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会社の売り時①:株式指数との関係

2023/1/5

M&A会社売却時の心構え

M&Aのお金(価格・税金)

会社の売り時①:株式指数との関係

いざ「M&Aで会社売ろう」と思い立ったオーナーさん。
でも、売り時って一体いつだろう?」と素朴な疑問に悩む方は少なくないと思います。

「考えてもわからない」「みんな売ってる方法と同じにしておけば、失敗しても割り切れる」「自分で売りたい時が売り時だ」と思考停止で大事な決断を下してしまう前に、少しだけじっくりと考えてみてはいかがでしょうか?

これから6回にわたって「会社の売り時」について基本的な検討ポイントをお伝えしたいと思います。

外部環境」として、
①株式指数の状況 <今回の記事>
倒産件数の状況
M&A会社の採用状況

内部環境」として、
会社業績の状況
⑤オーナー個人の状況

それぞれの検討ポイントとそれがなぜ大事なのかをご説明したいと思います。

最後に「まとめ」として、
⑥会社の売り時が今じゃない時どうするか?


今回は、①株式指数の状況と会社の売り時の関係です。

本題に入る前に、売り時を考えるための前提知識をおさらいしたいと思います。

(前提知識)M&A取引価格の理論的なメカニズム

M&A取引で最も重要な交渉内容は「取引価格」です。
他にも色々と重要な交渉すべき要素はありますが、最終的にここに行き着きます。

誠実で能力の高いM&A助言会社と組み、しっかりと自分のニーズや心配事を伝えることに成功したら、買主との交渉において、できる限りそのニーズが実現できるよう工夫してくれるでしょう。
もし一部ニーズが充足できそうになくても、総合的な条件デザインの中で、価格の妥協とのバランスとなりますので、結局、最終的に価格を優位に交渉できるかが一番重要です。

売主としては「高く売りたい」、買主としては「安く買いたい」のが通常ですね。そのため必ず利益は競合します。そうじゃないかのような説明をするM&A会社もいるようですが、楽に儲けるためのものなので無視すべきです。やはり利益は競合します。当たり前です。しかし、一方で、ハードな価格交渉をしても良好な関係は構築できます。そもそも、そのために、売主と買主の間にアドバイザーやDDベンダーなどの部外者が入るのですから。

まず、M&Aの取引価格がどのようなメカニズムなのか、簡単におさらいしますと、

理論的なM&A取引価格は、次のような評価手法を複数用いた上、総合的に勘案すべき、とされています。

1.【DCF法】事業計画と投資リスクを見積もった上でDCF法で株式価値を算定
2.【EBITDA倍率法等】類似事業の上場会社の業績指標と株式価値との関係を利用した倍率法
3.【取引事例比較法等】類似事業のM&A対象会社の事例のうち、売買両当事者が実際に合意したM&A取引事例の業績指標と株式価値との関係を利用した倍率法
4.【簿価純資産法・修正時価純資産法】会社を清算(廃業)した場合の価格、つまりこれを下回るならM&A会社売却しない方がよい最低水準という意味

中でも、2.EBITDA倍率法は特に重要です。
本来あるべき、公正なM&AプロセスやM&A交渉の場合で一番利用される評価法です。一部例外的な状況を除き、合理性、客観性及び簡便性のバランスが取れている実務的な評価法だからでしょう。
(当社は全案件で1.と3.もフォローしつつ、2.を基礎に価格交渉するケースが多いです。4.は当社は清算コンサルでも再生M&A専門でもないので利用しません。詳細は本サイトの別記事で確認いただけますが、別ソース情報も確認いただき、批判的に検討していただいた上で、腹落ちするまで考え抜くことを推奨します。質問内容が整理できたら積極的にM&Aアドバイザーに問い合わせて質問を浴びせ、回答を比較すると理解が早いし、合理的な比較検討もできて一石二鳥でしょう。)

(前提知識2)実際観察されるM&A取引価格

ここまでが本来あるべき評価。ここからが実際観察される業者都合の評価です。


上記の理論的評価のためには、相応の専門人材を雇い、多くの時間投入が必要となりますので、規模が小さめのM&A案件では、M&A業者が採算を取りにくくなります。「効率的に大量処理できない、自分の儲け最大化の邪魔になる」と考えた零細M&A専門のM&A会社を中心に、次のような価格計算方法があたかも正しい、本流の評価法であるかのように主張されることがあります。

5.【純資産ベース価格】純資産を基礎として1年から数年程度の営業利益等を加算
6.【疑似取引事例比較法】M&A助言会社が自社が仲介する等して成約した取引事例(5.純資産ベース価格)を集めて統計平均等)

言わずもがな、5.は数年続けて清算する会社、つまり一種のスクラップ価格を意味しますし、6.は5.を正当化するための偽装です。いずれも小学校算数で算定可能ですので人件費負担が事実上不要です。

本来の取引事例比較法(3.)は、とにかく客観性が生命線なので、自社が関与した取引が統計手法の中で影響が大きくなりすぎないよう、統計標本から排除又は限定しなければ意味がありません。自社が関与した案件での成約価格ばかりであれば、自作自演のなりすまし客観評価となってします。

こういう評価も、百歩譲って零細M&A市場では仕方がない側面があるとしても、SME市場(中堅中小M&A市場)でも、これしか知らないM&Aアドバイザーが案件受託してしまうケースが増えているので問題です。
ここで、またまたちょっと脱線して。

<M&A価格コラム>
ここで重要なのは、5.や6.で圧倒的多数の零細M&Aが成立してしまっている状況が、実際に今の日本の零細・中小M&A市場で存在しているという点です。
理論的な評価アプローチで買主を説得しようとしても、類似の会社を5.や6.といった激安価格で買えてしまうなら、無理をして公正価格で買う必要もないので、買主ニーズにフィットした5.や6.が蔓延し続けてしまいます。
激安価格で旨味を知った買主は、M&A助言会社に多少の旨味のおすそ分けをしてでも激安買収を繰り返すのが(短期利益を重視するなら)合理的ですから、M&A助言会社を抱き込み、損をするのは売主だけ、という構造に拍車がかかってしまいます。「市場の失敗」が持続・拡大しやすいのですね。
政府も、M&A件数の増加(=廃業件数の抑制)は喜ばしいとする立場です。国民の職場を守った、雇用を守った、と聞こえの良い政府の実績として掲げやすい面も問題を解決から遠ざけます。当然のことながら、市場が著しく歪んだ状態を放置し続けると、中長期的には全体としてのマイナス面が大きくなるでしょう。
一瞬だけ買主は安く買えて喜ぶでしょうが、いずれ時間が経てば売る立場に変わります。このようなM&Aデフレが継続すると、もっと大きく損をするのが元買主(次の売主)になるでしょうし、海外から見ればニッポン企業のバーゲンセールです。
安くてもよいから売られてしまった会社の従業員は、もしかするとM&Aではなく成長産業にシフト(転職)すべき潜在能力のある人材だったかもしれません。数年経過すると人材価値は劣化してしまいます。
売主が苦労の割に報われないことを知った次世代は、起業チャレンジに委縮するでしょうから、日本の経済成長の一番大事なエンジンを破壊することになってしまいます。

サイズ別で動きが違うM&A市場

こういう状況を踏まえますと。。


そろそろ会社を売ろうとするオーナーさんは、1.2.3.で会社を適正・公正な条件で売れるよう、会社を育成、特徴を磨き、それから売るという周到な心構えと準備がとても重要となります。
もし、売ろうとする会社が、スモール・ミッドキャップの会社(SME:調整EBITDAが1億円程度以上数億円程度以下)の規模に少し足りないなら、なんとかもう少し頑張ってSME規模まで育成してから売った方がよい、と強く推奨します。真の売り時はその後に必ず到来するからです。
5.6.の流れに逆らって、1.2.3.の価格で売るのは大変な労力や運が必要となります。

M&A市場は、規模や業種などで細分化されています。

細分化されたM&A市場それぞれを1つの山と譬えるなら、零細M&A市場(激安)も1つの山、Small Mid Cap M&A市場(激安と公正が混在)やLarge-Cap M&A市場(公正)もそれぞれが山です。もし選べる状況にあるなら、ターゲット(山)を変更すればよいのです。
わざわざ雪崩が起きていて、麓で登山を断念せざるを得ない山を選ぶのは愚の骨頂です。可能な限りコンディションの良い山を選んで登りましょう。
因みに上場企業の市場も同じ構造があります。プライム市場(旧一部市場)は厳格な規制(上場の準備)をクリアせねばならないですが、登山のコンディションとしては良好で、公正な評価が得られやすいです。万全の情報開示やリスク管理などが上場の準備の中で整備されていて、上場株式の買主(投資家)に、公正価値で株を買っても大丈夫という安心感を提供しているからです。つまり売主にとっての登頂メリットも大きいので努力した方が合理的、だからこぞってプライム市場を目指すわけです。

入口が一見簡単そうな道を選んでしまうと、岩だらけ、崖ばかりの道しかない山を選ぶことになり、最終的に一番低い場所までしか登れない、というのは、M&A市場も上場市場も同じでしょう。

株式指数が高い時が売り時なのか?

さて、M&A価格メカニズムのおさらいはここまで。株式指数と売り時判定の話に戻しましょう。

売ろうとする会社がSME以上のサイズがある場合やユニークな強み(≒収益力×持続力)がある会社の場合では、1.2.3.等の正しい評価(高めの価格)を得られやすくなります。

一番大事とお伝えした2.EBITDA倍率法は、とどのつまり上場会社の株価が高ければ、売却対象会社の価格も高くなるということを意味します。

となれば、日経平均株価やTOPIX等の株式指数が高いときこそが「売り時」ということになります。

本当でしょうか?

これで終わりならわざわざ記事としてまとめる必要もありません。大事な決断ですから、一見正しそうな事でも、まず疑って検証してみる姿勢は重要です。

株式指数が高いからといってM&Aで高く売れる時、つまり「売り時」と限りません。

考慮すべきポイントの1つに過ぎないし、時に「騙しシグナル」となる危険すらあります。
実際、2020~2022年のコロナ禍の真っ最中、株式指数は猛烈に上昇しましたが、M&Aの取引価格はむしろ通常時より下がっていたケースも多かったのです。
(事実、当社は「売るのを待った方が良い」とアドバイスするケースが多かった期間です。)

上場株式指数(特に欧米)は、コロナ禍が生じて急落したのち、世界的金融緩和によってリスクマネーが上場株式市場に流れ込むことで急反発、爆謄を続けましたが、緩和マネーは必ずしもM&A買主企業を通じM&A売主に流れてくるわけではなかったのです。
本来、理論的には、類似上場会社の株価が上昇したら、M&A売却対象企業の株価も上昇しないとおかしいのに、なぜこのようなことになったのでしょうか?

M&A市場の分断の影響が大きい事をお忘れなく

市場(上場市場とM&A市場、M&A市場の中でもLarge Capとそれ以外)がブツリと分断されているから、という理由に尽きます。

なぜ市場が分断され、価格形成が正しく計算されないのかと言えば、その方が楽に金儲けできる立場の人たちがそのように誘導しているから、と解釈するしかないと思います。
パターン高速処理がボーナス最大化の道と信じる多くの日本のM&Aアドバイザーは、早く成約できる方法、つまり、簡単な評価方法、買主が即決してくれる激安価格への誘導を試み続けます。M&A素人の売主を誘導すること自体は、難しいことではありません。M&A会社の中には徹底的なロールプレイング(想定Q&Aを二人組交代を繰り返す)によって誘導テクニックを磨かせるところもあるようです。つまり、売主の利益を犠牲にすれば自分の利益を増やすことが可能、買主をハードな交渉で説得するのは大変、つまりある意味で合理的なのです。
だから、日本の中小M&Aアドバイザーの特徴を海外の専門家に説明する際、「売らさせ屋」「安値誘導屋」「急がさせ屋」と形容するわけです。

もちろん、売ろうとしている会社が、ラージキャップ企業(Large Cap:利益が10億以上ある会社)であれば、このような分断の影響は一切ありません。外資系投資銀行、大手金融機関の投資銀行部門やラージキャップ中心の独立系M&Aハウスでは、5.6.といった評価手法では、売主クライアントから激怒されることを知っていますし、高く売る方が自分にも得になる片手FAという立場以外ありえず、売主と同じ舟に乗るからです。情報の非対称性が少ないので、クライアント(売主)の思考を操作できない以上、誠実に専門家として知恵を絞りハードワークするしかないのです。

ところが、売ろうとしている会社が、SME(利益が1億円程度以上数億円程度以下)であれば、それなりの影響が生じ、株式指数が上がってもM&A価格はやや上がりにくくなります。しかしM&A市場(山)≒M&A助言会社をしっかり選べばチャンスは十分に残っています。

もしも、売ろうとしている会社が、さらに小さめの零細・スモールの会社(利益が1億円未満、とくに数千万円前半以下)であれば、影響は甚大です。株式指数の上昇がありながらも、完全に置き去りです。

つまり、多くの売主にとって「株式指数が高いから売り時」と安易に考えるのは考えものです。逆に、株式指数が低いからといって、「売り時ではない」と思い込むのも危険です。

大事なのは、実際のところ、自分の会社が高く売れるタイミングなのかどうか、です。

なぜ株式指数が高い・低いのか、背景まで考える

株式指数の水準を判定材料とするなら、株式指数が上昇・下落している背景を正確に把握し、それと自社のM&A売却の成功可能性の関係まで考えるべきです。相場は、通常、業績相場か金融相場のいずれかで上昇・下落しているわけですが、前者の上昇なら基本的に良い兆候です。しかし後者の上昇なら逆に「今売ってはいけないシグナル」の可能性もあるのです。金融相場、特に、金融緩和によって人為的に株式指数が上昇しているような時、そもそも景気が悪いとか失業率が高まりそうだから、という理由で金融緩和しているだけ、フェイクの株価上昇かもしれません。そんな時に、高めリスクの非上場企業のマジョリティ投資(M&A取引)で、高めの取引価格を買主が提示してくれるかは疑問ですね。フェイクの株価上昇でバブル的に膨らんでいるだけなのを賢い買主は当然気づいています。

特に日本では、M&A市場を規模別にセグメンテーションしてみると、SMEと零細・スモールの間くらいの所で、バッツンと市場が分断されていると考えておいた方がよいでしょう。

M&A業者の大量広告は騙しシグナルかも?

困ったことに、本当は売ってはいけない時、M&A業者は「今こそ売り時、多数のM&Aが成立している今がチャンス」と広告をバンバン打ったりします。自分にとって本当に大事なクライアントの買主にとっては最高の「10年に一度の本当の買い時、スーパー・バーゲンセール」だからであって、売主にとってのチャンスではないかもしれないですよね。広告がバンバン打たれているとき、その内容を鵜呑みにするのは危険です。「エビで鯛を釣れる」からお金のかかる広告をするのです。特に零細・スモールM&Aにおける「鯛」を「売主の損(数千万円から数億円)」×「大量の成約件数」で作るのが、一番簡単な金儲けモデルです。

バーゲンセールで良い会社を安く買えるチャンス、と買主の方ばかり見ているM&A会社が、エビで鯛を釣るチャンスと見ているのかもしれない、と表面と内実が違うかもと疑ってみる慎重さと思考の柔軟さが大事です

「情報の非対称性」を活用し、より無知な人を誘導して自分だけ儲ける、というのはM&Aに限らずどこの業界でもよく見られる事象ですね。それと全く同じです。

(安く買えたつもりがいい加減な情報開示やDDでババを引いてしまったと怒っている買主企業もたくさん生じているようですが、本サイトは売主の利益確保のための情報サイトなので、こちらの議論については割愛します。安易な道に誘導され、結果、被害者が方々に出るというのも他の業界でも散見されますね。)

会社の売り時の見極めは非常に重要です。

今回の結論として、株式指数は一つの指標になりますが、絶対的な判断基準にはなりえない、と当社は考えています。SMEや零細企業を売ろうとする多くの売主オーナーにとって、もっと使いやすい指標があるはずです。


次回は、株式指数と同様、外部環境の検討ポイントで、倒産件数との関係についてまとめてみたいと思います。