. フィナンシャル・バイヤー(投資ファンド)
 2-a. PEファンド
 2-b. コーポレート・ベンチャー・キャピタル
 2-c. アクティビストファンド
 2-d. ヘッジファンド

この中から、ターゲット企業を、パーツではなくビジネス(事業)として評価してくれる先を丁寧に探すことが重要です。

ビジネス(事業)として見てくれるバイサイド候補であれば、改善余地や成長余地を加味した将来キャッシュフローやシナジー等を基礎に、合理的な評価手法を用いて評価してもらえる可能性が高まります。純資産等のコストベース価格を軽く飛び越えることが可能になるわけです。

あくまでも「パーツではなくビジネスとして評価してくれる先が良い売却相手」です。「すぐに買ってくれそうな先が良い売却相手」ではありません。表面的な形態にとらわれ過ぎないようにしましょう。異業種や投資ファンドだと、いたずらに従業員の削減に動けない(ビジネスが回らなくなるから)点も、異業種や投資ファンドを選択肢に入れるべき理由の1つです。

同業以外に売る場合の留意点

ただし、同業への売却は、「説明が簡単に済む」「売却準備が楽に済む」というメリットがあり、同業以外への売却は、つまり「説明が簡単に済まない」「売却準備を周到にする必要がある」と同義になります。

当然ですね。誰しも、今まで気にしていなかった業界のある企業を「買収しませんか?」と打診されても、しっかり説明してくれないと、メリットを理解できません。数億、数十億という大金を支払う以上、大雑把な説明しかしないと、検討テーブルに乗ることもなく謝絶、ラッキーで検討してもらえても過少評価されてしまうわけですので、「情報開示の品質」が極めて重要になるのです。「下手な鉄砲百撃ちゃ当たる、わけがない」のです。野鳥を撃つのと、慎重に検討する義務を持つバイサイドから数億、数十億円の大金を引き出すことは同じレベルなわけがないのですから。

特に、社歴の長い会社のオーナー社長は「自分の会社の中での当たり前は、外部の人にとっても当たり前」と思い込む傾向があるので要注意です。異業種や投資ファンドにターゲット企業の魅力を理解してもらうには、丁寧な説明が不可欠です。極めて優秀なバイサイド候補企業の投資担当者でも、人間ですので、頻繁に大きな誤解をします。過大評価してもらうラッキーを期待したり、過少評価されるリスクを負うべきではないのです。

外部の異業種や投資ファンド等に、余すところなくターゲット企業の「潜在価値」「強み」「課題」「リスク」等を、客観的に、合理的に、数字に落とせるレベルで説明するためには、情報開示の品質に優れたM&A助言会社を選ぶことが勝利の大前提になるわけです。そのために、数字助言者:フィナンシャル・アドバイザー(=M&A助言会社)が存在しているのですから。

ところで、情報開示といっても、上場会社のように何から何まで自前で用意する必要はありません。異業種や投資ファンドや海外企業とのM&A成約の実績を積み重ねたM&A助言会社を選べば、的確なコミュニーケーション能力を備えているはずです。「M&A助言会社とのコミュニケーションだけしっかりやればOK」です。あとは、M&A助言会社があらゆる角度から検討し、最適なM&A売却戦略を構築して、交渉プロセスをグイグイと進めてくれるはずです。

100時間、会社売却の準備のためにM&A助言会社と密なコミュニケーションをとったとしても、そのおかげで1億円売却価格が上昇するなら、時給は100万円と計算できます。3億円とか5億円、売却価格が上昇するなら、どうなりますか?が現実に起きる世界がM&Aですよ。