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「数十のM&A譲渡先候補」と「たった1社のM&A譲渡先候補」どっちが売り手に有利?

2020/4/25

M&Aのチーム管理

M&Aのプロセス

「数十のM&A譲渡先候補」と「たった1社のM&A譲渡先候補」どっちが売り手に有利?

「数十社も相手を見つけてくれたM&A助言会社」と「1社しか相手を見つけられないM&A助言会社」について、多くのセルサイド(売り手)は、前者の方が優秀なM&A助言会社であると判断するでしょう。

ちょっと待ってください。本当でしょうか?

M&Aは、相手次第、やり方次第で大きく結果が変わる、企業の経営権を譲渡する極めて重大な取引です。数千円、数万円の中古品売買と同じように考えてはいけません。

どっちが優秀なM&A助言会社?

実は、両方とも真の成功とは言えない可能性が高いです。しかし、失敗度やリスクには差があります。

意外なことに、過少評価(安値売却)になりやすく、セルサイドに不要なリスクを負わせ、能力や誠実性の面で問題が大きいのは前者(数十社)で、実は失敗(売れたけど異常に安い、想定外の損害やトラブル発生)に陥っているサインが色濃く出ています。数十社は明らかに過剰なのです。情報漏洩を全く気にしない平凡な会社を売却する場合なら数十社も比較できて嬉しいかもしれません。しかし、通常、そういう会社は人気がありませんから、秘めたる強みのある会社売却に関する情報を広く拡散してしまった、という点では失敗確定なわけです。

後者(1社)の方が、総合的に良いM&A会社売却を進めている可能性が残ってます(適正なバイサイド(買い手)候補に、適正評価(高値売却)で提案している場合に限りますが)。絶妙ギリギリの好条件で、最初から、最高最適な1社への絞り込みに成功しているかもしれません(1社だけだと比較できないのでわかりませんが)。間違いないのはリスクが限定的である点です。実はこの1社を射止めるため後者の方がより多くの高品質の努力を重ねてくれた場合もありえます。

まず簡単にM&Aプロセスをおさらいし、各プロセスに潜む落とし穴と絡め、どういう進め方が、「攻めと守りのバランスが取れた優れた進め方」なのかを考えてみたいと思います。

M&Aの選考プロセス

M&A交渉の前半戦は次のようなプロセスを経ることになるのが通常です。実際には、各案件毎に様々な工夫を入れるケースもありますので、あくまで基本に過ぎませんが、基本的な進め方はこうなります。

①リストアップ

ターゲット企業(売り手企業)の業種・規模・特徴等を踏まえ、ターゲット企業の買収等に関心を持ってくれそうな相手をリストアップします。

②ノンネーム情報開示

実際にリスト上のバイサイド(買い手)候補へ、ターゲット企業を特定できない範囲で関心有無を打診します。対面で打診する以外にも、ネット上で情報公開したり、協力先を通じて打診したり、M&A助言会社のスタイル次第で違いがあります。

③NDA

関心を示したバイサイド候補からNDA(機密保持誓約書)を差し入れてもらい、さらに詳細な情報を開示できる状況にします。

④詳細情報開示

インフォメーション・メモランダム等の詳細情報をバイサイド候補に開示します。この開示情報の内容に従って、バイサイド候補は価格等を概算評価します。詳細情報作成者(M&A助言会社の担当者)に事業経営の経験があるか、投資銀行出身者かどうか等で、開示情報の品質に大きな差が出る傾向があります。

⑤意向表明

さらに関心を深めたバイサイド候補が、価格等の買収条件を記載した意向表明書 (但し、通常、法的拘束力がないので、合理的理由があれば変更できる) をセルサイドに提示します。

⑥DD

合意できそうな相手・条件と確認できた場合、セルサイドは、バイサイド候補のうちDD(企業精査)のプロセスに進んでもらう相手を絞り込みます。ここで、片手タイプのM&A助言会社はセルサイドの不利にならないよう知恵を絞り汗をかきますが、両手タイプは中継者の役割を担う、または成約のためどちらかに妥協を迫るにとどまります。

⑦最終契約

DDの結果を受け、株式譲渡契約等のM&A最終契約書の内容を交渉します。ここで合理的理由があれば、価格等の条件が変更される場合があります。ここでも片手タイプは、しっかりと交渉の助言に入り、セルサイドの利益を守るよう努めます。

⑧クロージング

最終契約に従って、株式とキャッシュを交換等します。その後、片手タイプはセルサイドから報酬を受領し、両手タイプはセルサイドとバイサイドの双方からそれぞれの契約内容に従い報酬を受領します。

「数十社も相手を見つけた」の真の意味

さて、M&Aプロセスの基本を理解いただいた上で、改めて、「数十社ものバイサイド候補を見つけた」の意味を、考えてみたいと思います。

数十社というのが、高品質の詳細情報開示を経て、適正評価の条件が記載された意向表明を提示してくれたバイサイド候補の数ということであれば、たしかに「本当に相手をする価値のあるバイサイド候補を数十社を探索することができた」と言えます。

しかし、意向表明やDDよりも遥かに意味が薄い段階の「NDAを入れる気になったバイサイド候補数が数十社」という段階の数に過ぎなければ、「ノンネーム情報上の希望価格等」がバイサイドにとって異常に魅力的なだけ(安すぎる売却希望価格を設定したというM&A助言会社の評価ミス)かもしれませんし、「NDAを入れるだけなら無料だし、競合企業の詳細情報を見たい」という「実はM&A実行の意思がないバイサイド候補」(諜報活動の一環)かもしれません。

このような「セルサイドにとって不利益となりそうなバイサイド候補」を打診先から排除することもM&A助言会社の大事な役割の1つなのですが。

「M&A会社売却を検討しているという情報」は、ターゲット企業の様々な関係者にとって非常に重要な機微情報であり、厳に過度な拡散を避けるべき機密情報です。悪意ある競合企業が重要な従業員等に情報を逆流させ、不安を感じた従業員が退職したらどう責任を取るのでしょうか?良いM&A助言会社は必要最小限の開示先にとどめつつ、相手の関心にフィットした鋭い情報開示をします。

特に、やり方次第で売却金額が何倍も変わる「ユニークな強みのある会社」の場合には「バラマキ提案」は絶対禁物です。競合企業に機密情報が漏れないように慎重に慎重を重ねてバイサイド候補を選定し、アピールポイントをしっかり伝えつつ、ユニークな強みの裏返しであるユニークな弱みを突かれないよう、創意工夫して、慎重に売却プロセスを進める必要があります。

M&A会社売却とは、最終的に1社の最適なバイサイド(買い手)と最適な条件があればよいのです。関心表明数が数十あるということは、それ以上の数の先(数百社以上)になんらかの情報を晒した、ということを意味します。それだけの関心を得たならば簡単に特定できる情報を含めて打診した可能性もあり情報管理体制も心配です。そもそも各バイサイド候補がどういうニーズで買収意欲を持っているのか、個別具体的に比較できるレベルの情報をM&A助言会社が掴んでいることも期待しづらいでしょう。数十の中からどのバイサイド候補を選ぶのか、確かな指針が示されないわけです。選ぶ基準が価格だけになると、DDに進める1社に残ることを重視し、出す気もない好条件をちらつかせてくる不誠実なバイサイドを選んでしまう事態が懸念されます。

さらに最悪中の最悪なのが、両手仲介タイプのM&A助言会社が、このタイミングで、「バイサイドの絶対的味方」に変身することです。「まず10億円と書いた関心表明書を出してください。御社をDDに進む1社として選定し、独占交渉権を付与します。ただし、あとで4億円まで下げさせますから、減額を勝ち取った分に対し10%いただける買い手仲介契約を締結してください。」等といったセルサイドの利益を奪う共謀もできてしまいます。当然、セルサイドが知る術はありません。徐々に疑心暗鬼に陥ります。クロージンング直前に弁護士事務所に駆け込むオーナーも増えているようです。バイサイドは4.8億円で安値買収できてしまい、他の誠実なバイサイド(本気で8億円を払おうとしていた)の買収機会が奪われ、セルサイドは4億円も損し、M&A仲介会社が1億円(4億円×5%(セルサイド成功報酬)+4億円×5%(バイサイド成功報酬)+6億円×10%(バイサイド減額成功報酬))も儲けられたわけです。セルサイドの1人負けですね。

品質主義の片手タイプであれば、そもそも「同じ舟(安く売ったら儲からない)」に乗っているので、こういう心配をしない済みます。件数主義の多くは両手仲介タイプです。もし、両手報酬を許容するならば、なんらかの安心材料(「安く売っても儲からない」)を確保しておく必要はあるでしょう(注:そもそも両方に助言すること自体おかしいわけですが、現実的に零細企業案件でも必要売上を確保するため、多くのM&A助言会社が両手仲介タイプを選択しています。もちろん、すべての両手仲介タイプが上記のような悪質な契約をバイサイドと締結しているわけではありません。)。

いくらNDA(機密保持契約)を締結していても、人海戦術のM&A助言会社の全ての担当者が、どこで何を話しているのかは知る由もありません。ある1人の不誠実な担当者によって「自分の成績にしたい、高額ボーナスが欲しい」と勇み足で機密情報を垂れ流されると、セルサイドとしては非常に困るわけです。 しかし、その現場にいた人しか真実を知りません。「バレなければよい、バレても責任追求するのは難しい」となると、平気で機密情報を垂れ流し、自分のボーナスだけに関心を持つ不誠実な人が潜んでいる可能性も想定しておくべきです。

例外もあります。特に目立った差別化要素がなく、規模も小さく、成長可能性もないような平凡な零細企業を、どうしても短期間で売りたい、面倒な準備はしたくない、という場合、質より量、とにもかくにも「打診数」が成否を分かちます。「短期打診可能数」(零細企業の買収に関心を持つ全国津々浦々の中小企業等のバイサイド候補確保数)を強みにするM&A助言会社が、セルサイドにとってもっとも優秀なM&A助言会社となります。

「1社しか相手を見つけられなかった」に残る可能性

大事な会社を売りたいなら、過剰な関心集めはNGであることを理解いただけたでしょう。無益でなく有害です。とはいえ、1社しか見つけられなかったとなると、セルサイドは比較検討すらできません。こちらも成功とは言えないでしょう。

特に最悪なのが、100社に情報を流しまくって、さらに自分では見つけられず、(無断で)知り合いのM&A仲介会社等にまで情報を流し、ようやく1社見つけたというケースです。情報管理の失敗によってクライアントに重大な被害が及ぶ可能性が30%上がるとしても、自分が報酬を貰える可能性を1%上げることを重視しているので、誠実性や倫理観に問題があると言わざるを得ません。この1社が買ってくれる可能性は一体何%あるというのでしょうか?ほぼゼロでしょう。

しかし、逆に、超優秀なM&Aバンカーは「最良の相手1社で最後まで決め切る、ダメだったら次善の相手に移る作戦」でセルサイドと作戦を綿密に共有して動く場合もあります。機密情報管理の重要性が高く、売却時期に余裕がある場合なら、こちらの方がセルサイドの利益につながります。M&A助言会社は時間も手間もかかり大変ですが。1枚ペラを持参して100社を営業訪問するついでにオマケ打診されるより、1社を落とすために綿密な準備をする方がはるかに大変です。

つまり、数十社もの過剰なバイサイド候補を集めたM&A助言会社は、このM&A会社売却案件において、大きな失敗をしていることはほぼ確実です。一方で、1社しかバイサイド候補を見つけられなかったM&A助言会社は、意外にも成功している可能性がある(但し条件付き)ということです。

大事なのは、慎重に、自身のニーズ、ターゲット企業の置かれる状況、M&A助言会社の体質や能力等を深慮してから契約締結することであり、また、M&A助言会社に丸投げにせず、打診先等はしっかりと相談して決めることでしょう。

最高なのはこの形

真の理想:厳選数社から意味ある意向表明書を獲得

結論的に「高品質な詳細情報開示を経ることで意味を持ち、絶妙な希望価格「以上」の条件が記載された意向表明書を「数枚」確保してからDDに進む」が非常に理想的な進捗状況です。

これなら、セルサイドは比較して決められるし、高品質な詳細情報がDD時の無茶な指摘を牽制済みで、機密情報漏洩リスクも最小限にとどめられています。DDに進んだ1社が無茶な条件引き下げ要求をしてきても、自信をもって反論することができるでしょう。「インフォメモに書いてありますよね?ちゃんと読んでから出直してください。」と。

ノンネーム情報に記載する希望条件等

当然、最初のノンネーム情報の段階から、DDでひっくり返されない正確・精緻な根拠に基づいた「適正評価による売却希望条件」を記載すべきです。ここで「根拠のない異常に高い価格」を記載する人もいますが、意味がなく、後で「大幅値下げ交渉」に巻き込まれるだけです。むしろ誠実なバイサイドが(「ひやかし売却」に時間は割けないと)手を引くリスクを高めるだけです。同時に、「適正評価を大きく下回るお買い得感・リスク限定価格」で打診すべきではありません(こっちの方が圧倒的に多い印象があります)。

ただし、言うのは簡単、やるのは大変です。DDで専門家が指摘するであろうポイントを、M&A助言会社がかなり早い段階で把握・理解・分析していなければ、いきなり、初期打診段階における「希望売却価格設定」で大チョンボをするリスクがあるわけです。

M&A助言会社を選ぶ際、DD専門家(弁護士・会計士・税理士・経営コンサルタント等)と渡り合う専門能力があり、正しい企業価値評価の実務の経験を積み重ねた担当者が、最初から最後まで全面サポートしてくれることを確認すべきでしょう。

高品質な詳細情報開示

インフォメーションメモダンラムは、作成者の能力で大きな差が生まれるポイントの1つです。

良い開示情報とは、読者であるバイサイド候補の関心内容等を想定しながら、ターゲット企業の良さを余すところなくアピールし、バイサイドが負うことになるM&A後の各種リスクの過大評価を避ける効果を持つ情報です。つまり、DDや最終契約交渉等を見通した上で、「攻めと守りのバランスの取れた充実した開示情報」が望ましい詳細情報開示です。

これがいい加減だと、意向表明書に記載してもらう価格等が、信頼性ゼロのいい加減な価格等にならざるを得ません(情報提供不足なので、バイサイドの責任ではなく、M&A助言会社の責任です。被害者はセルサイドとバイサイドです。)。さらに、DDにおいて、バイサイド弁護士や会計士から猛攻撃に遭って、大幅に価格等を妥協する、または、相手選びからやり直す、もしくは、会社売却を断念する、しかなくなります。