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売り手がM&Aの最終契約書(Definitive Agreement)で決めること

2018/2/2

M&Aの契約・法務・規制

売り手がM&Aの最終契約書(Definitive Agreement)で決めること

M&Aは、端的に言うと、『いくらで会社の経営権を譲渡するか』を決める取引と言えますが、多岐にわたる条件に関する双方合意の証として、最終契約書(株式譲渡契約書等)を調印し、それに従ったクロージング(株式の譲渡と対価の受領)の実行、及び付帯する義務の履行等という手続きとも言えます。

最終契約書は、セルサイドオーナー(売主)としての立場で、M&A交渉上の主要論点について相手方と約する契約ですが、別途、同じくセルサイドオーナーとしての立場で、今後の会社とのかかわりに関する契約(株主間契約)や、経営者(または顧問等)としての立場で今後の会社経営について約する契約(委任契約書)等が、最終契約一式の一部として締結されることもあります。

今回は、最終契約書(Definitive Agreement)、特に、圧倒的多数のM&A案件で締結されることになる株式譲渡契約書(SPA: Stock Purchase Agreement)について、どのような内容を定めるのかを事前に理解していただきたいと思います。

M&Aプロセスとは、ターゲット企業の情報やセルサイドの意向を開示し、M&A後の具体的なビジョンを共有する中で、最終契約の内容として、双方納得できる内容を合意形成するプロセス(情報の精製と伝達を受けた契約締結)とも言えるのです。

すでに重要な条件(価格等)について合意したので締結できるのがSPAですので、難しく考える必要はなく、「お互いの状況から導き出される当然の心配事について、事細かに調整方法を定めるもの」とザックリと理解していただければ概ね問題ありません。

シンプルな株式譲渡契約書のケース

(契約の目的)

『誰が、誰に、いつ、どこの会社の何株を、いくらで譲渡するのか』といった契約の骨子を記載します。
つまり、『セルサイド(売り手)が、バイサイド(買い手)に、クロージング日に、ターゲット企業(売り手企業)の〇株を、〇円で譲渡する』という内容を記載します。

発行済株式のすべてを譲渡する100%株式譲渡のケースは単純なので、SPAのひな型を土台に、個々の中身を埋めていけばセミプロレベルでも対処可能ですが、セルサイドの希望とバイサイドの見立てに一定以上の乖離があり、現時点で入手できる証明材料ではその差が埋まらない等といった固有の事情がある場合は、「M&A契約のプロ」がセルサイドの味方にいないと、セルサイドが過大なリスクを背負ったり、損をしやすくなります。

バイサイドは自分で出してもよい上限の範囲内でしか締結してくれませんので、乖離のある状況では、セルサイドは一度で100%全部を売り切ってしまうと損をする可能性も高くなるのです。ユニークな強みがある面白い会社だけど、成長機会を実現させるためには治癒すべき欠陥(挑戦)があるケース、見方によっては脅威や弱みになる状況があるけれど時間が経過しなければ影響が不透明なケースなど、様々なケースがあります。

そのため、個別案件毎の最適な譲渡相手とストラクチャーの組み合わせは変わってきます。セルサイドの絶対的味方と相談し尽くしてから、バイサイドとの交渉ラインを決めましょう。しっかりとしたM&Aバンカーであれば、あらゆる状況を吟味した上で、バイサイドとの交渉をサポートしてくれます。セルサイドオーナーとバイサイド間で、セルサイドオーナーによる貢献と報酬のバランス、リスクとリターンのバランスが合理的に調整されるよう工夫を施したストラクチャーを模索することも重要です。

この検討を経ずに闇雲にバイサイド候補に提案しても好条件を得ることは宝くじの当選を期待するようなものですから、バイサイド候補をリストアップする段階からあらゆる状況を吟味しておくことが重要とも言えます。多くの当事者が関与しながら合意形成される手続ですので、事前の準備がとても大事ということになります。

(売主・買主の義務の前提条件)

最終契約を締結することにより、セルサイドオーナーおよびバイサイドには履行すべき義務が発生しますが、そもそも多くのM&A交渉は、ターゲット企業に関する知識についてはセルサイドオーナーの方が圧倒的に多く、内実をバイサイドが知りえないケースが普通であり、また、最終契約を締結してからクロージング日まで一定の期間があるケースもあって、当事者双方にとって、履行義務を発生させるべきではない状況も想定し、契約は締結したけど履行義務は発生しない場合も想定した構造を採用するケースがほとんどです。

つまり、ターゲット企業に関する情報の非対称性や時間経過に伴う不確実性に対するバイサイドにとっての保険のような仕組みですね。「状況次第で買わなくてもよい」という条件を入れるわけです。セルサイドオーナーにとっては不安な日々を送ることになりますから、こういう心配をしなくて済むように、事前の準備をして、自信を持てるようにしておくべきです。

M&Aの最終契約は、欧米から輸入されたひな型を使うのが通常で、日本の一般的な契約と少し趣きの異なるひな型となっています。「後述の表明・補償やその他契約上の義務違反がない」という前提条件を充足した場合にのみ、セルサイドオーナーは株を売る義務が生じ、バイサイドはその対価として金銭を支払う義務が生じるということです。誠実に情報開示、交渉をしていれば基本的に問題になることはありません。

(売主・買主による表明・保証)

売主は、売主(株主としての個人または法人)としての立場から、買主が気にする重要な事実について、「そのような理解で間違いありません。」という表明と保証(レプワラ)をすることになります。通常M&Aでは、公認会計士による監査や、第三者委員会による調査が行われておらず、数週間の専門家DDといった限界ある調査しかできないからです。

具体的には、売主が、法的に株式譲渡契約を締結可能な立場にあること、株式譲渡の対象物である株式についての重要事項が開示した通りであること、ターゲット企業(対象会社、売り手企業)についての重要な事実が開示した通りであること等について、表明・保証することになります。

バイサイド(買主・買い手)が把握しておきたいこととしては、後発事象(開示後のマイナス事象)や偶発事象(偶発的に発生するマイナス事象)、重要な権利の正式な帰属、重要な資産に不随する第三者の請求権の存否、第三者の権利侵害の有無、重要な契約の法的安定性、訴訟等の有無、未払債務の有無、役員・従業員との関係性、開示情報の品質等が基本となり、個別案件ごとの重要項目について追加されることもあります。

一方、買主も、表明保証の負担を負います。しかし、株式譲渡の場合にはオーナー変更にとどまりますから、さほど多くの表明・保証を売主に対してする必要はありません。株式譲渡を法的に可能な立場にあることについて表明・保証される程度が通例です。契約を締結したけど、法的に有効に株式譲渡できない相手だったら、セルサイドオーナーが困るからです。

(売主・買主による誓約)

クロージングが済むまでは、買主は契約を締結しても名義変更は済んでいません。つまり買主は、まだ正式な株主にはなっていません。売主は、ターゲット企業の重要な意思決定について、独自の判断で実施できる状況のままですね。

そのため、契約を締結した後で、売主が臨時株主総会決議をして巨額配当をしたり、多額の役員退職慰労金を支払ったり、はたまた重要な事業や資産を譲渡したりといったことも理屈上はできてしまうわけです。

逆に、「もう契約を締結したから自分の会社ではない」と経営意欲を喪失されても困ります。

このようなことが起きると、買主としては、ハードな交渉をした成果である合意の前提が崩れてしまいます。そのため、このようなことが起きないように売主に契約上で「誓約」してもらうことが必要になります。

つまり、売主はクロージング日まで今まで通り経営に勤しむ、買主の事前の承諾がない限り、通常の範囲外の意思決定や実行をしないといったことを約束(誓約)することになります。その他、株式譲渡制限のかかる多くの会社は、買主に株式を譲渡することについての取締役会(または株主総会)の承認手続きをしておく等の必要な手続きをスムーズに実施する誓約をすることになります。

一方で、買主に誓約してほしいこととしては、100%株式譲渡の場合には単純で「クロージング日にお金をちゃんと用意しておいてほしい」ということでしょう。

(売主・買主による補償)

表明・保証をしても罰則がなければザルになってしまいますから、表明・保証違反を原因として相手方に損害が生じた場合の損害賠償(=ペナルティ)について定めておきます。

この補償(インデム)についても、一定の閾値を設けてそれ以下なら発生しないようにするとか、特定の表明保証違反については補償内容を重く又は軽くする等の個別調整が入る場合もあります。

補償(インデム)は、事実上、M&A会社売却価格の事後的な値引き条項のようなものです。不合理な条件を飲まされないように、M&A助言会社に頑張ってもらわねばなりません。

(その他)

その他、契約の終了や解除に関する事項、契約に関する費用負担、秘密保持義務、プレスリリースの扱いなどについて決めておきます。