例えば、M&A助言会社が、セルサイドオーナー(売り手)に、投資ファンドをターゲット企業(売り手企業)の譲渡候補先の1社としてご提案すると、セルサイドオーナーはこういう風に考える方が多いようです。
「でも、投資ファンドって、すぐにまた売る(転売する)んでしょ?」「トップクラスの大手同業他社なら転売せず、永久に育成してくれるはず。絶対的に安心だ。」「できるだけ大きな同業に売るのがベストなのでは?」
たしかに「転売」という言葉には、なにやら一等低い響きが含まれています。なんとなく気持ちはわかります。
でも、ちょっと待ってください。
この心配は、たしかに理解できる面もありますが、セルサイドオーナー(売り手)の本質的ニーズを実現するための合理的行動からは、ややズレてしまっているかもしれません。
「同業他社に売りたくない」とういセルサイドオーナーも多く、他にも色々な心配が生じるのがM&Aです。「転売されたくない」に必要以上に固執すると、別のより大きな心配に悩まされるだけかもしれません。
「同業他社に売りたくない」はM&A会社売却で不利になる?
そもそもなぜ転売されるのがイヤなのか?
転売されることに嫌悪感を感じるのは「自分がしっかりと見極めたバイサイド(買い手)以外の、どこの馬の骨ともわからない相手の手中に移ると、残る役員・従業員から何を言われるかわからないし、自分の育てた会社が簡単に売買できる小物扱いされてるみたいで許しがたい。」といった情緒的な面が大きいと思います。大事に育てた娘を、嫁に送る父親のような心境でしょう。
もう少し砕くと「バラバラに分解されるパーツ売りになるのがイヤ」、「自分の育てたユニークな仕組みが跡形もなく改造されるのが許せない」あたりではないでしょうか?
しかし「転売されるのがイヤ」だからといって「大手の同業他社に売るのがベスト」と思い込むのはやや短絡的です。
たしかに「転売」はされにくいけど、結局「バラバラに分解されたり」「ユニークな仕組みが改造される」なら本末転倒です。また、規模が違いすぎると「放置」されたり、買収後の統合・改善・育成等が面倒くさくなって結局「転売」されたり、企業文化が合わず「従業員が自主的に退職」したり、といったマイナス面もありうるのです。
「創業オーナー社長として、苦労して築き上げた有機的一体として機能している事業体(ビジネス)としてのカタチを後世に残す」ことが本質的な欲求なのであれば、思い込みで相手を絞り込んではいけません。
典型的な転売者とは?
転売するバイサイド(買い手)として、パっと思いつくのが投資ファンドでしょう。たしかに投資ファンドは転売しないと売上が立ちません。基本的に転売で成功するために投資し、投資後の努力をしていると言えます。
しかし、誤解がいまだに多いので補足しますと、投資ファンドの中には、たしかに具体的な改善策や成長策をほとんど講じずに、①すぐに転売して売却益を確保しようとする投資ファンドも存在しますが、一方で、②事業会社以上に頭をひねり、汗をかいて企業価値をしっかり高めてから、セルサイドオーナーの意向も深く考慮した上で、最終的に上場イグジットしたり、事業会社に売却する投資ファンドもたくさんいます。なかには③「絶対に転売しない」と宣言する投資ファンドまで登場しています。
実は、事業会社の中にもイグジット前提(当初から売却益狙い)で買収する会社もいます。「育成はできるけど、長期保有するほど共通したバックボーンがないターゲット企業でも転売前提で買収する転売積極スタンスの事業会社」です。
また、M&A時の情報開示が貧弱で、買収した後で想定外の事実が噴出、長期保有するメリットがないことが判明したので、早めに手仕舞い(転売)する転売消極スタンスの事業会社(不可抗力で転売するしかなくなった事業会社)も相当数いるでしょう。
いずれにしても、転売者は「転売した方が自社の企業価値向上に貢献するから転売する」と整理できます。
転売されるのがイヤならどうすれば?
とはいえ、苦労の結晶としてユニークな強みを育成したオーナー社長ほど、「ターゲット企業(売り手企業)が今後どのように扱われるのか」は、ときにお金以上に気になることでもあるでしょう。多分に感情の世界なので、いくら合理的に有利な選択肢が他にあるといっても、受け入れられないという方もいると思います。
しかし、あえて言い切りますと「M&A会社売却をやる以上、いったん感情は脇に置き、徹底して合理性を追求すべき」です。筆者の経験上、結局、その方がセルサイドオーナー、役員・従業員、バイサイド企業の全員がハッピーになり、感情に引きずられてM&A会社売却を実行してしまう方が、振り返って後悔するM&Aになります。一番損をしやすいのが、M&Aの知識が乏しく立場の弱いセルサイドオーナーです。
まず、転売を制限する場合のコストを理解していただいてから、転売を避けるための対策を検討したいと思います。
M&Aを実行すると、ターゲット企業の「所有権(=会社の経営権)」が、セルサイドオーナーからバイサイド企業に移転します。民法において「所有権」は「使用・収益・処分する権利」で構成されますので、もし「転売(=処分)」を禁止するならば「処分権が厳しく制限された所有権」ということになりますから、その所有権の価値(=会社売却価格)はかなり落ちるはずです。もし「処分権無しの所有権を買え」と言われたら、状況によりますが、3~5割程度ディスカウントしてもらわないと、筆者は買う気が起きません。所有権の中において「処分権」は極めて大きな価値を秘めているからです。
セルサイドオーナーに、自分の会社の経営権(株式過半数)を売却する権利があるのと同じように、バイサイド企業にも、多少の制限を加えることは可能としても、転売する権利は存在する、だから適正な評価で売れる、という現実はまず覚悟して受け入れるべきです。転売される事が絶対にイヤならM&A会社売却はやらない方がよい、とさえ思います。「自分は売りたいけど、買った人は売っちゃダメ」というのは、不公平なので。
「せめて数年間は転売しないという誓約」をしてもらい、違反された場合に違約金を受領するくらいが限界です。しかし、この制限もバイサイドからすると重い義務なので、当然、価格に反映したくなるでしょう。
でも、転売されるのがイヤならどうすれば?
「でも、でも、できるだけ転売されないような売り方をしたい!」と思うのでしたら、どうすればよいでしょうか?
現実的な対策としては、
1. 「厳しい転売制限をかける代わりに適正評価よりも大幅に安い売却価格で我慢する」
2. 「転売する動機を消滅させる値段:適正価格(フェアバリュー)で高く売る」
のどちらかです。弊社は、常に2(適正価格で高く売る)を推奨します。しかし2(高く売る)は大変で、簡単なのは1(安く売る)なので、効率重視で1(安くするかわりに契約書に転売制限の誓約条項を入れる)を推奨するM&A助言会社もいるでしょう。
こうすれば、少なくともセルサイドオーナーのこの不安(「転売されたくない」)はおおむね解消できるでしょう。
あとは、この対策の結果、受け入れるべき負担を受け入れられるかどうかです。
1の負担は売却価格の大幅な妥協、2の負担は売却準備の負担です。2のセルサイドオーナーの負担を下げるためには準備作業を請負ってくれる片手タイプのM&A助言会社を選べばよいので、合理的な思考をされる方なら2一択になると思います。
転売益は、「1次バイサイド企業による2次バイサイド企業への転売額」マイナス「 1次バイサイド企業がセルサイドオーナーから買収した際の仕入額 」ですから、この「仕入額」を高めておきさえすれば、すぐに転売したくても事実上できなくなります。汗もかかずに転売益を狙う類のバイサイドは近寄ってもこないのです。
転売したがる人の動機とは?
投資ファンドや事業会社が転売する理由はすでに説明しました。その方が合理的に経済効果を高められる機会があるからです。それぞれのビジネス上の必要性に応じ、合理的な決定をした結果、転売するだけです。
しかし、これだけで話を終わらせては本質を見誤ります。「転売をプロモートする者のインセンティブ(動機)」も知っておくべきだからです。
転売で儲かるM&A助言会社+転売で儲かるバイサイドが組み合わさると、1社のターゲット企業の売却案件を獲得できただけで、錬金術のように利益を膨らませることが可能になります。
最悪ケースを知っておくことは大事だと思います。こういうケースです。
セルサイドオーナーが会社売却の相談をしたM&A助言会社が、ターゲット企業の適正評価額が20億円であることを隠して「適正評価は10億円なので10億円でこのバイサイド企業に売るべきだ」とセルサイドオーナーを説得し、10億円で仲良しの転売目的バイサイドに売却します。セルサイドオーナーは10億円から成功報酬5%の5000万円と税金2億円を差し引いた7.5億円を獲得してオーナーとしての人生に幕を閉じます。10億円もの高額で会社売却に成功できた、と勘違いしたままです。一方、20億円が適正価値の会社を10億円という安値で買収できたので「またよろしく、ご祝儀ね」とばかりに、バイサイド企業は M&A助言会社に10%の成功報酬(1億円)を喜んで払います。さらに、今すぐ20億円で売れるわけですので、20億円で転売活動を開始します。同M&A助言会社が一番状況を理解しています。次の売却に成功できたので、また両手合わせて10%の成功報酬(2億円)をゲットできました。M&A助言会社はトータルで3.5億円もの成功報酬をゲットできたことになります。セルサイドオーナーから見ると実質成功報酬率は35%ですね。当然、最初のバイサイド企業も多額の売却益(8億円=売上20億円-仕入10億円-費用2億円))を獲得できています。
自分の会社の価値を知らないセルサイドオーナー+両手タイプM&A助言会社+転売目的バイサイドのコンビネーションで生じる悲しい結末です。1回目の売買価格には純資産ベースの評価額が使われ、2回目の売買価格にはDCF法やEBITDA倍率法等の合理的な評価手法が使われます。
能力があり信頼できるM&A助言会社に依頼してさえいれば、20億円以上の価格で買ってくれるバイサイド企業を最初から探し、必死に説得してくれます。本来あるべき創業者利潤である20億円がセルサイドオーナーの懐に入ってきました、が本来あるべき結末です。
転売利益の原資が「本来セルサイドオーナーが獲得すべき創業者利潤との差額(10億円=20億円-10億円)」であることは疑いの余地がありません。
このリスクを避けるには、誘惑を断ち切った”常に片手タイプ”のM&A助言会社を選ぶことがはじめの一歩でしょう。
ちなみに、弊社の場合「バイサイドとの癒着を断ち切るために常にセルサイドのみをクライアントとするセルサイド特化型」かつ「バイサイド企業から報酬を受領したら報酬を全額返金」という「二重の安心保証」を提供しています。セルサイドオーナーが疑心暗鬼に陥って案件がとん挫するリスクを負うくらいなら、退路を断つ覚悟をM&A助言会社も負って、クライアントであるセルサイドオーナーに明確に示すべきと考えているからです。
「本当に、そんな転売で成功報酬倍増なんて、非常識なことがあるの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。否、むしろ、こういう話は、大金が動く業界内では枚挙に暇がありません。一番大きなお金が動くのに一番規制が少ないのがM&A助言業界と言っても過言ではないでしょう。保護すべき人が、一般個人ではなく、優秀で慎重なはずの経営者(取締役)・筆頭株主だからです。
もっと身近な業界における本質的に似ている例です。
証券会社の個人営業に似た手口があります。経済や金融の知識の乏しい老人等に何度も株式を回転売買させ、その都度、売買手数料を受け取るという方法です。社会問題化し、金融庁は対策を講じましたが、年々厳しくなるノルマを課す以上、撲滅は難しいでしょう。顧客の資産を増やすことではなく、売買手数料を最大化することに集中しないとトップセールスにはなれない、自分の居場所がなくなるのです。
また、保険会社の個人営業にも似た手口があります。保険商品は非常に仕組みがわかりにくく、またライフステージ毎に必要な保障の内容や金額も変わりますから、頻繁に契約を更改させたり、保険会社を乗り換えさせたりさせることが得意なセールスマンがトップセールスマンになります。成功報酬型ボーナスが高額になるので、必死に必要のない契約更改(コンバージョン)や自社商品等への乗り換え誘導をするわけです。
また、不動産業界の個人営業にも似た手口で、不動産の売り手の利益を害する取引(例えば、外国人等の日本のマンションの実態に無知な買い手(個人)と、不動産鑑定評価額の計算に疎い売り手(個人)の間で、中間売買を繰り返して、両手合計6%の仲介手数料を数倍に膨らませる手法)があります。
共通項は、①顧客の無知、②取引の繰り返し、③セールスマンの評価体系です。
困ったことに、M&A助言会社で働くM&Aアドバイザーの出身業界を尋ねると、かなりの頻度で上記の業界出身者(証券(個人営業)、保険(個人営業)、不動産(個人営業))で好成績を出した経験のある人に遭遇します(もちろん、全員が転売で儲けを膨らましているわけではありません。しかし証券や保険や不動産を売るよりも会社を売る方が確実により儲かるから移動してきているというのは間違いないでしょう。生物が、より栄養の摂れる土地を目指して移動するのと同じです。)。
少なくとも「M&A助言会社の代表者の出身業界・職種」と「メイン担当者の出身業界・職種」について確認しておくとよいと思います。ただし、元不動産の個人営業トップセールスマンだけど、必死に、M&A取引のみならず、各業界のビジネスモデルやM&A金融や会計・税務・法務・労務やテクノロジー等々について勉強し、セルサイドオーナーの利益最大化に貢献できる能力を身に着け、誘惑に負けず、片手報酬で必死に頑張るM&Aバンカーも、理論上存在しうると思います。
「ちゃんとした投資銀行流(片手タイプ)のM&A業界に入って7年以上生き残っている」なら、元の出身業界がどこであろうと「本物のM&Aバンカー」である可能性は高いでしょう。逆に誘惑に負けて「ひと粒で二度三度おいしい仕組み」で長く生き残っている人は、セルサイドオーナーにとって最適なパートナーではない可能性が高いのかもしれません。
まとめ
結論として、転売されたくないなら「転売しても意味がないくらいの高値売却をすればよい」です。これがもっとも防御力が高いと思います。
でも「最終的に転売されても仕方ないという覚悟」は必要です。「絶対に転売されたくないなら、そもそも自分も売るべきではない」からです。
そのためには「まず自分の会社の本当の価値を知る」必要がある。この無知が付け入る隙だからです。
適正価格での売却(高値売却)を実現するためには「本当の価値で売却するしかない立場のM&A助言会社を選ぶ」です。
さらに、投資ファンドを活用することで「セルサイドオーナーが転売利益を享受する方法」「セルサイドオーナーが上場会社の創業者になれる方法」もあります。詳しくは次の記事を読んでみてください。「転売してもらえるって幸運なのかもしれない」と考え方を柔軟にすると選択肢の幅が広がります。
M&Aによる会社売却の成功パターン:条件に乖離があるならアーンアウトや二段階売却が有効