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M&A会社売却で怖いブラックボックス:M&Aと利益相反(コンフリクト)

2018/12/3

M&Aのチーム管理

M&A会社売却で怖いブラックボックス:M&Aと利益相反(コンフリクト)

利益相反とは、コンフリクト(Conflicts of Interest)とも呼ばれ、投資銀行等のM&A助言をする部署の内部とコンプライアンス部署間で、「コンフリチェックOK?」とか「コンフリないよね?」という風に使われる言葉です。

一言でコンフリクトと言っても、関係者の数や立場の違い、取引の性質次第で変わってくる、実は意外と奥が深いものです。

M&Aにおけるコンフリクト

例えば、通常の事業経営において、外注先との間でもコンフリクトは発生する場合がありますし、株主と役員・従業員との間でもコンフリクトは発生します。

M&Aではどうかというと、コンフリクトを原因として、知らず知らずのうちに、自分が不利な状況に陥ってしまうと、影響が大きく、またその影響も長く続き、しかも取返しがつかないため、特に慎重にコンフリクトの排除・軽減を図るべきと言えるでしょう。特に、M&Aでコンフリクトを原因とした被害を受けやすい人は、M&Aに関する知識が一番浅い関係者、つまり、売り手(セルサイド=オーナー)であることを頭に入れ、慎重に対策を練るべきです。

後で詳しくご説明しますが、M&A弁護士から聞くところによると、数あるM&A助言会社の中には、「私どもは、あなたと利益相反(コンフリクト)の関係にあります。私どもに有利に、あなたに不利になることを、行う可能性があり、それをあえて避ける努力はしませんが、いいですよね?」と念押しされているのと同じ内容の契約書(当然、難しい漢字やカタガナの羅列でカモフラージュされてます)に捺印を求められるケースがあるようです。

これに捺印するということは、「(高度な判断能力を持つ経営者として)いいですよ。自分の判断で自分に不利な状況なら「キッパリNo」と言いますので、どうぞご自由に。」と回答したのと同じことになります。M&A会社売却を初めて検討する多くのセルサイドオーナー(売り手)は、最後まで気づくことなく、M&A会社売却をしてしまうか、売却失敗するでしょう。

セルサイドオーナーにとって「取引・交渉の全貌が逐一詳細にわからない」というのがM&A取引の怖いところです。M&A助言会社が管理している全ての現場での会話や電話・メールの内容を把握できないからです。

コンフリクト対策は、「人間の性(さが)という逃れられないものとの上手な合い方」と言い換えることができると思います。

売り手が気を付けるべきコンフリクト

投資銀行等の内部で実施する「コンフリクトチェック」というものは、あくまでもM&Aアドバイザーである投資銀行等クライアントとの間でのコンフリクトに対象を限定します。投資銀行等が「コンフリクトがない」と言ってきたとしても、「セルサイドとして心配すべきコンフリクトが一切ない」という意味ではありません。

セルサイドが、①M&A助言会社との契約を締結する際、および②M&A交渉中、さらには③M&Aで会社を売却した後に気をつけるべき「M&A全般に関するコンフリクト」は、もっと範囲が広く、セルサイドのニーズ次第で、さまざまな形に変化し、排除することが難しくなることもあります。

ただし、難しく考える必要はなく、基本的に、「各関係者との間で普通に考えて至極当然の関係が構築・維持されていて、担当者の個人的資質に問題がないのであれば、コンフリクト問題は基本的に起きない」はずです。

①M&A前

M&Aにおいて生じやすいのが、①M&A助言契約時点で発生するコンフリクトです。クライアントであるセルサイドよりも自社・担当者個人の利益を優先してしまう、自社・担当者個人の利益を優先するために、セルサイドと利害が直接衝突するバイサイドの味方になるという構図を、セルサイド自身が(知らずのうちに)許容してしまうケースです。バイサイドに関する情報は、M&A助言会社の判断でセルサイドオーナーに伝えるかどうか、何をどう伝えるかをコントロールできてしまうわけですから、例えば、本当はもっとも好条件が期待できるバイサイドAの都合が調うのを数か月待つよう助言すべきシチュエーションで、M&A助言会社の担当者が、自分の社内ノルマ等の都合を優先してしまうと、すぐに成績計上ができそうなバイサイドBを推す、ということも理屈上はできてしまいます。「バイサイドAはあまり関心がないようです(ウソ)。確実に見込めるバイサイドBに売却しましょう。いいですよね?」とだけ伝えられる。つまり判断に必要な情報を遮断されたり、ねつ造されたり、歪曲されると、セルサイドオーナーは的確に決断しようがないのです。そうならないようにするには「同じ舟に乗る」状態に少しでも近くするしかありません。

②M&A中

また、②M&A交渉中においては、当然のことながらバイサイドとの間で直接的なコンフリクトが発生します。M&A交渉を、ターゲット企業(売り手企業)の値段の高い安い・敵味方に分かれる「ゼロサムゲーム」と捉えるか、ターゲット企業の企業価値最大化を目指す同志、協力パートナーとして「Win-Winゲーム」として捉えるか、M&A助言会社が考案するM&A取引スキームや、M&A助言会社が探索して提案するバイサイド候補によって、もしくはM&A助言会社が紡ぎあげた「M&Aストーリー」によって、交渉の本質がめくるめく変わりますので、常に考えながら交渉する必要があるわけです。セルサイドに就くM&A助言会社の最大ミッションの1つに、セルサイドオーナー-バイサイド間のコンフリクトを、クライアントであるセルサイドオーナーの不利にならないよう、公正な交渉(フェアトレード)のため、知恵と工夫を施すことなのですが、①があると、②も覚束なくなるわけです。つまり価格が安くなったり、最適でない相手に売ってしまったり、イマイチなM&Aストーリーに乗せてしまったり、が起きやすくなります。

③M&A後

さらに、③M&A成約後においても、オーナー社長から雇われ社長に立場が変わりつつ、数か月から数年程度(希望によってはそれ以上)、経営者として継続することになるケースも多いでしょう。つまり、M&A後の経営者としての立場から見ると、新オーナーとなるバイサイドやM&A助言会社との間でコンフリクトが発生する可能性があるのです。「価格面で2番手バイサイドに売った方が、後継経営者としては満足度が高い。なぜなら、経営者としての負担が少なくて済むのが2番手バイサイドだから。」こういう判断も十分ありえるわけです。セルサイドは、M&A助言会社が用意した選択肢の中から、一番好ましいものに決めてよいに決まっています。自分の所有物を売るのですから。また、100%株式譲渡という最も単純なM&Aでは、オーナー社長は、M&A後に「株を持っていない雇われ社長」になるのですが、株をすべて売り切らないことも可能(二段階売却やアーンアウト等)であり、M&A後も経営者として頑張りたいとなると「株を持っている雇われ社長」という立場になれるようなM&A後のカタチを目指すこともできます。100%をすぐに売り切ってほしい短期収益重視のM&A助言会社との間では、このようなコンフリクトも発生しやすいと言えるでしょう。

日本式M&A助言の利益相反の背景

M&A助言というサービスは、元々は、投資銀行等の金融庁傘下の金融機関が提供するサービスであり、厳格なコンフリクトの排除が求められていました。日本で使われているM&Aに関連する各種契約等も、欧米で使用されたものを日本語に翻訳したものが基礎となっています。

契約、会計、税務等のありとあらゆる側面から、M&A取引は、必ず、「一方が買主(Buyer)で、他方が売主(Seller)」という建付けを基本とします。そして、本来のM&A助言会社は、そのどちらか一方のためにサービスを提供する(片手FA)という、非常にわかりやすい構図でした。

ターゲット企業(売り手企業)の企業価値を最も高められる能力のある買い手(バイサイド)が、理屈上、最も好条件を出せるはず」ですから、「バイサイドを多数の候補の中から選び、M&Aストーリーを語る中で、適度な競争環境を作り、健全な緊張感とアイデア創造の場をもたらしながら、クライアントのため最高の結果を目指す」というのが、セルサイドM&Aアドバイザーのミッションで(あるはずで)す。

当然、バイサイド候補の1社に雇われるバイサイドM&Aアドバイザーも、クライアント(=バイサイド)のために最高の結果をもたらすことがミッションです。

M&A助言の本質は「情報の精製と伝達」です。「情報」というものは見る角度を変えるだけで違う評価になりえますから、利害が一致しないサイド毎に分かれ、専門家が両者の間に立つ。そうすることで、公正な取引が実現できるという目論見があるわけです。つまり、片手FAという仕組みは、大陸系、欧米系らしい、合理主義に依拠した取引交渉を想定しているということですね。

しかし、日本では、M&A会社に「身売り」とか「敗北」という負の感情イメージがあり、またそれを煽るマスコミの影響もあってか、対等の精神による経営統合等、「明確に売主と買主が分かれていないように見える形」が好まれてきました。

「会社を売ることは恥」と考える大株主やターゲット企業重役が多いということです。そこで登場したのが、日本式M&A助言である両手契約スタイルです。巨大企業同士の経営統合となると、必ず発生するのが、お偉いさんの統合後の椅子取りゲームです。この「複雑に絡み合った糸をほぐし解く」という難題を、欧米流では実現することは困難ですから、セルサイドオーナーとバイサイドの中間に立って、双方の言い分をまずは聞くだけ聞いて、丁度良いカタチに調整する役割(仲裁役・仲介役)が必要ということで生まれたのが、両手M&A仲介というガラパゴスM&A助言方式と言えるでしょう。「恥文化の日本における巨大な重厚長大企業間の経営統合では、両手M&A仲介は、一定の意味を持つ」と覚えておいてください。

逆に言えば、コンフリクトという観点から見ると、巨大企業M&Aという例外的な案件を除き、両手M&A仲介方式は「重大なコンフリクトリスクを内包しているため、公正な取引から外れるリスクが大きいことを覚悟して、片手タイプM&A助言を利用できない場合のみ利用すべきM&A助言方式」と整理することができるわけです。

片手M&Aアドバイザーのコンフリクトチェック

ここでは、クライアント利益の最大化をミッションとする片手タイプのM&Aアドバイザーを前提とします。

投資銀行等の内部では、案件受注と同時に、社内におけるコンフリクトを調査して、場合によっては案件受注を取り止めたり、コンフリクトが懸念される部署や担当者間での関連情報を徹底的に遮断できることを条件として、案件受注をしたりします。そうしないと、金融庁検査等で、厳しいお叱りを受けることになるからです。所謂コンプライアンス問題の1つとして整理できます。

同じM&A案件のバイサイドAのバイサイドFAとして受託していながら、バイサイドBからもバイサイドFAの打診があったときにどうするか、もしくは、M&A案件のターゲット企業に対して巨額収益をもたらす商品を売ろうとしている別部隊がいて、M&Aが成立するとこの仕事が流れてしまう、利益が大きいのはM&A助言ではない、さてこういうときにどうするか、といった問題に対し、M&A助言業務を受けるのか、受けるならどうコンフリクトを軽減・排除するのか、というのが、典型的な投資銀行内におけるM&Aコンフリクトの対処問題です。悩ましいですね。

独立系M&A助言会社は、現状、金融庁の監督下になく、免許等も不要で開業できます。コンフリクトを排除する重要性を知る投資銀行等出身のメンバーで構成される片手タイプの独立系M&A助言会社は、一案件の売上を両手2倍取りの誘惑を断ち切っていると言えます。この決断の受益者は、当然、クライアントです。

中堅中小企業M&A助言の利益相反

金融庁が監視の目を効かせてくれない独立系M&A助言会社に助言を依頼するしか選択肢がなくなってきた昨今、多くの中堅・中小企業のセルサイドオーナーは、コンフリクトに関する知識を頭に入れておくと、M&A助言会社選び、しいてはM&A会社売却の成否、ターゲット企業の将来にとってもプラスになると思います。

金融庁傘下でない限り、コンフリクトの排除が、そもそも義務づけられていないのですから。M&A助言会社の「自律」に期待するしかないわけです。

金融庁監督下にあってコンフリクト排除を徹底する金融機関は、(巨大な案件で極めて高い収益性が見込める案件等を除き)M&A助言を提供しにくくなってきているのが実情です(今後、具体的な「提案」を含む付加価値の高い助言については、ますます難しくなっていく可能性すらあります)。背景としては、コンプライアンスに対するますます厳しい要求から、経済合理的なM&A助言をしにくくなったため、と一般に説明されています。つまり、金融機関としては、「トップシークレットを扱うM&A助言は危ないので触れない(ましてや上場会社が関係する案件の場合はインサイダー問題などで、個人や親族・友人レベルまでリスク範囲が広がる)、触るなら十分に儲かる案件で、十分なコストをかけて、徹底管理できる案件しかできない、というわけです(もちろん例外はあるでしょうが)。

中堅・中小企業に対するM&A助言は、企業規模等の制約によって、その多くが、金融機関傘下にない独立系のM&A助言専門会社等に依頼するしかないのが現実になりつつありますが、問題は、独立系ですと、コンフリクトに関して、ある意味「なんでもアリ」が通用してしまう点です。契約で、クライアントであるセルサイドオーナーに、M&A助言会社にとって都合の良い条件を許容させてしまえば「本当になんでもアリ」です。

M&A助言会社がコンフリクトを徹底排除してくれるのかどうかは、M&A助言会社選びの1つのポイントと言えると思います。

会社売却を検討するオーナー経営者が気を付けるべき利害関係

通常、一般の金融商品に関するコンフリクトは、金融商品の所有者としての経済的利益に関する利害衝突のみに注意を払えば済みますが、M&A助言のコンフリクトはそんなに簡単ではありません。

オーナー社長がセルサイドオーナーという典型的ケースで、セルサイドオーナーーが抱える利害関係を整理してみましょう。①オーナー(セルサイドオーナー)、②社長(経営者という自分の居場所)、③子供のように育ててきた会社(ターゲット企業)の利益に関心があるはずです。

オーナーの利益は、M&A成立「時」の期待値に左右される

オーナーとしては「M&A成立時点でいくらで会社を売却できたのか」が最大関心事でしょう。様々な想いや条件も他にあるはずですが、他の条件が一定とすれば「オーナー人生の通信簿」でもある会社売却価格は、できるだけ大きな数字で評価してもらえた方がうれしいのが人情でしょう。

社長としての利益は、M&A成立「後」の期待値に左右される

社長は、M&A後に速やかに引退したいとしても、社内に経営判断や実行を部下に任せていて、数年がすでに経過している等の状況にない限り、即時引退というわけにはいかず、経営体制の整備までは「引継ぎ期間」として社長を継続する等が一般的です。このような場合、新オーナーとの関係が非常に気になるはずです。一方で、会社売却後も株式の一部を保有し続けたりしながら、マイノリティオーナー社長として経営を継続することもあります。この場合にも、新オーナーとの関係が非常に気になるはずです。

ターゲット企業の利益は、M&A成立「後」の期待値に左右される

オーナーとして、現社長として、M&A後のターゲット企業の行く末を、非常に気にする方もいれば、次に向けてスッパリと切り替えられる方もいます。どちらが良いということはなく、個人の自由選択の問題と思います。前者のケースであれば、やはり、ターゲット企業の今後にどのような影響が生じるような仕上りになったのかは非常に気になるはずです。

M&A助言会社がM&A案件について持つ利害関係

一方、M&A助言会社の利益は、主に、期待売上と期待コストの差(=期待利益)です。期待売上には、成約に関わらず受領できる着手金(情報提供料等)も含まれます。

そもそも、セルサイドオーナーから報酬を受領するM&A助言会社は、セルサイドオーナーの各種ニーズに対する満足最大化を実現するため、M&Aのプロとして助言をするのが義務であるのが(本来は)当然です。つまり、簡潔に言えば「できるだけ高く売る」等のために最大限の努力をする、そのためにM&A助言会社の手間やコストがかかるとしても、です。

しかし、M&A助言会社の最大関心事は、「期待される利益の最大化」です。利益最大化の方法は色々ありますね。単価を上げたり、件数を増やしたり、コストを削ったり、M&A助言会社の経営スタイル次第です。これらが、セルサイドオーナーの利害と直接的に衝突するわけです。

セルサイドオーナーから見ると、「単価を上げる」なら「同じ舟」ですが、件数を増やす(安値で買いやすく)、コスト削減(助言の質低下)は「同じ舟」とは呼べないでしょう。

「単価」を上げるという正々堂々としたアピールするM&A助言会社は少なく、「件数」をアピールしたり、「コスト」の安い未経験者を大量採用をしたりするM&A助言会社が多いというのは、セルサイドオーナーが着目すべきポイントでしょう。

M&A助言会社とセルサイドオーナーは、ときに利害相反します。そうなっていないかを確認するためには、次のようなステップで確認するとよいでしょう。

1. セルサイドオーナーご本人が、M&A助言会社に、できるだけ具体的に、ニーズや悩み等を伝える。
2. M&A助言会社から、そのニーズの実現方法、悩みを解消する方法の提案を受ける。
3. 担当者個人の人間性等を含め、提案内容をしっかりと吟味する。

提案内容に矛盾があったり、モゴモゴとはぐらかされたりするようでは、「コンフリクト危険シグナル」とみてよいでしょう。ハッキリと難しい面やトレードオフ関係等を含めて、誠実に説明する姿勢のあるM&A助言会社を選びましょう。

具体的なM&Aコンフリクト事例

双方代理

そもそも双方代理は、クライアントのリスクが大きいので、取引の全貌を自分で把握でき、リスクを管理できるケースに限定すべきです。M&Aにおいて、双方代理に極めて近い両手M&A仲介に依頼する場合、このリスクを許容できるかを検討すべきです。「双方代理リスクが小さくとも助言業務の付加価値は小さい上、双方代理リスクが大きければずっと油断できない」という関係です。コンフリクト以外の要素を考慮した結果、総合的に両手M&A仲介がベストという判断もありえます。零細で平凡な会社を売る場合(片手タイプが相手をしてくれないケース)や、前述の巨大企業同士の対等の精神に基づく経営統合を目指す場合等です。

売却価格と売却後の経営責任

M&Aの成功報酬は、売却価格に応じて増加する成功報酬体系(レーマン料率表タイプ)が一般的です。しばしば、M&A助言会社は、なりふり構わず高い価格で買収してもらえるよう努力していると、価格以外の問題への配慮を忘れてしまいがちです。問題のない情報開示をして、バイサイドが、ターゲット企業の潜在可能性やリスクを十分に知った上で、高い価格を引き出すことに成功した場合は、素晴らしい仕事をしたわけですが、悪質なケースでは、必要なマイナス情報を故意に開示せず、プラス情報だけを見せて売却するということもありえます。そうなると、オーナーの立場からすると一見「想定外に高く売れてよかった」ですが、引継ぎをする社長の立場からすると「後からあとから噴出する問題に対するバイサイド(新オーナー)からの厳しい詰問」に応じなければなりませんし、M&Aの最終契約書の中に必ず入る表明・保証や補償等(レプワラ・インデム)で、M&A成約後に売却額を一部返却、場合によっては会社に対して損害賠償しなくてはならなくなるかもしれません。「想定外に高く売れてよかった」が幻になり、M&A助言会社への報酬だけが高かった、というオチになりかねません。

成功可能性と情報漏洩

M&A助言会社は、ビジネスですから、できるだけ「徒労は避けたい」と思います。できるだけ成功確率を上げる売り方をしたくなりますが、情報管理をしっかりとしていないと、ターゲット企業の営業機密が漏洩し、想定外の損害が発生するリスクがあります。特にユニークな強みのある会社は、情報漏洩に敏感になるべきで、雑な方法でバラマキ提案をされたくないセルサイドオーナーと、バラマキ提案をして早く捌きたいM&A助言会社との間で利害が衝突します。最悪なのは、勝手に仲良しのM&A仲介に、特定できるレベルの情報も含めてばら撒かれる事態です。

コンフリクト問題が起きにくいセルサイドM&A助言会社の条件とは

M&Aは、通常の事業経営の世界、つまり「商品・サービスを用意してお客様に買っていただく」という「事業」の世界だけではなく、事業の将来キャッシュフローを原資とした会社所有権=経営権を売買する「投資」の世界も含まれます。

投資の世界では、十分かつ適正な情報開示を前提とした「自己責任の原則」が基本です。

通常の投資の世界ではプロ投資家アマ投資家を峻別し、アマ投資家には厚めの保護が与えられます。ただし、M&Aという特殊な投資の世界では、仮にオーナー社長がM&Aの専門知識に疎いとしても、「高度な判断能力を持っていることが前提の経営者(会社法上の取締役)」なわけですから、必要な情報収集を自ら行うことが期待されており、制度上の保護はありません。

そのため、まず、都合の良い面だけをアピールしてくる業者の商売口上を鵜呑みにせず、「自分の身は自分で守る、自分で知識を増やす」というプロ投資家としての姿勢が重要です。「全部やっておきますよ。」これほど危険な営業トークはありません。

とはいうものの、M&Aの専門知識というものは、一朝一夕に身に付くものではありません。事業だけではなく、ファイナンス、制度(会計・税務・法務)、そしてM&A市場についての深い知識と経験がなければ、初歩的な判断でミスを犯すことも、起こるべくして起こります。

そこで大事になるのが「セルサイドオーナーの絶対的味方」の確保です。

前述のとおり、コンフリクトは、人間の性(さが)との付き合い方であり、完璧な対策というものはないと思いますから、まずは形式面で「自分の敵なのに味方のふりをする業者」ではない業者を確保し、次に、個々の担当者(ときに契約を取るまではピカピカ営業マンを見せておき、いざ業務開始となると素人同然の担当者に切り替わる悪質なケースもあるようです)が、コンフリクトの誘惑を断ち切り、クライアントの利益最大化を目指してくれそうか、さまざまな角度から質問をして見極めるとよいと思います。

絶対的味方の形式要件

形式面で、次のような要件を満たすのであれば、裏切れないし、裏切っても得をしないと言えると思います。

独立系

M&A助言会社が、依存関係(売り手紹介やバイサイド紹介を他社に依存している等)にある親密先を持っていると、その親密先の利益を誘導することを通じ、自らの長期的利益を確保することが可能になり、これがセルサイドオーナーからすると裏切り行為になるケースがあります。親会社や大株主以外にも、他社との依存関係がないかをチェックしましょう。

非上場

病院や弁護士事務所と同様、本来、M&A助言業務も、上場によるデメリットが目立ちやすい事業と言えます。上場していると、株主からの短期利益向上の圧力が生じ、結果として、M&A助言会社の経営者が、現場スタッフに「過剰なノルマや短期成約」を負わせるリスクが生じます。これも、もし「じっくりと最高の形を目指してほしい」と願っているセルサイドオーナーからすれば、裏切り行為です。

片手契約

両手タイプのM&A助言契約(バイサイドからも報酬を受領することをセルサイドオーナーが許容するもの)は、二重コンフリクトによる問題の原因(バイサイドだけでなく、M&A助言会社もセルサイドオーナーの「敵」)になりうるため、コンフリクトを原因とした被害を避けたいセルサイドは、片手タイプのM&A仲介業者を中心に検討すべきでしょう。コンフリクト以外の要素(能力、報酬、担当者個人)も考慮して総合的に判断してください。もし「高く売りたい」「最高のM&A後を手に入れたい」と願うなら、投資銀行出身・事業経験あり・金融経験あり等の条件が整ったM&A助言会社を選びましょう。

無制限バラマキ許容条項(他のM&A仲介への情報開示)

M&A助言会社との間で最初に締結する契約が機密保持契約です。機密保持契約・秘密保持契約・秘密保持差入書等という題名の場合もあります。問題なのは「骨抜きのドラフト」を提示してくるケースです。例えば、M&A助言会社が膨大な数のバラマキ提案をすること(テール条項の不正な利用目的)、不特定多数のM&A仲介会社への情報開示を、セルサイドに認めさせる等です。

上記のようなポイントを外していると「私どもはあなたと利益相反(コンフリクト)の関係であり、私どもに有利に、あなたに不利になることを、行う可能性があり、あえて避けませんが、いいですよね?」と念押しされているのと同じことです。この契約書に捺印するということは、「(高度な判断能力を持つ経営者として)いいですよ。自分の判断で自分に不利な状況なら「キッパリNo」と言いますので、どうぞご自由に。」と回答したのと同じことになります。

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