Knowledge

山頂への道標

TOP

→

山頂への道標

→

オーナー経営者がM&A売却・引退後に直面する苦悩とその対策

2025/1/2

M&A会社売却時の心構え

オーナー経営者がM&A売却・引退後に直面する苦悩とその対策

事業を成功に導くことに成功したオーナー経営者は、多額の役員退職慰労金を受け取って次の世代にバトンを託す、または、第三者に経営を委ねるM&A会社売却によって、大金を手にして引退を迎える場合も多いでしょう。M&Aアドバイザー等の多くは、取引実行後の売主オーナーの心配をしてくれません。「バラ色の第二の人生が待っている」かのように言っておく方が、M&Aの商いとして(短期的には)正解だからです。実際のところ、一代で超富裕層になるための、ほぼ唯一の手段がM&A会社売却であり、ビジネス人生での勝利の象徴とも言えるものです。

しかし、多くのケースで、引退前とはまた別の「新たな苦悩」が引退後に訪れます。この苦悩は人それぞれです。対策なしで引退してしまったことで大きな後悔につながることもあるのです。人それぞれの苦悩リスクを自分なりに咀嚼し、事前に対策を打っておく事こそが大事なのです。

例えば「大金は持っている。しかし、収入が途絶え、日々残高が減少し、精神的な安定を喪失」というリスクは、多くの「超富裕層になっるとともに引退した方」に共通していると言えるでしょう。大金を持っていても、毎日残高が減っていく姿を長期間見続けていると「減っていくお金」が「自分の存在意義の目減り」と思い込んでしまうのです。まさかと思うでしょうが、意外と頻繁に発生します。他にも大金ゆえ人間関係が壊れる、周囲の人が寄ってくる、業者も近づいてくるでしょう。今までとは別の孤独が襲ってくるわけです。また、今まで指示を仰いできた部下がいなくなります。縦の人間関係に慣れた人は、新しく出会う人々と横の人間関係をうまく築けないこともあります。これらを打ち消そうと、おかしなことを始めてしまう人も少なくありません。

昔、大手ビジネスブローカーのトップがこう言っていたそうです。「どうせ売り手の社長は、売った金をすぐ浪費して個人破産する。だから安く売って、買い手企業を喜ばせる方が社会全体のためなんだ」と。ビジネスブローカーのビジネスモデルの根幹は「迷惑開拓営業を安い若者にやらせて」「安い・早い」で「零細案件を大量処理」です。もちろん、売主がすぐ個人破産と決めつけるなどは、自分の詐欺まがいの商売を正当化するための詭弁に過ぎません。売主オーナーは「可能な限り最高の条件」で売るべきです。当然の権利(民法・会社法)であり、むしろ義務(レブロン基準)とも言えるものです。正しい売却準備と組み合わせれば、ビジネスブローカーに年買法で売られる場合の数倍以上で売却でき、しかも、ビジネスブローカーが提案した買主よりもずっと優れた買主がその高額代金を出しても喜ぶ、従業員も喜ぶ、という「真の三方良し」を実現できる可能性があるのです。

本記事では、「オーナー経営者が直面する引退の前と後に抱える苦悩とその対策」について、心理学や行動経済学の視点を交えて説明していきます。特に心理面は「人それぞれ」ですので、この記事を鵜呑みにせず、冷静に「人によってはこんなこともあるのか」「自分はどうだろう」「自分だったらこうだな」という風に使っていただけると良いと思います。

オーナー経営者の引退前の苦悩

引退前のオーナー経営者の多くは、様々な心理的・経済的な負担を抱えています。意思決定の孤独や不況時の資金繰りなどを典型として挙げられるでしょう。健康状態や年齢次第では、事業を誰にどうやって引き継ぐか、どうやって従業員を養い続けるかに頭を悩ませるオーナー経営者も多いはずです。

社内での孤独

オーナー経営者は、全ての最終決定権を持つがゆえ、社内人材がイエスマンだらけになりがち、ちょっと尖った子は30くらいまで、ですぐ辞める、になりがちです。腹を割って話せる相談相手は少ないのに、常に大きな責任を負っているわけです。世の中の変化のスピードは恐ろしいほど速く、正しい意思決定をできているか、不安を抱えつつも、あらゆる領域で心の許せる相談相手を確保できているオーナー社長はほとんどいません。成功企業には「トップと参謀の2人1組」で起業ステージを乗り越え、成長している企業が多いのは、やはり1人では限界があるからでしょう。しかし、長い年月が経過すると、相棒に先立たれたり、考え方の不一致で離別することもあるでしょう。相棒の代替人材は見つかりません。こうなれば孤独との戦いはさらに厳しいものになるはずです。適度な孤独を適度に操れば、むしろ事業の成功の燃料になりますが、過度な孤独や不適切な対処は、その逆を導きます。

お金の問題

未上場の中堅中小企業のオーナー経営者は、事業と個人資産が一体化しています。長い年月の中で、会社の経営が傾いたこともあるかもしれません。そういう時には自分の個人資産を会社に貸付け、従業員の給料や買掛金や未払費用など事業経営で不可欠の支出を優先し、社保、税金をギリギリまで先延ばしして急場を凌いだことがあるかもしれません。事業リスクは多様な要因によって発動します。借入をする際に経営者保証を求められます。今は健全経営をできているとしても、過去の悪夢が脳裏をよぎります。「もしも何か起きたら」「家族の生活をどうするか」という漠然とした不安を常に背後に感じながら、日々の経営課題に立ち向かい、自分の夢に向かって邁進しているわけです。

後継者問題

社内の幹部を見渡しても経営を任せられる人材が見つからない、「なら育成だ」と思って育てた人材が退職してしまったり、思った通りに育たない、という困った事態が、オーナー経営者の悩みとして増えています。この悩みや不安に対するソリューションとして、M&Aが急速に増えているわけです。多くのオーナー経営者は、見ず知らずの会社に引き継ぐより、自分の子孫や親戚、そういう血族がいなくても、できれば生え抜きで長年苦楽を共にした人材に「会社の手綱を託したい」と思うのが普通でしょう。しかし、なかなか上手くいかないわけです。リーダー育成は上場・未上場、企業の大小問わず、普遍的な課題であり、簡単な解決方法はありません。いきなり外部からプロ経営者を連れてきても失敗するケースは多いし、社内の生え抜き人材のメンタルを経営者メンタルに切り替えさせるコーチングをオーナー経営者がやっても失敗するケースが多いです。指示命令系統最上位のオーナー経営者と、雇われ社長や生え抜き候補との関係は、あくまで縦の関係だからでしょう。

健康問題

「自分がなんとかしないと」と思うオーナー社長は、休まず長時間勤務をする人も少なくありません。ストレスが蓄積し、健康に悪影響を及ぼすケースも多いと言えます。孤独と同様、ストレスも付き合い方次第では、会社を成長させる燃料になります。しかし、過度のストレスや間違った解消法によって、おかしなことになってしまうオーナー経営者も少なくありません。

引退前の苦悩を軽減・解消する方法

社内での役割分担

信頼できる役員にオーナー経営者が担う役割の一部を託し、主体性を発揮しやすい環境を用意することで、オーナー経営者の精神的・身体的負担を軽減できるうえ、後継者候補の育成にもつながり、一石二鳥です。問題は「この会社の経営者としての器を持っているか」がわからない点です。こればかりは、実際にやらせてみないとわかりません。できれば、複数名に複数の重要な役割を分散して任せ、役割のローテーション等の工夫もしながら、彼らの成長状況を眺めつつ、じっくり時間をかけて選考できるのが望ましいと言えます。M&Aをすることになっても、通常、誠実な買主は、オーナー経営者の意見を尊重し、無理に後継社長を指定することはありません。つまり、どっちに転んでも有益です。

外部顧問の活用

また、外部顧問に業務の一部を委託し、オーナー経営者の負担を分散する方法も有益です。日本の会社は、自前主義がデフォルトなので、心理的な抵抗があるかもしれません。しかし、会社の外から会社を眺め、外部の企業の成功・失敗事例を知っている外部顧問は、オーナー経営者に新しい視点を授けてくれることも少なくありません。オーナー経営者の負担軽減にもつながるし、会社の成長につながる上、事業承継やM&Aといったオーナー経営者としての出口戦略にとっても有益です。そのままM&Aアドバイザリーをやってくれる人を顧問にすると、「短期・局地的にはプラスでも長期・外部(M&A)的にマイナス、トータルで大マイナス」という事態を避けられます。毎月僅かな顧問料を支払うだけで、「将来M&Aするとしたらプラスになること」を助言してくれるでしょう。結局、M&Aをしなくても外部から見てプラスのことは、社内承継でも自分が継続でも、プラスになるはずです。

早めの承継準備(売却準備

引退予定の5〜10年前、遅くとも2~3年前から後継者育成やM&Aのための売却準備を始めることで、スムーズな引退が可能となります。特に、後継者育成は、いずれにしても早めに準備しておいて損をすることがありません。外部の人の力も活用しながら早めに着手し、新しい視点を取り入れることで、企業価値が増加しながらバトンを渡せる状態にできるわけです。こういう状態で、社内承継をすれば、後継者も自信を身に付けながら経営を引き継げますし、M&A会社売却を実施すれば、想定外の高額売却や、思ってもみなかった一流企業や一流ファンドが譲り受けてくれる場合もあるでしょう。

ビジネスコーチング

他の経営者と情報交換したり、ビジネスコーチングを受けることで精神的な負担を軽減できる場合があります。前者を実施しているオーナー経営者は多いのではないでしょうか。後者は最近徐々に増えてきています。精神的な領域を他人に頼ることを「恥」と捉えてしまいがちな日本人としては、抵抗感を感じるかもしれません。しかし、起業・事業経営経験や人材育成コンサル等の専門スキルを持っているビジネスコーチを雇って、色々と相談すると、オーナー経営者の悩みが解消したり、後継者の器を拡大できたりすることがあります。ただし、悩みを聞いてもらってスッキリした、では結局何も変わりません。日本では数が限られるコーチしか、経営トップ層の頭の切替えを促す「意味のあるビジネスコーチング」をできないため、もし依頼するとしても人選は慎重にする必要があります。一気に自称コーチングのプロが増えたものの、本当に役に立つ本当のプロは一握り、という状況です。M&Aアドバイザーと似ている面が多いと言えるでしょう。

オーナー経営者の引退後の苦悩

引退後は「役割の喪失」「孤独感」「資産減少の不安」など、新たな苦悩が生じます。引退前には想像もしていなかった苦悩であり、「ただの無いものねだり」と思う方もいるかもしれません。しかし、組織への所属や孤独に関する苦悩、拡大征服を欲する、希少資源を支配する金融資産を殖やす欲求は「群れで生きる生物の本能」であって、むしろ成功した経営者はこれらが強いからこそ成功したのかもしれません。成功したオーナー経営者に新たな苦悩が生まれるのは必然とも言えるでしょう。

役割の喪失(アイデンティティの消失)

「経営者の引退」とは、社会的役割の喪失に直結します。今まで指示を出せば即座に必死に仕事に取り掛かった期待の人材がいなくなります。今まで自分のことを煩く嗅ぎまわっていたご機嫌取りの役員や部長もいなくなります。今まで「私はこの会社の代表の者です」と名刺を渡せば済んでいたのに、もうできなくなります。お客様を訪問したり取引先に商談に行く機会もなくなります。つまり、自分の存在意義(アイデンティティ)を唐突に失うわけです。ようやく晴れ晴れとしたのに、数か月もすると、あの頃が恋しくなってしまうかもしれません。

孤独感の増大

会社を引退すると社会との接点が極端に減り、人間関係が希薄になってしまいます。配偶者や子供も「いつもいないのが普通」から急に「いつも家にいる」に変わってしまい、戸惑ってしまうことも多いでしょう。家族との時間が増えると喜んでいたのに、思っていたような家族との時間を持てないかもしれません。社内外との人間関係が「オーナー社長の権限」によって保たれていた、引退後に社内に残った役員や従業員に声を掛けても以前とは違う反応が返ってくることもあるかもしれません。人事や処遇に関する権限を失った元オーナー社長に対し、あからさまに態度を変える恩知らずもいるかもしれません。

時間の持て余し

急に「何もすることがない時間」が増え、まだ「次の目標」も見つかっていない、となると、空虚感が生まれてしまいます。多忙な経営者時代は、1週間の休暇が希少だったから嬉しかったのです。引退後の1か月、1年は、非常に長く感じるかもしれません。有能な経営者であるほど、短時間でやることをこなしてしまいますから、時間の長さを強烈に感じてしまいます。

資産の浪費と減少

特に、M&Aによって大金を一夜で稼いでしまうと、コツコツ節約してきた反動もあって、浪費の楽しさ、お金を使うことで生まれる幸福ホルモンに支配されてしまうことがあります。短期間、計画的に浪費を楽しみ、浪費の虚しさを早めに学んでおくことは重要ですが、浪費に依存してしまうとあっという間に資産が溶けてなくなってしまいます。また、引退すると「収入がない状態」になります。これが不安やストレスとなり、その反動で浪費をしてしまう悪循環になるリスクもあります。

収入途絶と自信喪失

フローからストックへの転換の不安収入(フロー)がなくなると貯蓄(ストック)を切り崩す生活が始まります。銀行預金の残高が着々と増えるというのは「社会から必要とされている」証拠とも言えますが、この逆の状態になるのが引退です。残高が着々と減っていく様子を「社会から必要とされていない」と感じてしまう人も少なくありません。

資産寿命への過剰な不安

「人間は資産の減少に過剰反応する傾向」があることが分かっています。行動経済学は「人間の非合理性」に着目した学問です。資産の増加よりも資産の減少に過剰反応してしまう「保守バイアス」により、資産寿命を過剰に短く感じ、不必要な恐怖に苛まれる人もいるようです。

引退後の苦悩を軽減・解消する方法

企業価値の向上

社内承継にせよ、M&Aにせよ、引退する前の段階で、会社の外部からの評価をできるだけ高めておくことは選択肢が広がるため重要です。資金調達可能性やM&A評価額に直結します。M&Aを予定するのであれば、本格的にバリュエーションやデューディリジェンスといったM&Aプロセスを学習し、そのフレームワークに沿った売却準備をすることで効果的かつ効率的な準備ができるはずです。企業価値が低い状態ですと、引退後の対策をする余裕も生まれません。

新たな社会的役割

引退後に備え、新たな社会的役割を探しておく、できれば小さくテスト的にやってみると継続できそうか確認できます。NPO活動や地域活動、顧問や社外取締役などとして新しい形で社会とかかわり、自分の経験を活かせる場を作りましょう。新しいアイデンティティが生まれ、出会った人々との継続的なコミュニケーションによって、孤独感を軽減できるとともに、意味のある時間の使い方ができるようになります。

新たな趣味

時間が余り過ぎることが様々な問題の原因となります。時間を有意義に過ごすには、今までやりたくてもできなかった趣味を始めることが有効です。健康、節約や家族との絆につながる料理などもおすすめできる趣味です。レストランでおいしいと感じた料理を自分で再現してみて、家族に振舞うのもよいかもしれません。大金とともに引退すれば、調理器具等も相当に拘って様々な料理に挑戦できます。釣りや猟にチャレンジするのも楽しいかもしれません。ところで、実際にやってみたらすぐ飽きてしまう趣味もあれば、やってみたらどっぷりハマってしまう趣味もあると思います。時間ができたらやってみたい趣味のリストを作っておくとよいでしょう。

ミドルリスク・ミドルリターン資産運用による安定収入

不動産や配当株式など、資産から安定した収入を得る仕組みを整えます。収入があれば、自信の喪失を防ぐことができます。どんな資産運用方法がフィットしそうか、色々調査してみるとよいでしょう。長期的な安定収益のためには、投資資産を選ぶ目が重要ですが、興味を持てる資産でなければ、面倒な調査活動を継続できません。

ハイリスク・ハイリターン資産運用による資産形成

資産形成のためにハイリスク資産(富裕層向け運用ファンドへの出資や、株式やデリバティブ等のリスク資産へのレバレッジ投資)に一定割合を投資する方法もおすすめできます。しかし、ハイリスクである以上、投資判断を間違えれば、あっという間に財産が減ってしまいます。大金が手に入った途端にハイリスク投資を勉強し始め、すぐに実行に移す人がたくさんいますが、一部の不運な人は、大きな損失を取り戻すため投資額を膨らませ、結果、大半の資産を失います。十分にハイリスク投資に関する勉強をしておくべき、まずは少額投資で経験を積んでおくべきです。分散投資(少ない投資先に多く投資しすぎない)と投資の休憩(相場の流れに確信を持てないときは投資しない)は大事ですし、できれば10年以上の投資経験を積んでおくとサイクルという概念が体に染み込むでしょう。

ミドルリスク・ハイリターンの再起業

一度起業・経営に成功した元オーナー社長にとって、再度起業するという方法が、資産形成を一気に次のステージに持ち上げるための一番の方法かもしれません。他人の能力と運任せの投資より、自分でビジネスを切り開く方が性に合っている人も多いと思います。最近はシリアルアントレプルナーが増えています。最初の会社を創業し起動に乗った段階から、自分は0→1や1→10は得意だが、10→100→500は苦手と自己評価し、次々に新しい事業を起ち上げて、軌道に乗ったらM&Aで売るのを繰り返す人もいれば、引退した後、あまりにもやることがなく、やはりビジネスが一番楽しいと思って、戻ってくる人も多いです。