5回にわたり会社の売り時、ベストタイミングを計る上での検討の切り口をご紹介しました。
今からベストタイミング!と確信できた方は、すぐに行動に移すべきです。探索・交渉・手続きに思いの外時間がかかり、結果としてタイミングを逃してしまうかもしれませんので。
問題は、今がベストではなさそうと判断された場合です。今回はこのテーマについて書いてみたいと思います。
タイミング格言を考察してみる
欧米では、タイミングについての格言として、次のようなものがあります。
Timing is everything.(タイミングこそ全て)
株式投資の格言に類似のものがあります。少数株主が株を高く売るには、タイミングだけですからね。他にも特別に重要で後戻りできない事にも適合します。
If you are waiting for the right time, it’s NOW!(何を待ってるの、やるなら今でしょ/善は急げ)
人間というもの、困難は先送りしがち、まずやってみよう、を意味するのでしょう。
しかし、これはM&A会社売却では要注意です。失敗から学べる、繰り返しチャレンジ可能なものだけにあてはまると考えるべきです。AND条件のもう一つが抜けているわけです。
特に、起業タイミング、M&A会社売却タイミング、上場タイミング等、ろくにタイミングを計らず、勢いだけIt’s NOW!ではギャンブルと同じですね。
起業は一回ダメでももう一回もう一回と諦めなければチャンスはあります。しかし、残りの2つ(M&A会社売却と上場)は、不可逆で、成功失敗間に大きな大きなギャップが存在します。だから絶好のタイミングを計るべきでしょう。しかし、M&A会社売却にせよ上場にせよ、準備だけは早い方が良いので、準備に関しては常にit’s NOW!です。M&Aで高く売る準備=企業価値向上策を通常よりも頑張る、ですので、やっても損はなく、数年前から準備に着手してもマイナスは一切ありません。準備プロセス中の発見事項に大きな価値が眠っていることもよくあります。
M&A会社売却の場合、準備と巧拙も多大な影響を与えるので、タイミングだけで全てが決まるわけではありませんが、タイミングを間違えると悲劇が待っているのも、また事実です。いくら最高の提案書を用意しても、良い相手がM&A市場にいない、同業種同規模の案件が激安でバンバン売られている、というタイミングでは、適正価格での売却は非常に難しくなります。
タイミング+準備+巧拙
「会社の売り時」の総まとめとして、会社業績と会社売却価格の関係を通じ、「準備」の「タイミング」と「巧拙」、売却実行の「タイミング」、及びM&A相手探索・条件交渉の「巧拙」が、非常に重要な要素であることを仮の売却案件の事例を用いたグラフを使いながら説明したいと思います。
あるM&A会社に事前に評価してもらったら5億円、別のM&A会社に依頼したら20億円で売れた、という少し極端なケースです。差額の15億円が、タイミング、準備、巧拙でどう生まれてくるのかを、実際にありそうな数値等を用いて確認していきたいと思います。
「5億円が20億円?」意外と〇〇です
ちなみに「5億円が20億円?そんなのめったにないでしょ?」と思われると思いますが、意外と高確率です。
無作為抽出したM&A売却希望案件が100件あるとすれば、実際に相手が見つかり条件で合意できる(売れる)案件はだいたい10件くらい(90件は売れないか売らない)でしょう。実際に成約できる10件のうち、上記のように大きな差(M&A助言会社間で想定売却額が3-5倍以上違う)が生まれうる案件がだいたい2-3件はある、というのが当社の経験則です。ユニークな強みがあってM&A取引向きの会社の場合は、まず売れないことはないので、母数10件に対し2-3件なので、2-3割という感じです。かなりの高確率だと思いませんか?M&A助言会社が猛烈な勢いで増え、素人同然の担当者が多数を占める事態が常態化し、個々担当者間で高く売る能力に大きな差があることが背景です。
当社が関与した案件で一番大きな差が生まれたのは、大手M&A仲介から3億円前後との評価を受けた後、当社がサポートした結果、多角的な準備、スキームの工夫、ハードな交渉を経て、最終的に合計20億円近くで売却できたケース(7倍近い差)がありますし、同じく、大手M&A仲介の想定売却額の10倍以上の高い値段で売れたケースもあります。もちろんユニークな強みがあり、素人が見るとただの岩石でも、見る人が見ればダイヤの原石、という対象会社だったことは言うまでもありません。
いずれも、高値掴みをさせたわけではなく、買主さんも買収後大きなメリットを享受できましたので、Win-Winの大成功だと思います。そもそも事業は成長するので、価値が大きく上振れしても不思議なことはありません。上場してから成長するなんて不可能、と考える方は明らかに間違ってますが、会社が思っていたよりも高く売れることはないと考える方も同じように間違っているのです。
とにかく早く買ってくれそうな先を見つけ、ボロが出ないうちにまとめるべく、売主を低い価格で納得するように誘導する姿勢の持ち主か、事業の本質的な価値に徹底的に注目し、事業の価値を高めるための手段として最も優れた準備をし、最も優れた買主を探そうとする姿勢の持ち主か、この違いがこういう大きな差を生むのでしょう。件数重視か結果重視かとも言い換えることができるでしょう。簡単に儲かるのは前者(件数重視)であり、後者(結果重視)はとにかく大変なので、本当にビジネスやM&Aが大好きな人でないと務まりませんので、大きな価値を生むM&A助言ができる本当に使えるM&Aアドバイザーは希少種となってきています。
M&Aの成功の一般的な定義は間違い?
安く買って失敗しないのがM&Aの成功かのような残念な風潮もありますが、その実、強者が弱者から搾取しているだけですね。
高く、そして、もっと高くが、M&Aの真の成功(高高Win-Win)と定義すべきです。M&Aが経済成長に寄与するのはこういう取引がたくさん生まれる結果でしょう。
差が生まれるメカニズムをグラフで理解
ではサンプルケースを追いながら、どういうメカニズムなのかを具体的にご説明したいと思います。
ある売却対象会社A社がいます。オーナー社長さんはM&Aで経営を第三者に委ねよう、できれば高く売りたいと考えています。A社の業績は右肩上がりで推移してきましたが、今から右肩下がりに低迷するとこの社長さんは予想しています。
社長さんは、今がピークだから、最高の売り時と考え、M&A会社売却をスタートします。このタイミングの判断が正解か不正解かを確認してみましょう。
M&Aの価格は買主からの評価が大きく左右しますので、買主サイドからも考えてみましょう。
業績ピークのFY20にM&Aを実行すると、業績が下がる、つまり余裕が全然ない流れの中で、経営陣の入替え、組織再編成、バックオフィス整備等の即座の価値を生みにくいPMIを確実に進めることを優先せざるを得なくなり、成長施策等の攻めの経営は後回しになりがちです。PMIには小さくないコストを要するため業績はさらに下がるでしょう。
1年でPMIを完了したとして、その後の業績の回復スピードも冴えません。攻めの事業計画や経営幹部の意欲が、後ろ向き作業の1年間で薄まってしまうからです。このケースでは買収直前の業績まで回復するのに実に7年も費やすことが買主によって予想されています。
このような業績予測を買主がする場合、M&A評価額を決める2大要素(業績と倍率)のうち、倍率がどうなるかを考えてみましょう。
例えば、右肩上がり中のFY17までは5.5倍の評価が得られたとします。しかしFY20になると業績低迷がはっきり見えてきて、長期の業績低迷が予想されるので、かなり小さな倍率でないとM&Aをする意味がなくなってしまいます。
FY20には3.5倍にまで下がるとしましょう。そして時間が経ち、ガバナンスやリスク管理が整備され、業績も回復するにつれ、倍率は元の倍率を超えていくわけです。
業績ピークのFY20に売却した場合、株式価値がいくらになるかですが、業績と倍率が上記のような水準とすれば、682百万円にとどまります。7億円弱です。
もし、業績ピークの2年前のFY18に売却していたら、8億円程度で売れたはずなのに、売る決断が遅くて1億円売却額が減ってしまいました。
もちろん話はこれで終わりません。
もし、FY18というまだ余裕のあるタイミングで買主に経営を移行していたとしたら、会社の業績はどのように推移しそうか検討してみます。
余裕があるので、即座の業績貢献のないバックオフィス整備等をこなしつつ、改善・成長・シナジーといった攻めの経営施策にも早速注力できるでしょう。
買収初年度の落ち込みは限定的なものとなり、業績の回復・成長の効果はFY20に売却した場合よりも高まるはずです。早期に結果が出ることで、士気向上と好循環が生まれるわけですね。
FY18に8億円で買った買主は、その後の業績回復と、それを反映した倍率の向上のダブル効果で、保有するA社の株式価値が向上するという恩恵を享受できます。
買収2年目には買収価格を超え、FY28には24億円と、価値が約3倍にアップしています。10年で3倍はリスク投資として満足できるレベルでしょう。
ここで終わるなら普通のM&Aの説明ですが、「ユニークな会社を高く売る」のSCAはここで終わりにしません。
事業という生き物に非連続的成長の機会を与える役割こそが、一番パワフルなM&A効果だからです。
A社のオーナー社長は、実は売却の数年前から経営意欲が減退していたのです。本当にベストを尽くしていたら実現できたであろう業績よりも小さな業績しか作れていませんでした。
一般的に、5年や10年前から経営意欲が徐々に減退してきて、いよいよM&A会社売却というケースが多いという印象を受けます。
極端なケースでは、本当は潜在能力のある会社なのに、大赤字にまで低迷させてしまうケースもしばしばですが、A社の場合は、大半の会社が内包しているであろう小規模な(実力と実績の)差があるとします。
これが重要なのですが、オーナー社長は、潜在能力を発揮する方法を頭の奥の方で知っているのに、実行する意欲がなくなっていて、なんとなく、個人の役員報酬や節税対策ばかりを考えたりして、万年同レベルの黒字で満足、いつもと同じパターンのルーティン作業で満足してしまっているケースが非常に多いのです。ある意味、政府の中小企業税制がこういう意欲低迷の主因の1つでもあります。
A社は、本当はグレーのバーという大きな潜在的な実力があるのですから、M&A会社売却という一生に一度のメガチャンス、一念発起して頑張るべきでしょう。こういう時の努力は時給換算するととてつもなく高時給になります(100万円/時とか)。
A社の社長さんは、M&A準備として、本来の実力までの差の半分を埋める準備に成功しました。
こうなると、また、株式価値に大きな変化が生まれてきます。
業績が大きくなるだけでなく、倍率も上がるからです。右肩下がりの原因が社長さんの意欲低迷にもあった以上、奮起して業績を本来の実力レベルに近づけ、社内の雰囲気も良くなると、右肩下がりを回避できる道が見えてきました。
FY16から準備を開始して、FY18にM&A会社売却をしたとすると、株式価値は16億円まで一気にアップします。2.3億円×7倍という計算です。
準備をしないでピーク直後に売ってしまうと7億円でしたが、準備して少し早めに売ると16億円になりました。こういうケースはよくある話の範囲だと思います。
準備とタイミングが非常に重要であることを説明しました。7億と16億では倍以上の差があります。しかし、M&A会社売却の価格の差が生まれる大きな原因はもう一つあります。M&A助言会社の能力です。
仮に、7億、8億、16億が標準的な能力のM&A助言会社が担当した場合とします。
無能なM&A助言会社は標準よりも3割安い価格で、有能なM&A助言会社は標準より3割高い価格で成約させることができるとしましょう。
すると、最低価格は5億円弱、最高価格は20億円強となります。
ここで、M&A助言会社の能力とは、売主の希望を叶える能力のことを指しています。
売主の利益に忠実かどうか、そもそも早期成約ばかり追求するM&A助言会社もたくさん存在します。最低限の資格制度もないので未経験者でも専門知識が全くなくてもM&A助言をできてしまいます。
まとめ
タイミングと準備と巧拙を最高の状態に持っていくと、最高の売却が見えてくるはずです。
準備、タイミング、巧拙が、M&A会社売却の成否に非常に大きな影響を与えるという話でした。
もし、M&A会社売却を検討されているなら、準備は早いに越した事がありません。M&A助言会社選びも重要です。誠実で腕の立つM&A助言会社を選ぶべきです。
主担当者個人が、売却対象会社とフィットする知識・経験を持っているか、所属するM&A助言会社のノルマ等が早期成約に傾き過ぎていないか、準備段階から事業の詳細に踏み込んだ相談に乗ってくれるか、相性が良いか等、選ぶポイントは多岐に亘ります。
早期売却のみがニーズでない限り、報酬が無料・激安といった点で選ぶのは合理的な判断ではないでしょう。差の原因である、準備・タイミング・巧拙の全てにおいてM&A助言会社の能力・誠実さが関係してくるからです。
報酬無料につられて5億円で売ってしまうか、合理的な報酬を払って20億円で売るか、どっちがオトクでしょうか。期待値計算をするのが合理的です。期待値計算をするには蓋然性、確率に関する情報が必要です。この情報は、選ぶポイントを頭に入れた上で、たくさんのM&Aアドバイザーの話を聞いて比較してみれば自ずと答えが見えてくると思います。